こんばんは、初めまして。パイソンです。蛇じゃないよ、言語(Python)のほうね。

 

大学を卒業してから出版社に就職し、編集の仕事を行いながら日々ゲームに明け暮れている根暗女です。

中学、高校、大学と登校しては「つまらない、滅びろ」と心で唱えて参りました。今月、生誕記念というなんともおどろおどろしい、ばばあの階段を登らされるイベントが訪れましたので、これを機に吐き出そうと思ってブログを開設した所存でございます。

 

誰も見ていないということを念頭に置いて、書き連ねていきます。

 

はあ。本当はね、今も毎日退屈でつまらないんですよ。希望する業界には入れましたが、人と会話するのも億劫。誰とも関わらず天井を眺めて3時間経過なんてことザラです。うーん、心が疲弊しているんですかねぇ。

 

ということで、今回は私の学生時代①について話しましょう。

 

思えば、私は昔から人付き合いが苦手だったんです。でも気が強かった。その相反する特性がぶつかり合ったのでしょう、見事にひねくれた人間が出来上がりました。要因は親にもあるのではないかと思います。今も実家暮らしなので上から目線で言えたことではないのですが。

 

両親ともうちは大学を出ていませんので、おそらく大学では何をするのか、ゼミや部活などにはどれくらいお金がかかるのか、といった類のことは一切わかりません。ですから、よっぽどのことでない限りお金などの支援はなく(小遣いももらったことがありません)、ひと月に25日間アルバイトをしていた月もありました。だからなんだという話ですが、いや、マジで苦労したんですよ。

 

それよりも問題だったことが暴力的な父。あれは否定しますが、幼少期から気に入らなければ殴る蹴るは当たり前。DVといっても過言ではないでしょう。一時的なものでしたが、耳が聞こえなくなった時もありました。半殺しの目にあったこともあり、幼いながらに「死ぬのかな」、と朦朧とした頭で思ったこともあります。そんな時、私は決まって裸足で外へ逃げます。恐ろしくてたまらなかったのです。ではなぜ家を出ないんだ、と思うかもしれませんが、それはまた後々w

 

結局言いたいことは、このような父親の元で育ったから気性が荒くなったのでは?ということですね。自分の根底にある部分は、殻にこもって外の音をシャットアウトしているけれど、ATフィールド的なものがそれを覆っている的な。フィールドが編むのは偽りの自分です。いや、本物でもあるのかな。無駄にプライドが高くてすぐ威嚇するのに、己の根幹が激弱すぎてあやふやな自分が外に出て混合している状態。ものすっっごく分かりづらくて申し訳ないんですけど、なんとなく感じ取っていただければ幸いです。

 

それで、そんなあやふやな私が周囲からどういう風に認識されていたと思いますか?

 

・・・「うるさくて頭のおかしい陽キャ」なんですよ。自分のことは客観視できていたのですが、引くレベル。こんな風になりたくない、変に思われたくない、なんて心の中では密かに思っていたものの、そういう風に位置付けられてしまった。よくいるじゃないですか、クラスで権力持ってるけど、うるさくて空気読めない奴。そんな感じです。

 

で、高校では応援団長に選ばれました。14年やらされていたダンスも相まって、周りからはぴったりだと思われたんでしょうね。当時は舞台にも出ていましたから。親に言われてw

 

でもね、何度も言いますけど自分は団長になる人間どころか、人と関わりたくないんですから不本意極まりなかったです。でも演技を続けるしかなかった。よくわからない重圧から。自分はこういうキャラでいなければならないんだ、という摩訶不可思議な重荷。

 

いやあ、苦痛でしたね。だってそんなヒエラルキーの上に置かれながら親友と呼べる人なんて1人しかできていないんですから。それがすべてを物語ってますね。眠くなってよく分からなくなってきたので、また整理して続き書きます。気分で。

 

ほなさいなら。