ずーっと気になってたアメブロとやらに手を出してみようと決めた。年明けたし、なんかキリがいいかなーって。
前にTikTokで平成レトロ的な感じでええで‼️と見かけていたのでその時はふんふん、なんかおもろそー!ぐらいで特に気にしてなかったんだけど、アタクシ結構過去を振り返る時間が好きというか大事だなあと思うことが増えまして。その日あったことって時間が経つと忘れちゃうじゃないですか。
でもインスタのストーリーなり、写真なり、メモなりを見返すとぶわーっとその時の匂いまで思い出せちゃったりするよね?
その感覚がすごく好きで、当時の自分に戻れるのが堪らなくハオなんだよね。その頃の自分が好きかどうかは置いといて。だからまあ人生のターニングポイントを掻い摘んで初ブログにしてみよーってわけ₍ᐢ ɞ̴̶̷.̮ɞ̴̶̷ ᐢ₎
人のブログを見るのも好きで、なにかに熱中してたり、それを支えにして生きてきた人の人生の一部を覗けるのってブログにしかない利点だなーと思います。めちゃくちゃ昔のサイトとかに飛び込んでみて、過去から読んだり。この人はこれがすごく好きなんだなあみたいな文章に触れてると感動するっていうか心が揺さぶられるんですよに。
最近はショートとか、TikTokとか、受動的にたくさんの情報を得て、短い時間で多くのドーパミンを出してるからか、映画や本に集中できない子供が増えてるって聞いて、Z世代ど真ん中の自分、めちゃくちゃ危機を覚えたんですよね。
なにか文章を考えたり、自分で何かを一から作ろうとして、アイデアを貰うのはSNSやAIからってことが多くて、なんだか自分で考える能力が落ちていってしまってるように感じます。
それに、Xなんて開いたらみんな昔やったような恥ずかしいことを冷笑?する大人(うちとそんな変わんないか上か下か分かんないけど)で溢れてて、こういう行動はこう見られちゃうから控えなくちゃ。みたいな要らない知識も増えて、何か失敗して学ぶというか、自分らしくあるということが難しくなってるなーって感じるんですよね(ᵕ᷄≀ ̠˘᷅ )
子供の頃、めちゃモテ委員長っていう神漫画にハマって、めちゃくちゃ清楚で完璧な美少女の過去は元ヤンっていうギャップに憧れて、普段はすごく身だしなみに気をつけて、ハンカチやらなんやらを持ち運び、先生のお手伝いを沢山して、ものを取る仕草にまで気を配る生活を小学生ながらにして送ってたんですけど、そんなマセガキはやらかすんですよね。元ヤンって設定を活かしたくなって、教室の中でうるさく揉めあってる男子たちにイラついて、ドアを蹴っちゃったんですよ(ホンマに最悪ごめんなさい)予想以上に大きな音を出しちゃって、先生が出てきて、どうしたの!?みたいな。普段はあの完璧優等生美海ちゃんが自認だったから先生もびっくりしちゃって。
でもみみちゃんはこんな時焦ったりしない!と思ったので私はあそこの男子が暴れてて邪魔だったんです。なんてクソマセガキムーブをかまし、さらにあの男の子たちは私のせいで先生に怒られちゃってすごく申し訳なくなって、もう二度とこんな乱暴な事はしないぞと決めたのを覚えてます。あの時はごめんなさい。そもそもみみちゃんはドアを蹴ったりしないだろうな。
きっと今を生きる女児(というか子供たちか)の中には、いわゆる冷笑系のインターネットの意見に早いうちから触れて、こんな黒歴史を作らずにすんでる子も多いと思うけれど、早熟する必要なんてほんとになくて、黒歴史なんてみんなあるものだし、それを乗り越えて成長していくのがいいんじゃないかなあとも思うんだけど、これだけSNSが浸透してると避けては通れないのかな。
中学に上がる頃にはインターネットが当たり前の環境だったし、TikTokなんかも浸透しまくってて、表立ってオタク!をしなくなったなと思います。
小学生の頃、1番初めに仲良くなったお隣の家の子と毎日登下校をしていました。(以下Aちゃんとします。)Aちゃんとは沢山一緒に遊んだりしていたんだけど、小学五年生になったあたりから、置いていかれたり、無視されることが増えちゃって。待ち合わせ場所で何分も待って、ようやく30分後くらいにおうちのインターホンを押してAちゃんが来ないの。と母に伝えて車で送って貰うことが何度がありました。
多分経緯としては、その子とふたりだったのが3人になって、AちゃんとBちゃんとはよく遊んだし、とび森の通信で村を駆け回ったり平和に過ごしていたけれど、いつかの帰り道からあからさまに二人の世界を作られて置いてかれるようになって、何とかその会話に入って相槌を打っても、なんだか空気みたいな反応をされるようになって行きました。
それで私の家の前に着くと今日はどう遊ぶかという話をはじめ、私も一緒に遊んでもいい?と聞くとふたりは顔を見合せて、あの目線で会話をする感じモードに入るんです。
分かってるんです。私は邪魔だって。
その空気が辛くて、好きな歌を歌いました。Aちゃんも好きだって言ってた曲です。
そしたら、「それ家で聞いてれば?」と言われてしまって、そうするね。ごめんね。といって家に籠ったのを覚えてます。ぐちゃぐちゃ泣く私を見て、母と父は優しく慰めてくれました。100人人がいたら、その100人全員と気が合うなんて事ないんだから、大丈夫だ。成長して、気が合わなくなっちゃっただけだよと。
幸い、置いていかれても一緒に登下校しよう!と言ってくれるお友達が何人か居てくれたので一人ぼっちになることはありませんでした。
それでも、初めてできたお友達だからと諦めきれなかったんです。何度も自分がなにかしてしまったのかと振り返りました。でも、本当に何も思いつかないんです。
まあ当時された嫌なことの細かいことはほとんど忘れてるんですよね。ほんとすっぽり記憶になくてこういうことがあったなあ。とか、母にこんなことがあったね?なんて話をした時にあ、そういえば。くらいで。いちばん記憶に残ってるのは、ほんとにターニングポイントになった出来事です。
声をかけても無視されちゃうから、ついに全く話さなくなり、完全に違うコミュニティの中で遊ぶようになった頃に、向こうから声をかけられて、一緒に遊ぼうと誘われました。
私本当に嬉しくて、仲直り出来るかもしれない!と帰宅後すぐ母親にそう伝えたのを覚えてます。
Bちゃんの家に誘われ、私はお菓子と飴玉でわたあめを作れる機械も持っていきました(まじでなんで?)大きいチャオの付録のトートバックに詰め込んでガシャガシャ言わせながらその子のおうちに行きました。
インターホンを押すとふたりが迎えてくれました。お母さんはお出かけしてていなかったみたいで、おうちの人に挨拶しないままお部屋に上がりました。
話題ははちみつコームだったかな?水にはちみつをとかしたものを髪に塗るとサラサラツヤツヤになる!みたいな事を言われて、それは楽しそうだ!とみんなで実験したんです。
もうどうなるか分かるんですけど、その液体をつけたコームで髪をとかしたら、ベッタベタになっちゃって。でもわあ!ツヤツヤになった!なんて言って笑った気がします。
そんな事をしてたら、ふたりが目を合わせて頷いたんですよ。ぴょんきちちゃん、ここ座って?と面接みたいになったんですね
Aちゃん Bちゃん
机
私
みたいな。おいおい何が始まるんだい❓💦
「うちさ、前からぴょんきちちゃんのこと、苦手、だったんだよね?」
「BもBも!!」
って言われて、時が止まったのをめちゃ鮮明に覚えてて。はちみつの匂いとか、あのカチカチなる時計の音とかが結構強く記憶に残ってます。
「嫌いじゃないんだよ?にがてなだけだよー笑笑なんかごめんね?だからもう帰って!」
みたいな事を言われて、気が付かなくてごめんね。嫌な思いさせてごめんねって言ったら「なんか苦手なだけだよ〜」って!わお!小4までめちゃくちゃ仲良かったのに!
てか今ならそか!ほんじゃばいばいな!って出来たのに。ほんとにその時はすごく落ち込んで、ガシャガシャわたあめの機械を持ち帰りながら泣いたのを覚えてて。2件隣のおうちだけど、広い通りだったから大人みんなに心配そうに見られたな。恥ずかしい。
そいでママンにダメだったと伝えてボロ泣きしました。
当時はすごく自分のことが嫌いになって、学校大好きだったのに行きたくないと思うようになって、お風呂も嫌いになって、ごはんも沢山食べるようになって、それで醜くなる自分もきらいで、もうこれより下はないってくらい自己肯定感が低くなりました。
死んだら楽になれるんじゃないかとか、あの子にもう一度振り向いて貰えるんじゃないかみたいなほんとに気持ちの悪い考えも浮かんだりして、今考えたら何をそんなにその子に執着してんねん!って感じです。そりゃ苦手とか言われるわな。
そんで当時、3DSのニコニコで歌い手を知って、すごく凄く救われたんです。死んでやるって思ってたときに、優しく手を伸ばしてくれた気がしました。それから少し前を向けて、Aちゃんのことを考えたり、自分を責める時間が減りました。
父と母にもすごく感謝しています。思い詰めすぎて、腕を切ってしまおうと思った時、カッターを持って腕に押し付けてるのを母に見つかってものすごく泣かれました。こんなに大切に思ってくれる人がいる自分を傷つけようなんて、馬鹿なことしちゃう所だったとわんわん泣いて反省したのを覚えてます。
1度ネガティブになるとずっと悪い方に引っ張られちゃいますよね。
SNSもそうです。当時、ネガティブが故にそういう情報が入ってきて、そういう投稿が多く目に入るせいで、ひとりじゃない。もっと苦しい人が沢山いる!と救われた気がしたけれど、そこに広がる情報全部が自分を救うためにある訳じゃなくて、どんどん引き込まれる沼だったりするんですよね。
そこで私もリストカットという方法を知ったわけだし。
Twitterを知って、歌い手のファンの人たちも目に入るようになって、同じくらいの年齢や境遇の子が多くてどんどんのめり込んでいきました。
痛いオタクだったと思います。持ち物全部その人関連のものにしたりとかして。お父さん、買ってくれてありがとう。本当にあの頃学校に行く心の支えになりました。
それに、そんなんでも仲良くしてくれる友人が居てくれたりとほんとに環境に恵まれていたと思います。
逆にこの経験があったからこそ、絶対人の悪口とか嫌なこととか、そういうことには加担しないって決めれたし。だから感謝じゃないけど、人生において必要な痛みだったのかなーなんて思い込むようにしてます。
Aちゃんとほんとにお別れというか、絶交してからオタクに走っていったり、太ったり、ぎゃくに食べても吐くようになったり、なんかちょっとおかしかった時期もありましたけど、父の仕事の都合で転勤することになって、違う学校に行きました。
そこで、引き続きオタクしてたんですけど、ある日、友達に似合わないって言われて、途端に恥ずかしくなって、オタクであることや、大嫌いなあのころの自己嫌悪ばかりしてた自分に蓋をしました。
恥ずかしくなったのは、Twitterとかでもオタクは恥ずべきだなんて戯言を真に受けていたからと言うのもあります。
ほんと、今思えば自分の好きを貫いてこそかっこいい事だし、そんなに周りの目を気にしている方がもったいないと思えるけれど、新しいコミュニティから外れるのが怖くて、そこからはパンピとして生きていきました。
今もです。ほんとにコソコソ何かを好きになるけれど、深い傷をおうのが怖くていつも深堀できずにいます。
今の自分は好きです。自己肯定感はかなりカンストするレベルであるし、楽しく毎日生きているけど、あの頃の自分は嫌いなままで、なんだか自分の心の奥底にしまいこんだ別人格なような感覚のままでいます。
これで良かったのかと思うこともあるけれど、今の自分があるのはやっぱりそういう傷があるからこそなので人生に無駄なことってないなーと思えたりします。嫌いな自分もひっくるめて愛そう!なんてかっこいいことが言えたらいいけど、あの頃の自分はほんとトラウマというか、私の悪い所を抽出したその象徴のように感じて、もう二度とあんな怖い思考回路になりたくなくてしまいこんでます。
んー、なんの話し?笑笑
でもそんなこんなで今こんな感じで生きられてるのはやっぱり環境のおかげだなあ。人に恵まれていると思います。たしかにどこに行っても嫌だなって感じの人はいるけれど、それで当たり前だし、どう付き合っていくかが社会なのかもー?と思えるようになれて良かったです。みんな敵じゃないし!優しい人ばかりだと思えることもある!
だからネガティブな感じの日記は今日限りにできるだけしようと思います。
次回からはほんとにどうでもいい日常のええ事とか言いたいことをぴろぴろかいてこーや。
気長にー!未来のうちが読んで、元気出せるタイムカプセルみたいなものになりますように(≧∇≦)