今年は関東ではナラガシワがどこも不作。しかし、それでもナラガシワのどんぐりを採集したい!何たって、私にとって年に1回の楽しみなので…。ということで遠出することを決断しました。
福島県猪苗代湖、滋賀県琵琶湖周辺にナラガシワが多いことは以前から知っていました。距離的には猪苗代湖の方が東京からは近いのですが、関東に隣接しているため不作かもしれない…。そう思い、琵琶湖方面に行くことにしました。
滋賀に行く前に名古屋のナラガシワがある神社に行きました。名古屋市瑞穂区の本願寺町八幡社です。ここは2017年にフモトミズナラを見に愛知県に来た時に知りました。最寄り駅は瑞穂区役所駅です。尚、瑞穂区の神社にはナラガシワが多いようです。
ナラガシワは5本あります。うち1本は、カシワと誤認された状態で名古屋市の名木に指定されていますが、樹勢はやや衰弱しています。
どんぐりは落ち始めでしたが、拾うことができました!良かった!愛知県では今年はナラガシワが結実しています!
本願寺町八幡社のナラガシワは細長くて大粒です。一番大きな堅果は長さ3.6cmもありました!堅果に毛が生えていて、殻斗付きで落ちている個体もありました。まだ青いどんぐりが多く、10月末~11月上旬頃が最盛期かもしれません。ナラガシワはナラ類にしては熟すのが遅いです。
この時期にしては綺麗な葉があったので、採取しました。葉身20.5cm、葉柄3cmでした。この個体の葉は裏に星状毛が密生している上に、形も典型的なナラガシワといった感じです。
尚、名古屋城には樹高25m・幹周り3.6mのナラガシワの大木があります(名古屋城の自然 樹木と薬草編より)。
名古屋から東海道本線で滋賀県方面へ向かいます。名古屋から滋賀県の米原駅は約1時間と意外と早かったです。
近江鉄道の河辺の森駅で下車し、まずは河辺いきものの森に行きます。しかし、ここではアベマキが優占種で、クヌギ、アラカシ、コナラに加えてナラガシワが点在する程度でした。
しかし、職員の方から「ナラガシワは愛知川(えちがわ)右岸に多い、琵琶湖畔には少ない」、「滋賀県辺りでは、ナラガシワやサルトリイバラの葉を柏餅に使う。カシワはこの辺りでは少なく、ナラガシワが一番良い。事実上、柏餅ではなく楢柏餅」などの情報を教えていただきました。
柏餅の葉にナラガシワやサルトリイバラを使うのは東海地方以西と文献に書いてありましたが、私が今年の5月に訪問した静岡県藤枝市の和菓子屋さんで売っていたものはカシワの葉でした。愛知・岐阜・三重・滋賀県辺りから西が、ナラガシワまたはサルトリイバラの地域なのでしょうか?楢柏餅、見てみたいです!
愛知川河辺林の解説です。かつては洪水時の氾濫地や里山として利用されましたが、治水工事で流れが安定したことや里山の需要がなくなったことで、現代では開発が進んで河辺林(河畔林)は減少してしまいました。現在では比較的連続した河辺林は、愛知川や犬上川などの僅かな河川にしか残っていないようです。
橋を渡って愛知川右岸に行きます。
八千代橋から下流方面の風景です。愛知川は鈴鹿山脈を水源とし、琵琶湖に注ぐ一級河川です。
すこやかの杜運動公園~八千代橋の少し下流辺りの右岸を歩きましたが、確かにナラガシワが多いです。
どんぐりは落ちていましたが、まだ青いどんぐりが多く、ここも10月末~11月上旬頃が最盛期かもしれません。
どんぐりは細長くて大きいタイプが殆どでしたが、この個体はややずんぐりしていました。
しかし、里山としての手入れが行われなって遷移が進んだためか、陰樹であるアラカシが多いエリアもありました。愛知川右岸の陽樹エリアでは、クヌギとナラガシワが優占種でした。尚、オオバコナラと思われる個体もありました。
愛知川右岸で採集したどんぐりです。堅果は一番大きなもので長さ3.3cmありました。どうやら今年のナラガシワは、関東では不作で愛知・滋賀(東海~近畿)では結実しているようです。しかし、2017年は兵庫・大阪・京都では不作で愛知・東京では結実していました。どんぐりの豊凶については謎が多いです。
ところで、ナラガシワのどんぐりは私の経験上、関東・愛知・滋賀では細長くて大粒のタイプが多いですが、私がかつて京都・大阪・神戸で見たものは、樽形で毛が生えたものも多かったです。「地図でわかる樹木の種苗移動ガイドライン(文一総合出版)」によると、「ナラガシワの遺伝的地域性は、近畿地方を境に北と南で明確に違っているが、滋賀県のものは中部・東北の天然林に遺伝的に近い」との記述があります。そのため、樽形で有毛のどんぐりがなかったのは地理的な遺伝子の違いなのかもしれません。もしそうだとすれば、樽形で有毛のどんぐりは京都以西で見られるのでしょうか?
ナラガシワは関東には殆どない上に、図鑑では「山野に生える」程度しか書かれていないことが多いため、東京在住の私は長年ナラガシワの自生環境が不明でした。しかし、東京・群馬・埼玉・滋賀の自生地を訪れたことや論文・文献からの情報により、ようやく長年の謎が明らかになってきました。その答えは、「低地の河川沿いの氾濫原、低山の沢沿い」というものでした。
河川沿いの氾濫原は、古くから水田・畑として開発されてきた上に、前述の治水工事で流れが安定したことで砂利採取地や工場用地に転換されたことで、現代では河畔林は少なくなりました。低山の沢沿いもスギの造林適地と重複するため、戦後の木材需要急増に伴うスギの人工林化によって天然林は激減しました。
中国山地にはナラガシワが多いらしいですが、少なくとも関東では河川沿いにしか自生がありません。しかし、遺跡調査から縄文時代中期~晩期の関東平野にはナラガシワが普通に生育していたことが明らかになっています。以上のようなことから推測した、現代の関東でナラガシワが殆ど見られない理由が以下の①~③です。
①元々、関東では河川沿いの氾濫原や低山の沢沿いにしか自生がなかった。
②河川沿いの氾濫原は、水田・畑・砂利採取地・工場用地として開発された。
③低山の沢沿いの天然林は、スギの人工林に置き換わった。
長年のモヤモヤ感が晴れて、すっきりした気分です!
ナラガシワは岩手・秋田県が分布の北限ですが、中部地方以東の地域では数が少なく、関東以外では愛知・岐阜・石川・長野・岩手県などでも絶滅危惧種の指定を受けています。これらの地域で少ないのも、関東と同様の理由かもしれません。私の経験上、ナラガシワはハルニレと混生することが多いため、ハルニレの自生地を探せば見つかるかもしれません。
また、ヒロオビミドリシジミ(通称:ゼフィルス)という蝶の幼虫は、ナラガシワの葉しか食べないそうです。そのため、ナラガシワを探している方は、ヒロオビミドリシジミの産地に行けば必ずナラガシワに出逢えると思います。ヒロオビミドリシジミの分布は、「京都府北部~山口県にかけての中国山地に局所分布」とのことで、やはりナラガシワが多い地域と重複します。京都府、大阪府、兵庫県、鳥取県、島根県、広島県では絶滅危惧種に指定されており、ナラガシワ林の保全が重要視されているようです。