やっぱりパソコンは日本製にすればよかったと後悔する日々。 カタログデータのマジックは恐ろしい。
築地の有名卵焼きを食べ、海鮮丼やカキの網焼きで一杯いただいた。
で、間髪入れずにラーメン。
細麺の素朴な味だから、すんなり完食。
通路の自転車なども築地のイメージにピッタリで、小道具のような仕事ぶり。
帰りのバスは神奈川県のSAで休憩。
先輩の誘導でシュウマイを買ったものの、冷たくては食べられない。 30人なので30個入りはちょうどいいのだが…。
あきらめてバスに戻ろうとしたら、店員さんから特別に加熱サービスのご提案。 それも電子レンジではなくセイロ。
休憩時間をはるかにオーバーしてしまったが、こんな大サービスは初めて。 みんな喜んでくれた。 バス会社のツアーでも、なかなか楽しめた二日間だった。
まちおこしの旅行で東京に行ってきた。 高速道路の御殿場辺りには先日の大雪が路肩に残っていて、これが今シーズン見た初めての雪だった。
浅草寺のすぐ近くの宿で、スカイツリーも初めて。
写真の整理をして会長に届けないと。
物置の奥から次々出てくる困ったモノたち。 片付けの達人いわく、「手にしたときにときめかなかったら捨てましょう」と。 しかし、何を見てもときめいてしまうからこの手法が使えない。
以前、蔵の中にあったカゴ。
もう絶対に使いそうもないが、自分が生まれる前からあったもので、管理は自分のもとだが所有権というか、買ったのは自分じゃないから勝手に捨てられない…。
これはそうそう古いものではなさそうだから骨董価値もない。 古く見てもせいぜい60年くらい。
もうひとつはふすまのような物体。
ふすまにしては細長く、やや小さい。 木枠に紙が貼ってあるが、その紙はリサイクル品。 どうやら紙が高価で貴重な時代に修理されたものらしい。
書いてあるものの意味は不明だが、印刷物(だと思う)だから、まだ100年も経っていないのではないか。 これも骨董価値はない。 でも捨てられない。 こういう性格を捨てたほうがいいのかもしれない。
でも、数年前に使わなくなったカー用品や旧車のパーツは、思い切ってかなり処分した。
特に大きいもの。 40年くらい前の 330 セドリック の前後 バンパー。
新品同様で3台分あったが、とにかく場所をとるので廃棄処分した。 オークションに出せば拾ってくれる方もいるだろうけど、送料の見積もりや梱包が大変だから。 多少処分料がかかったが、すっきりした。
寝る前には缶ビールとインスタントラーメン。 トッピングは冷凍食品。
野菜こま切れやベーコンが入っていてラーメンによく合う。 スープの具とラーメンの具は紙一重かも。
かなり前から、朝ご飯は目いっぱいたくさん、しかも焼き肉やとんかつ。 昼は食べるのも忘れて夕方手を休める時間があれば菓子パン一つ。
夕飯はそこそこ。 寝る前に我慢できなければ缶ビールとカップラーメン。
この生活でも大きな異変もないし、実年齢より10歳以上若く見られる。
先日のテレビ番組でも同じようなことを提言している方がいた。 途中から見て最後まで見なかったのでよく聞いていないが、何か似ている。 この方のおっしゃることをTOMは20年以上前からやっている。
医学的な知識はまったくないが、TOM流前向き解釈では、たくさん食べると細胞が早く成熟し、早く入れ変わる。 言いかえれば寿命完了に最速の努力をしている。
腹が減ったことに気がついてから食べるペースなら、食べすぎもないし、仕事中に眠むくもならない。
20年も前にテレビで聞いた情報によれば、ある生物は食物がなくなると冬眠寸前のように細胞がエコモードになり、子孫を残すまでは長生きしようとする。 結果的に長生きになる。
人間も同じではないか。 若く見られること自体がいいことではないのかもしれないし、体重計の表示の体年齢が20歳近く若く表示されることを鵜呑みにして安心していていいのかも疑問だが、体の組成を最小限スマートにして身軽な生活をするのが楽な気がする。
実際にこれで長生きできるのかどうかは死んでみないとわからないわけだが、食事が体に大きく影響するのは当然なこと。 カロリーの慢性的取りすぎや体重過多では、少なくとも楽で安全な生活は望めない。
痩せすぎや拒食症などの病気になってはいけないが、腹が減ってもいないのに時間が来たから食べることに無理をしてはいけない。
本当に腹が減るまで仕事に夢中になり、ひと段落するまで乗り越えた時の食事のうまさ、ありがたさを実感するほうが精神的エネルギーチャージにもなる。
成長期や体調不良期でない限りは自分の食事配分は自分で決めたほうがいいと思う。 会社勤めで時間が不規則、あるいは決まってしまっている場合もあるが、老年期の体調・寿命まで会社は心配してくれてはいない。 自分に気がつかないともったいない。














