ナラガシワの堅果には、
①細長くて大粒(長さ3~4cm程度)
②楕円形で毛があり、小粒(長さ2~2.5cm程度)
の2タイプがあります。
 
ここ数年私は、自身の経験や図鑑に記載されている採集地(奈良・広島)、さらに読者の方からのコメント(富山・大分在住の方より)から、上記①②の違いは東日本・西日本のナラガシワの遺伝的地域性に起因するものという仮説を立てています(便宜上、①を東日本型、②を西日本型と呼ぶことにします)。地図でわかる樹木の種苗移動ガイドライン(文一総合出版)」にも「ナラガシワの遺伝的地域性は、近畿地方を境に北と南で明確に違っているが、滋賀県のものは中部・東北の天然林に遺伝的に近い」との記述があり、上記仮説が現実味を帯びています。
今回、近畿地方の2箇所のナラガシワ自生地(大阪府東大阪市・生駒山、滋賀県愛知川・犬上川河辺林)を訪ね、堅果形態を比較してみることにしました。
 
【大阪府東大阪市・生駒山】
生駒山には昨秋も訪ねており、前回は額田駅・枚岡公園から山頂を歩きました。今回は石切駅から辻子谷コース→生駒縦走コース→くさかコースを歩きます。
ナラガシワは谷沿いの林縁や急斜面で見られるものの、クヌギやアラカシに比べると少なかったです。昨秋訪ねたコースではナラガシワは山麓に近い斜面でクヌギ・アベマキと混生しており、標高が上がるとコナラ林になりました。
生駒縦走コースのナラガシワ。明るく開けた場所で見られ、薄暗い場所では弱々しい姿になっていました。写真のように、林縁で光を求めて歪な樹形になっている個体も多く、コナラ・クヌギ・アベマキよりも陽光を求めるようです。
明るい環境を好むナラガシワにとって、薪炭利用・萌芽更新停止に伴う遷移の進行は死活問題です。このまま放置されれば、アラカシが優勢になりナラガシワは衰退していくでしょう。スギ・ヒノキ人工林や竹林になっている場所も多かったです。
くさかコースはアベマキが優占種で、クヌギ・コナラ・アラカシ・シロダモ・ヤブニッケイ・ニセアカシア・ササ類などの林でした。こちらも遷移の進行が目立ちました。
どんぐりは拾いにくい場所が多く、殆ど拾えませんでしたが、小粒で楕円形・有毛のどんぐりでした。
写真は昨秋に長居植物園で採集したものですが、生駒山のどんぐりもこのタイプです。
大阪府でナラガシワが自生する場所は、生駒山と三草山だけとのことです。尚、生駒山地の南側と三草山の東側には柏原という地名がありますが、おそらくナラガシワに由来するのだと思います。
 
【滋賀県愛知川・犬上川河辺林】
愛知川駅からレンタサイクルで愛知川沿いを琵琶湖方面に向かい、河瀬駅付近の犬上川にも行きました。東海道新幹線より北西側の愛知川沿いは、2年前に訪ねた河辺いきものの森周辺よりもナラガシワが多かったです。
植生はナラガシワ・ケヤキが優占種ですが、遷移が進行してアラカシが優勢になっている場所や竹林も多いです。ナラガシワは自然堤防沿いに多いですが、河道内に生えたものもありました。
この辺りでは柏餅の葉にナラガシワを使うと地元の方から聞きました。
巨大などんぐりをつけたナラガシワ。撮影に夢中になっていたら、アサギマダラがひらひらと優雅に舞って現れました。写真を撮ろうとしましたが、飛んで行ってしまいました。
堅果が巨大なので縄文人も好んだのではないでしょうか?
沢山のナラガシワが生える光景に大興奮!
自然堤防の外側は水田や農地が広がっています。弥生時代に稲作が普及する前は、沖積低地にナラガシワ林が広がっていたのだと思います。
愛知川・犬上川で採集したナラガシワのどんぐりです。関東の自生地で採集したものと同様に、大粒で細長いどんぐりが多かったです。
西日本型と東日本型を並べてみます。堅果の長さは西日本型(左の2個)は2.2cm、東日本型(右の2個)は3.4cmでした。写真の西日本型は今秋の長居植物園で採集したものです。
 
以上のようなことから、ナラガシワの堅果形態の違いは東日本・西日本の遺伝的地域性の違いに起因するものと思われます。日本列島は太古の昔、東北日本と西南日本に分かれていたことと関係があるのかもしれません(アベマキやツブラジイの分布東限ラインも糸魚川・静岡構造線とほぼ一致しており、関係がありそうです)。
遺伝的地域性があることはどの生物にも言えることです。しかし、日本のブナ科で遺伝的地域性が形質に顕著に現れるのはナラガシワとブナくらいではないでしょうか?アオナラガシワ・ノコバナラガシワ(ツクシオオナラ)といった変種・品種もあるので、改めてナラガシワは変異に富んで面白い種だなと思いました。