アメブロだ
久々だ
よし。
まずとりあえず一言。彼氏ほしい
はい。
自分の心の狭さにびっくりする。
私は自分に甘く、他人には厳しい人間だったらしい。
妹の反抗期が家族を苦しめる状況をどうにも許せない。
自分だってそういう時期があったのに。
どうして私の言葉は聞き入れてもらえて、
その上しっかり吟味してもらえるだなんて思えたんだろう。
どうして私の言葉には、理不尽な反抗期に終止符を打てる力があると思えたんだろう。
そんなのは傲慢だ。
苦しいんだ。
みんな苦しい。
反抗期ってのは、急かして解決が早まるものではないということに気付いた。
そして今、もう一つ気付いた。
反抗期なんて、ないに超したことないんだよ!
あって当たり前みたいな風潮くそくらえ!
ふざけんじゃないよ!
さっさと落ち着け!
そう思ってた。
ばかだなあ。
私だからこその反抗期だったのに。
この家族だからこそ、こんな環境だからこそ。
私も、妹たちも、過激なまでの反抗期は避けて通れない道なんだ。
”違い”というものを、自分なりに理解して、受け入れないといけない時期なんだ。
その違いが分からないから、違いを大きくしたり、別の違いを作ったりする。
その違いは家族にとっては、ほんといい迷惑でしかなくて。
でも仕方ないんだね。そうしないとわからないんだ。
苦しいなあ。
私、ママが大好き。パパも大好き。
ママが泣いてどうしたらいいかわからないって言うんだ。
もしよかったら、その気があったら、協力して助けて欲しいって言うんだ。
私一人じゃ、もうどうしたらいいかわからないって言うんだ。
ああ、みんな苦しんでる。
許せない。
…でも、妹は悪くないんだね。
私たちの周りには、他よりも少し、大きい違いに溢れてる。
ぶつかって当然なんだ。立ち止まって当然なんだ。
その違いを良性と捉えるか、悪性と捉えるか、この反抗期次第なんだ。
私はなんとか良性にできた。
真ん中の妹は半ば良性、半ば悪性のまま糧にする道を選んだ。
じゃあアンタはどうするの?
初めて自覚した。
私の一挙一動が、誰かを不幸に導いている可能性。
初めて意識した。
私の一挙一動を、あの子はどう捉えるんだろうって。
ああ、悔しいなあ。
私は自分を変化させることで順応してきた。
でもあの子は違う。あの子は周りを変化させて順応する。
順応したことにする。
周りを消耗させて自分を成り立たせる。
腹が立つんだ。どうしても。
まるで私と正反対じゃないか。
そんなのずるいじゃないか。
私のためには、誰も変わろうとなんてしてくれない。
それがどうしても腹立たしいんだ。
まるでそこには価値の違いがあるようじゃないか。
やめてくれよ。
存在価値って何だろうか。
そんな言葉にどれほどの意味があるのだろうか。
反抗期は本当にいい迷惑だ。
卒業したはずの時期に、乗り越えたはずの壁に、
いとも簡単にまた衝突する。
しねばいいのに。
そうしたら私の生き方以外は気にせずに、
価値の差なんてくだらないこと考えずに、
気楽にゆうゆうと生きていけるのに。
頑固ものだったパパがあんなに我慢するなんて。
頭の固かったママがあんなに折れるなんて。
どうして妹にそんなに献身的になるんだよ。
私の時はそうはならなかったのに。
真ん中の妹がビキニを買いたいって言ってた。
ビキニって…
その細いからだが羨ましい。
賢くて、友達とも上手くやってて、男とも仲良くよろしくやってて。
私に何があるってんだ。
何があるってんだよ。
私も妹みたいに親に甘やかされてみたかった。
私はいつも親と努力してきたのに。
それが長女としての使命だったから。
それ以外の道なんて、私にあるはずがなかった。
自分を変化させて、大人に合わせて、
満足してもらえたら、それが私の正解だった。
自分の思い通りなんて言葉、そもそも辞書に存在しなかった。
もう誰もあたしを子供として扱ってくれないんじゃなかろうか。
手のかかる妹が、家の中の子供というポジションを全部担ってる。
というか、最初からそうだったじゃん。
私が子供らしく甘えた時期なんて、本当に反抗期の間だけじゃないか。
その反抗期ですら、結局誰にも寄り添ってもらえず、自分で抜け出したじゃないか。
ああ腹が立つ。
あたしも愛されたい。
何度殺意をわかせたか分からないパパを、
私は大好きって言い張るようになった。
そうすればパパは柔らかくなるって、きっと期待してた。
他の人には相変わらずでも、
私だけには特別優しくしてくれるかもしれないって。
大好きになってほしいから、優しくしてほしいから、
甘やかしてほしいから、まずは自分が大好きになる努力を始めた。
いい所をたくさん見つけようと思って、
尊敬できるところをたくさん見つけようと思って、
頑張ったのに。
嫌なところを自分の中で大きくしないように、
誰かを傷つけるところを見てみぬフリしたのに。
大好きを貫けるように、
でもパパは、私を大人になったと認めただけだ。
自分を分かってくれる娘だと喜んだだけだ。
パパが自分の何かを変化させてまであたしにしてくれたことは、
結局何ひとつない。
あたしが立派にパパの娘になれるよう努力しても、
パパは娘に好かれるパパになる努力はしてくれない。
私はママが好きすぎる。
きっと、ママの弱いところ見せつけられて、頼られて、
私がいないとママはダメなんだって思い込んだことも大きい。
パパとママが対立した時は、
ママの味方をしないとあまりにも可哀想だったこともある。
ママは、一生懸命ママであろうとしたから、
ママであるために、たくさん自分を犠牲にしているところを見てきたから、
だからきっと、大好きすぎるほど大好きになった。
あたしがそんなママに返せるものなんて、
無条件で無制限な大好きっていうこの気持ちだけだった。
手のかかる子供の面倒を一生懸命みる。それがママの仕事だ。
でもただでさえ大変なママを、そんな余計な仕事で疲れさせまいと、
いい子になる努力をした。
結果なんて簡単だ。
ママはママという役割を全うする努力をしていたんだ。
手のかからない子供は自然と視界に入らなくなる。
ママの仕事をする必要のない子供には関心も薄れる。
理解してどうにかしようとするモチベーションもなくなるからね。
だからママは私が分からない。分かろうとする気もなければ、
きっと私のことが分からないことにも気付いていない。
ただ、ママとして、ママが子供の時そうだったように、
立派な娘であることを望み続けるんだ。
ママが小さい時はこうだったのに、あんたは違うのねって
そんな悲しそうに言われたら、私の体はそうであろうと努力してしまう。
私の今の居場所は、私が変化しなかったら、
変化を続けなければ、手に入らないものばかり。
もうすぐハロウィンだ。
去年、好きでしょうがなかった人を親友が密かに奪い始める時期や。
ハロウィンパーティーもした。その人と遊びたくて。
そしてたぶん、それがきっかけになった。
二人がくっつくきっかけ。
ああもう全員しねばいいのに。
何なんだよ。
私が愛する人たちは、私に冷たすぎないか?
本来そういうものだ、ドライに感じるこのくらいが、きっと世間様の普通なんだって
そう思おうとしたんだけどさ
ダメだよ。
どうしても私の目にはそう映らない。
愛を奪われたようにしか感じない。
あの子は知っていたのに。
気付いていたのに。
それでも、平気で奪えるほどに、私の存在は軽い。
私は親友という肩書きを選んで、恋心を捨てたのに。
毎日毎日泣きながら、それでもどうにか、そっちを選んだのに。
私のことなんて石ころほどにどうでもいい親友という肩書きのために、
たくさんの血を涙に変えたっていうのに。
何度思ったか。
あの肩書きがやったような非情なやり方を知っていれば、
こんなに近くに、私の欲しい愛を奪う敵がいるって知っていれば、
私はきっと努力したのにって。
それとも、いい人になる努力なんかせずに、
ぶち壊してしまえば良かったんだろうか。
でも私は知ってる。
自分のことをよく知っているんだ。
あいつがしたような非情なやり方は、私にはできない。
自分の手で、誰かを故意に不幸にすることも、
私には絶対にできない。
いい人ぶることだけが、私の生きる術だから。
自分を殺す方法しか、私は知らないのだから。
幸せって何だ。
幸せって何なんだよ。
私を好きだと言ってくれたあの人が恋しい。
何度も好きだと言ってくれたのに。
会いたいよ。
私をずっと見ていてくれたのに。
もう忘れられちゃったかな。
もう一度私を好きだって訴える目で見つめられたい。
誰か私を見てよ。
世界は二次元のようにはまわってない。
誰も誰かの言葉を深読みしようとしないし、
そもそもドラマチックな感情の変化をしているかも怪しい。
私だけが、きっとバカみたいにドラマチックなんだ。
誰も誰かの心の傷に気付かないし、
ふとしたきっかけで知ってしまっても助けるために努力なんてしない。
どうでもいいんだ。自分以外の人なんて。どうでもいいんだ。
きっと私が二次元に影響されすぎた。
二次元に流れていた切なくていじらしい空気は、
同じように三次元にも流れていると思っていた。
真剣、共有、分かち合い、痛み、苦しみ、悲しみ、…愛、
そんなのものの言葉の薄さ、軽さ。
自分のことだけなんだ、オオゴトになるのは。
100%オレンジジュースだと思い喜んで口にしたものが、
果汁15%だった時みたいな虚無感。
愛の空振りほど惨めなことってない。
すかっ すかっ
って。どこにいっても。何をしても。
濃縮還元の還元する前みたいな、
そんなぺりっぺりに乾いた愛を全身に貼付けて
体内の愛の潤いを守っていたい。
盲目的に愛されているんだと感じたい。
もうほんとに、それだけでいい。
私は望んでないよ。
誰かが私のためだけに無理に変化をすることを、全く望んでいない。
だって一番よく知ってるもの。それがどんなに自分を無にするのかを。
私はただ、私のためだけに、私を喜ばせるためだけに、
誰かがほんの少しだけ、ほんのちょこっとだけ、がんばってくれたらって。
そんな人がいてくれたらって。
他の誰でもなく、ただ私のだけに注がれる愛が欲しいって。
親の一番になれないことは分かった。
親友なんてものは存在しないことも分かった。
あと、何を分かればいいだろうか。
あと何度落ち込めば、
ただ一人を愛するなんていう二次元の愛が
三次元には存在しないことが分かるだろうか。
あと何度泣けば、愛を求めることに懲りてくれるのだろうか。
本人たちに言えば、そんなこと言われても困ると言われそうなことばかりだ。
そんなことないよ、ぴょもものこと大好きだよって
絶対にその言葉を信じられないタイミングで、貴重な言葉を吐かれるだけだ。
言わないとわからないのが人間だって知ってるよ。ちゃんと分かってる。
でも、愛してなんて言葉は口にするためにある言葉じゃない。
一人で呟くために存在する言葉だ。
そんなに伝わらないだろうか。
愛してほしいって気持ちは、そんなに伝わってくれないものだろうか。
妹のように自己主張しなければ、誰も私のために努力することはないのだろうか。
というかそもそも、主張して仕方なしに与えられた愛に、
自分のために誰かが無理をすることに耐えられない私は、満足できるのだろうか。
本当に愛ってなんだ。
愛ってなんなんだ。
そんな単語、消えてなくなってしまえばいいのに。
家族愛、姉妹愛、友愛、恋愛。
他にどんな愛があるよ?
一番簡単に手に入ると思っていたんだ。
家族愛。
妹にはもう勝てない。
全部奪われてしまった。
私が親の一番になれる瞬間は、きっと親が生きてる間に
合計1時間もない。
それほどまでには、奪われてしまった。
だからと言って、妹と同じ方法はできないし、
奪い返せる自信もない。
姉妹愛。
あるわけがない。
私には何も求めない。そして与えもしない。
そこに何もしなくても繋がるような繋がりは何もない。
あるのは建前と形だけ。
本当に大切だと思われてはいない。
病気で弱り切ってる私に、一時的で自己中心な感情で
暴力的な行動に出れるほどには私のことを何とも思っていない。
妹たちが自分よりも姉である私を優先することなどあり得ない。
優先し尊重しようとするのは常に私の方。完全なる一方通行。
それに気付いた瞬間から、私も姉であることを辞めた。
私はいてもいなくても変わらない姉だから。
何も共有してもらえないし、慕われもしない。
尊敬はされども、敬遠される。
それでも姉でいる努力をする必要はどこにあるのかなと。
妹のために自己犠牲を払う必要はどこにあるのかなと。
私は何も得ない。得ているのは詰め寄れない距離感だけ。
友愛。
ないない。
あったら私に胸を貸してくれる人が一人くらいいてもいいはずだ。
友達に求めるのは、深入りしない気楽な関係。
もうそれは嫌というほど理解した。
たまたま知り合って、たまたまよく話すようになっただけの人のために
誰も自分の気楽でいたい心を割いてはくれない。
誰も背中をさすってはくれない。
だって触れ合える距離にいる人達は、みんなそうだったから。だから。
そういうものだと知ったから、期待するのも辞めたよ。
ね。
恋愛はさ、夢見ちゃうよね。
あーあ。
もうほんと、うん。
愛という概念のない世界で生きたい。
好きってなんだよ。
なんなんだよ。
私が手に入れられないなら、
世界から愛なんて全部しんでしまえばいいのに
私に平穏に生きさせてくれ
久々だ
よし。
まずとりあえず一言。彼氏ほしい
はい。
自分の心の狭さにびっくりする。
私は自分に甘く、他人には厳しい人間だったらしい。
妹の反抗期が家族を苦しめる状況をどうにも許せない。
自分だってそういう時期があったのに。
どうして私の言葉は聞き入れてもらえて、
その上しっかり吟味してもらえるだなんて思えたんだろう。
どうして私の言葉には、理不尽な反抗期に終止符を打てる力があると思えたんだろう。
そんなのは傲慢だ。
苦しいんだ。
みんな苦しい。
反抗期ってのは、急かして解決が早まるものではないということに気付いた。
そして今、もう一つ気付いた。
反抗期なんて、ないに超したことないんだよ!
あって当たり前みたいな風潮くそくらえ!
ふざけんじゃないよ!
さっさと落ち着け!
そう思ってた。
ばかだなあ。
私だからこその反抗期だったのに。
この家族だからこそ、こんな環境だからこそ。
私も、妹たちも、過激なまでの反抗期は避けて通れない道なんだ。
”違い”というものを、自分なりに理解して、受け入れないといけない時期なんだ。
その違いが分からないから、違いを大きくしたり、別の違いを作ったりする。
その違いは家族にとっては、ほんといい迷惑でしかなくて。
でも仕方ないんだね。そうしないとわからないんだ。
苦しいなあ。
私、ママが大好き。パパも大好き。
ママが泣いてどうしたらいいかわからないって言うんだ。
もしよかったら、その気があったら、協力して助けて欲しいって言うんだ。
私一人じゃ、もうどうしたらいいかわからないって言うんだ。
ああ、みんな苦しんでる。
許せない。
…でも、妹は悪くないんだね。
私たちの周りには、他よりも少し、大きい違いに溢れてる。
ぶつかって当然なんだ。立ち止まって当然なんだ。
その違いを良性と捉えるか、悪性と捉えるか、この反抗期次第なんだ。
私はなんとか良性にできた。
真ん中の妹は半ば良性、半ば悪性のまま糧にする道を選んだ。
じゃあアンタはどうするの?
初めて自覚した。
私の一挙一動が、誰かを不幸に導いている可能性。
初めて意識した。
私の一挙一動を、あの子はどう捉えるんだろうって。
ああ、悔しいなあ。
私は自分を変化させることで順応してきた。
でもあの子は違う。あの子は周りを変化させて順応する。
順応したことにする。
周りを消耗させて自分を成り立たせる。
腹が立つんだ。どうしても。
まるで私と正反対じゃないか。
そんなのずるいじゃないか。
私のためには、誰も変わろうとなんてしてくれない。
それがどうしても腹立たしいんだ。
まるでそこには価値の違いがあるようじゃないか。
やめてくれよ。
存在価値って何だろうか。
そんな言葉にどれほどの意味があるのだろうか。
反抗期は本当にいい迷惑だ。
卒業したはずの時期に、乗り越えたはずの壁に、
いとも簡単にまた衝突する。
しねばいいのに。
そうしたら私の生き方以外は気にせずに、
価値の差なんてくだらないこと考えずに、
気楽にゆうゆうと生きていけるのに。
頑固ものだったパパがあんなに我慢するなんて。
頭の固かったママがあんなに折れるなんて。
どうして妹にそんなに献身的になるんだよ。
私の時はそうはならなかったのに。
真ん中の妹がビキニを買いたいって言ってた。
ビキニって…
その細いからだが羨ましい。
賢くて、友達とも上手くやってて、男とも仲良くよろしくやってて。
私に何があるってんだ。
何があるってんだよ。
私も妹みたいに親に甘やかされてみたかった。
私はいつも親と努力してきたのに。
それが長女としての使命だったから。
それ以外の道なんて、私にあるはずがなかった。
自分を変化させて、大人に合わせて、
満足してもらえたら、それが私の正解だった。
自分の思い通りなんて言葉、そもそも辞書に存在しなかった。
もう誰もあたしを子供として扱ってくれないんじゃなかろうか。
手のかかる妹が、家の中の子供というポジションを全部担ってる。
というか、最初からそうだったじゃん。
私が子供らしく甘えた時期なんて、本当に反抗期の間だけじゃないか。
その反抗期ですら、結局誰にも寄り添ってもらえず、自分で抜け出したじゃないか。
ああ腹が立つ。
あたしも愛されたい。
何度殺意をわかせたか分からないパパを、
私は大好きって言い張るようになった。
そうすればパパは柔らかくなるって、きっと期待してた。
他の人には相変わらずでも、
私だけには特別優しくしてくれるかもしれないって。
大好きになってほしいから、優しくしてほしいから、
甘やかしてほしいから、まずは自分が大好きになる努力を始めた。
いい所をたくさん見つけようと思って、
尊敬できるところをたくさん見つけようと思って、
頑張ったのに。
嫌なところを自分の中で大きくしないように、
誰かを傷つけるところを見てみぬフリしたのに。
大好きを貫けるように、
でもパパは、私を大人になったと認めただけだ。
自分を分かってくれる娘だと喜んだだけだ。
パパが自分の何かを変化させてまであたしにしてくれたことは、
結局何ひとつない。
あたしが立派にパパの娘になれるよう努力しても、
パパは娘に好かれるパパになる努力はしてくれない。
私はママが好きすぎる。
きっと、ママの弱いところ見せつけられて、頼られて、
私がいないとママはダメなんだって思い込んだことも大きい。
パパとママが対立した時は、
ママの味方をしないとあまりにも可哀想だったこともある。
ママは、一生懸命ママであろうとしたから、
ママであるために、たくさん自分を犠牲にしているところを見てきたから、
だからきっと、大好きすぎるほど大好きになった。
あたしがそんなママに返せるものなんて、
無条件で無制限な大好きっていうこの気持ちだけだった。
手のかかる子供の面倒を一生懸命みる。それがママの仕事だ。
でもただでさえ大変なママを、そんな余計な仕事で疲れさせまいと、
いい子になる努力をした。
結果なんて簡単だ。
ママはママという役割を全うする努力をしていたんだ。
手のかからない子供は自然と視界に入らなくなる。
ママの仕事をする必要のない子供には関心も薄れる。
理解してどうにかしようとするモチベーションもなくなるからね。
だからママは私が分からない。分かろうとする気もなければ、
きっと私のことが分からないことにも気付いていない。
ただ、ママとして、ママが子供の時そうだったように、
立派な娘であることを望み続けるんだ。
ママが小さい時はこうだったのに、あんたは違うのねって
そんな悲しそうに言われたら、私の体はそうであろうと努力してしまう。
私の今の居場所は、私が変化しなかったら、
変化を続けなければ、手に入らないものばかり。
もうすぐハロウィンだ。
去年、好きでしょうがなかった人を親友が密かに奪い始める時期や。
ハロウィンパーティーもした。その人と遊びたくて。
そしてたぶん、それがきっかけになった。
二人がくっつくきっかけ。
ああもう全員しねばいいのに。
何なんだよ。
私が愛する人たちは、私に冷たすぎないか?
本来そういうものだ、ドライに感じるこのくらいが、きっと世間様の普通なんだって
そう思おうとしたんだけどさ
ダメだよ。
どうしても私の目にはそう映らない。
愛を奪われたようにしか感じない。
あの子は知っていたのに。
気付いていたのに。
それでも、平気で奪えるほどに、私の存在は軽い。
私は親友という肩書きを選んで、恋心を捨てたのに。
毎日毎日泣きながら、それでもどうにか、そっちを選んだのに。
私のことなんて石ころほどにどうでもいい親友という肩書きのために、
たくさんの血を涙に変えたっていうのに。
何度思ったか。
あの肩書きがやったような非情なやり方を知っていれば、
こんなに近くに、私の欲しい愛を奪う敵がいるって知っていれば、
私はきっと努力したのにって。
それとも、いい人になる努力なんかせずに、
ぶち壊してしまえば良かったんだろうか。
でも私は知ってる。
自分のことをよく知っているんだ。
あいつがしたような非情なやり方は、私にはできない。
自分の手で、誰かを故意に不幸にすることも、
私には絶対にできない。
いい人ぶることだけが、私の生きる術だから。
自分を殺す方法しか、私は知らないのだから。
幸せって何だ。
幸せって何なんだよ。
私を好きだと言ってくれたあの人が恋しい。
何度も好きだと言ってくれたのに。
会いたいよ。
私をずっと見ていてくれたのに。
もう忘れられちゃったかな。
もう一度私を好きだって訴える目で見つめられたい。
誰か私を見てよ。
世界は二次元のようにはまわってない。
誰も誰かの言葉を深読みしようとしないし、
そもそもドラマチックな感情の変化をしているかも怪しい。
私だけが、きっとバカみたいにドラマチックなんだ。
誰も誰かの心の傷に気付かないし、
ふとしたきっかけで知ってしまっても助けるために努力なんてしない。
どうでもいいんだ。自分以外の人なんて。どうでもいいんだ。
きっと私が二次元に影響されすぎた。
二次元に流れていた切なくていじらしい空気は、
同じように三次元にも流れていると思っていた。
真剣、共有、分かち合い、痛み、苦しみ、悲しみ、…愛、
そんなのものの言葉の薄さ、軽さ。
自分のことだけなんだ、オオゴトになるのは。
100%オレンジジュースだと思い喜んで口にしたものが、
果汁15%だった時みたいな虚無感。
愛の空振りほど惨めなことってない。
すかっ すかっ
って。どこにいっても。何をしても。
濃縮還元の還元する前みたいな、
そんなぺりっぺりに乾いた愛を全身に貼付けて
体内の愛の潤いを守っていたい。
盲目的に愛されているんだと感じたい。
もうほんとに、それだけでいい。
私は望んでないよ。
誰かが私のためだけに無理に変化をすることを、全く望んでいない。
だって一番よく知ってるもの。それがどんなに自分を無にするのかを。
私はただ、私のためだけに、私を喜ばせるためだけに、
誰かがほんの少しだけ、ほんのちょこっとだけ、がんばってくれたらって。
そんな人がいてくれたらって。
他の誰でもなく、ただ私のだけに注がれる愛が欲しいって。
親の一番になれないことは分かった。
親友なんてものは存在しないことも分かった。
あと、何を分かればいいだろうか。
あと何度落ち込めば、
ただ一人を愛するなんていう二次元の愛が
三次元には存在しないことが分かるだろうか。
あと何度泣けば、愛を求めることに懲りてくれるのだろうか。
本人たちに言えば、そんなこと言われても困ると言われそうなことばかりだ。
そんなことないよ、ぴょもものこと大好きだよって
絶対にその言葉を信じられないタイミングで、貴重な言葉を吐かれるだけだ。
言わないとわからないのが人間だって知ってるよ。ちゃんと分かってる。
でも、愛してなんて言葉は口にするためにある言葉じゃない。
一人で呟くために存在する言葉だ。
そんなに伝わらないだろうか。
愛してほしいって気持ちは、そんなに伝わってくれないものだろうか。
妹のように自己主張しなければ、誰も私のために努力することはないのだろうか。
というかそもそも、主張して仕方なしに与えられた愛に、
自分のために誰かが無理をすることに耐えられない私は、満足できるのだろうか。
本当に愛ってなんだ。
愛ってなんなんだ。
そんな単語、消えてなくなってしまえばいいのに。
家族愛、姉妹愛、友愛、恋愛。
他にどんな愛があるよ?
一番簡単に手に入ると思っていたんだ。
家族愛。
妹にはもう勝てない。
全部奪われてしまった。
私が親の一番になれる瞬間は、きっと親が生きてる間に
合計1時間もない。
それほどまでには、奪われてしまった。
だからと言って、妹と同じ方法はできないし、
奪い返せる自信もない。
姉妹愛。
あるわけがない。
私には何も求めない。そして与えもしない。
そこに何もしなくても繋がるような繋がりは何もない。
あるのは建前と形だけ。
本当に大切だと思われてはいない。
病気で弱り切ってる私に、一時的で自己中心な感情で
暴力的な行動に出れるほどには私のことを何とも思っていない。
妹たちが自分よりも姉である私を優先することなどあり得ない。
優先し尊重しようとするのは常に私の方。完全なる一方通行。
それに気付いた瞬間から、私も姉であることを辞めた。
私はいてもいなくても変わらない姉だから。
何も共有してもらえないし、慕われもしない。
尊敬はされども、敬遠される。
それでも姉でいる努力をする必要はどこにあるのかなと。
妹のために自己犠牲を払う必要はどこにあるのかなと。
私は何も得ない。得ているのは詰め寄れない距離感だけ。
友愛。
ないない。
あったら私に胸を貸してくれる人が一人くらいいてもいいはずだ。
友達に求めるのは、深入りしない気楽な関係。
もうそれは嫌というほど理解した。
たまたま知り合って、たまたまよく話すようになっただけの人のために
誰も自分の気楽でいたい心を割いてはくれない。
誰も背中をさすってはくれない。
だって触れ合える距離にいる人達は、みんなそうだったから。だから。
そういうものだと知ったから、期待するのも辞めたよ。
ね。
恋愛はさ、夢見ちゃうよね。
あーあ。
もうほんと、うん。
愛という概念のない世界で生きたい。
好きってなんだよ。
なんなんだよ。
私が手に入れられないなら、
世界から愛なんて全部しんでしまえばいいのに
私に平穏に生きさせてくれ