僕は西洋音樂が好きだ。といふより、三味線などの殿と音樂やアジア・アフリカ系の音樂は殆ど聞かない。雅樂の演奏をたまに聞くくらゐである。今囘は。音樂の話でも書かうと思ふ。
僕が學生の頃、音樂の先生が科目の中で音樂だけが「音學」ではなく「音樂」であると仰有つたが、理由は理解してゐないやうだつた。確かに「數學」などは死ぬほど樂しい學問だが「數樂」とは言はない。變な話である。
實は、「音學」といふ學問も過去の日本には存在してゐた。奈良・平安時代の太學には、音學の講座があり、音學博士なども置かれてゐた。この「音學」といふ學問は、要するに「發音學」の事である。
何のは發音か、といふと、當然、當時の支那語の發音である。この學問の御蔭で、日本は大人數の留學生を大陸に送り込む事ができた。信西入道などは、散歩の途中に道で會つた支那人と支那語で會話を樂しんだりした。
江戸時代の學者とは偉い違ひである。江戸時代の漢學者は漢文は書けても支那語は話せない。荻生徂徠だけは、支那通詞に習つた唐話(江戸時代の支那語)で弟子に教育をしてゐた。
日本で音學が廢れたのは遣唐使を廢止したからである。
次囘は本當に「音樂」の話を書きます。つひ脱線した話が長くなりました。御免なさい。