「 湖 畔 の 宿 」 その二
作詞家の佐藤惣之助さんは、「この歌詞にはモデルはありません。夢 ・ ・ ・ 、夢物語だったと」言われた。戦時中、哀傷歌として、軍からは士気を下げると発禁処分にされたが、兵隊達の多くの要望により、歌い手の高峰三枝子さんは外地内地と慰問に行かれた。特に特攻隊隊員からは絶大な要望があったという。隊員の極限の精神状態、運命の中で最後の癒しを求めて、やさしさの愛を求めて ・ ・ ・それを受け入れ慰問を続けた高峰三枝子さん、瞼を閉じると、あの隊員たちの顔があったことでしょう。それは何を意味するのだろうか。傷つく魂を何としても包み ・・・壮絶でもあったろう作詞家も歌い手も、この様な形でのお役目だったのだろうか。時折、品格のある特有の表情を見せられる。「湖畔の宿」、表れの事象だったのでしょう。それどころでない、史上に出てこない隠匿された歴史や事象で悲しい魂を包み込まれたでありましょう。観音様であり母神様であり ・ ・ ・ ・ ・。前衛の伊香保姫のお話もありますが、そして榛名湖、榛名富士でないご本命はその奥に控えておられるという。 オスカル・フランソワ 美しきバラの花を愛される