こんにちは。るーです。
わたしは適応障害になり仕事を退職した経験があります。
アパレルスタッフとして勤務していたのですが
入りたての頃からノルマが高額に設定されており、
それが自分にとって大きなプレッシャーでした。
最初は大好きな洋服に関わる仕事につけて
本当に幸せでした。
でもその分、自分に過度な期待をしてしまい、
成果を出せなかったり、うまくいかないと
どんどん自分を追い込むようになっていきました。
そして、とうとう仕事に行くのが怖くなりました。
その後は、学生時代に働いていたバイト先で
再び働かせていただき
しばらくはここにいようと思いながら
少しずつ次の仕事先を探していました。
そんなわたしの姿を見て、両親は
今のままなら家にいる資格はない。出て行きなさい
と言いました。
少しずつ動けるようにはなっていたけれど、
決して完全に治ったわけではなくて
その言葉はとても重荷でした。
言い返したり、自分の気持ちを伝えたかったけど
親の言う通りにしないと認めてもらえない
その気持ちの方が強くて
急いで仕事先を決めてしまいました。
けれど、新しい職場も厳しい環境でした。
悪口が常に飛び交い
やがて自分も言われるようになり
否定的な言い方をされることも増えていきました。
仕事内容は嫌いではなかったので
最初は気にしないようにしていましたが、
震えが止まらなくなったり
吐き気や動悸が出たりと
身体に危険なサインが現れました。
そして、また同じように
仕事に行けなくなりました。
甘えと言われるんだろうなと考えて
わたしは一番の味方だと思っていた両親に
嘘をつく選択をしました。
いつも家を出る時間に家を出て
近くのカフェに行ったり、少し歩いたり。
両親が仕事で家にいない時は一度家に戻り
いる時は仕事の終業時間まで外で過ごしていました。
でもそれは無意識のうちに自分を傷つける行為でした。
何をしても楽しくない。
大好きな推しを見ても、何も感じない。
食べることが好きなのに
ご飯を美味しいと思えなくなっていました。
部屋のものを壊したり
机の上のものをすべて床に投げ捨てたり
ベッドの柵を殴り続けたり
頭を叩いたり、髪の毛を抜いたり。
衝動的な行動が増え
自分が自分じゃなくなっていきました。
限界を迎え、わたしは助けを求めて精神科へ駆け込みました。
涙を流し、言葉を詰まらせながらも必死に伝えると
先生は優しい顔で、ただ頷いてくれました。
そしてこう言ってくださいました。
「自分に落胆もするだろうし、どこで気持ちを発散したらいいのかもわからなくなるよね。でも、落ち込むことは決して悪いことじゃない。それは自分と向き合えている証拠なんだよ。自分のことは自分にしかわからないし、人生は誰かに左右されるものでもない。今の自分を、自分が認めてあげよう。」
この言葉に、心がすっと軽くなりました。
すべてがどうでもよくなっていたわたしが、
「もう少し生きてみよう」
そう思えた瞬間でした。
今では、少しずつ前に進んでいます。
あの時嘘をついた自分も、逃げた自分も、壊れてしまった自分も
全部生きるための選択だったんだなと今は思います。
正解ではなくとも必死だったことだけは確かでした。
わたしは完璧でも強くもありません。
それでも自分のしんどさに気づいて助けを求められた自分を、少しだけ誇りに思っています。
最後に。
苦しいことや辛いこと、悲しいことは
誰にでもあると思います。
私から伝えたいのは
無理に前を向かなくていいし
乗り越えようとしなくてもいい。
立ち止まっても、泣いても、何もできない日があってもいい。
生きているだけでもう十分頑張っているんです。
どうか自分を責めないでください。
うまくいかなかった日も立ち止まった時間も
全部あなたにとって必要だったもの。
今日も生きている自分をどうかそっと認めてあげてください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
また次回お会いしましょう。