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ASIAPRESS
問われる国の公文書管理 アスベスト労災記録の誤廃棄めぐる賠償確定 デジタル化で紛失も懸念
全国の労働局で計約6万件のアスベスト関連文書が誤廃棄されたことを発表する2015年12月の厚生労働省資料の一部
アスベスト(石綿)被害の労災認定にかかわる記録を国が誤って廃棄したことは違法と認め、1万1000円の賠償を命じた神戸地裁(野上あや裁判長)判決が7月26日確定した。原告側の大阪アスベスト弁護団によると、双方が控訴しなかった。弁護団によれば、公文書の誤廃棄について国の違法が確定したのは初めてという。(井部正之)
◆建材メーカー訴訟で立証に悪影響
この問題は、2015年7月末、国が「常用」または「30年保存」として廃棄しないよう指示していた「永年保存」の石綿関連文書計235件を誤廃棄していたと京都労働局が発表したのがはじまりだ。その後いくつもの労働局が同様の誤廃棄を公表。厚生労働省が改めて調査したところ、全国で計約6万件を労災記録や立ち入り検査の記録などを誤って廃棄していたことが2015年12月までに発覚した。 同省は「労災認定に支障が生じることはない」などと、大した問題ではないかのように説明してきた。 ところが水面下で悪影響が出ていたことを裏付けたのが今回の訴訟だ。 加古川労働基準監督署が2005年通達を無視して関連文書の保存年限を30年に延長するのをおこたったため、石綿ばく露を原因とする中皮腫で亡くなった兵庫県三木市の男性(当時54歳)の労災記録が廃棄された。その結果、建材メーカーとの訴訟で労災認定時の同僚証言などをはじめ、石綿ばく露実態や加害者の特定・立証をする有力な資料を失われたとして、遺族が国に対して約300万円の損害賠償を求めて提訴した。 7月11日の判決は労災記録について、「石綿関連疾患にり患した者及びその相続人が、訴訟手続等において石綿にばく露した事実の有無や事業場の状況等を立証する重要な手段となるものである」と国賠法上、保護対象の利益と認めた。 また加古川労基は「2005年通達等に沿わない取り扱いをすることは許容されず、調査復命書等の保存期間を30年に延長しなければならなかった」などと裁量権の逸脱ないし濫用があったとして国賠法上、違法と判断した。 判決後、厚生労働省は「国の主張が受け入れられなかった」などと不満を口にしていたが、控訴しなかった以上、石綿労災記録の誤廃棄が違法であることを国が認めたといわれても仕方あるまい。 判決確定を受け、弁護団は次のようなコメントを発表した。 「石綿労災記録の廃棄について、国の法的責任を認める司法判断が確定した事実はきわめて重い。国は判決を踏まえ、記録を廃棄してしまったすべての被害者、遺族に対して改めて謝罪し、可能な限りの記録の復元と一律の賠償をすべきである。また、判決が認定したアスベスト労災記録の重要性を踏まえ、再度の総点検と徹底した再発防止に取り組むべきである。 現在デジタル化にともない国は公文書の電子化を進めており、労災記録についても例外ではない。しかし判決が認定したアスベスト労災記録の重要性に鑑みれば、国が責任をもって記録のすべてを確実に保存するものとし、電子化後も原本を廃棄せず残すべきである。加えて、電子化の過程及びその後の保存において、原本及びデータの誤破棄が起こらないよう徹底した対策を求める」
◆電子化で記録が失われる懸念も
弁護団のコメントで指摘されたように、国は公文書の電子化を進めている。2019年3月の総理大臣決定の基本方針や2021年7月の有識者会議の答申で、国の行政文書は2026年度をめどに本格的な電子的管理に移行することになっているのだ。 ところが2023年10月に公表された各省庁における行政文書の電子化状況で、全48行政機関における平均電子化率は15.4%と低い。なかでも厚労省は1.8%と「きわめて低調」で、まったく対応できていない。 そのため同省は今年度、同省や全国の労働基準監督署において書面で保管されている石綿関連の労災手続きや立ち入り検査などの記録について電子化するためのマニュアルを作成する委託事業を実施する。5月30日に公告され、入札は6月25日。事業は7月16日から2025年3月末までの予定。 同省から入手したマニュアル作成事業の要綱によれば、「石綿関連文書もそのほとんどが紙で保存されている。文書の劣化や紛失の回避、保管・管理に要する経費の削減、将来開示請求等がなされた場合の文書の特定(検索)の容易さといった業務効率化という観点からも、これらの紙で保存されている石綿関連文書については中長期的な計画のもと電子化していく必要がある」とされる。 この事業では、同省が保有する石綿関連文書のうち「指定する文書」だけをスキャナーで読み取ってPDF文書にする。そのうえで光学的文字認識(OCR)処理により文字データ化して検索可能な電子ファイルデータとして整理。同省の文書決裁システム「EASY」に保存する。今回の委託事業は、全国の労働局や監督署で石綿関連文書を電子化するために「最適なスキャニング方法やその留意点などを示した作業手順書」を作成するというものだ。 仕様書によれば、請け負った事業者は単なるマニュアル作成だけでなく、秘密保持契約のうえで実際に同省が指示する労働局や監督署を訪問するなどして対象の行政文書ファイルを調査し、リストを作成。実際に事業者側に文書を引き渡して電子化などの作業をしてもらうことになっている。 そうした実務で問題になるのは、(1)電子化対象の資料を決める段階で本来電子化されなければならない石綿関連文書が抜け落ちること、(2)電子化の作業でたとえば複数ページがくっついてしまって1枚の扱いでスキャンされてしまうなどの作業時に一部の文書が電子化から漏れてしまうこと、(3)上記の(1)や(2)に気づかず、最終的に紙資料を廃棄すること──などが考えられる。OCR処理による文字認識が上手くいかず、それに気づかずに修正されないといった問題もあるが、データ自体が存在しているだけましのため、とりあえずは置いておく。 いずれにせよ結局のところ、これらの判断権限を持つのは各労働局長や監督署長である。いまだに石綿関連文書の誤廃棄が続いている現状から、同じことが繰り返されることが懸念される。
◆判決が求めた石綿記録の徹底管理
同省労働基準局総務課によれば、実際に今回デジタル化するのは労働局ないし監督署の計2カ所。契約手続き中として請け負い業者名などは明らかにされなかった。 今回の委託はマニュアル作成が目的のため、「監督署の文書がどの程度あるのか委託業者が調査したうえで、1回スキャニング作業かけてみて、こうやると大変とか課題を洗い出してマニュアルに落とし込んでいくことになる」(労働基準局総務課)との流れだ。 そのうえで「こういう文書はこういうやりかたで電子化できますと、見読性や抜け・漏れがないようにしっかりやりましょうとふまえたうえでマニュアルを提案してもらうことになる」(同)。 (1)は電子化作業の前に対象文書がどれだけあるか調査してから実施するので問題ないというのだが、結局は現状の管理が悪ければ、そこでやはり抜け落ちてしまう可能性が否定できない。 (2)の電子化作業で失われる問題については、「委託ですので、スキャンかけたものと現物について抜けがないか、請け負い業者が責任を持って目視で確認します」(同)という。同省の認識が甘いと感じる。どうしても人為的ミスは起きる。永年保管とするよう手順まで示して通達したにもかかわらず、誤廃棄が続いている同省のずさんな文書管理の実態が証明している。それをどのようになくすのか。 同省は「委託なので責任持ってやっていただく形になる」(同)との認識だ。 そのうえで、「業者選定の評価項目で類似事業の実績のほか、納品前の確認作業で提案されているか。抜け・漏れがないかや電子化文書の品質確認などちゃんと提案がされているか評価しています。作業前にスキャンした人以外で複数回チェックをすることが提案されると思っております」(同)と補足した。また「納品されれば検品も職員がしますし、場合によっては納品後も確認が必要になるかもしれない」ともいうのだが、結局は今年度の事業しだいという。 (3)は「電子化後に返却されることになっており廃棄はされない」との答えだ。 返却後いつ捨ててもよいことになっているのではないかと指摘し、具体的にどのくらいは捨てないよう求めるのか聞くと、「安易に電子化してすぐ捨てますという考えはない。おっしゃるような抜け・漏れがないよう電子化したうえで考えることになると思う」と今後の検討とした。 結局今回の委託がマニュアル作成のため、「しっかりマニュアルをつくって労働局で対応していただく」(同)のが基本という。 継続的に外部委託で実施するのかは「予算の兼ね合いもある」(同)とあいまいだ。監督署などで臨時職員を雇ってやらせることもあるのかと聞くと、「明確に決まっていませんが、職員がやっていただくときにも資するようなものにしたい」(同)と否定しなかった。 「マニュアルには見読性や抜け・漏れがないようにしっかりやりましょうとして、その確認も当然入ってくる。どういう形で入るかはまだわかりませんが」(同) とくに原本の廃棄については、「具体的にどうするかは今後検討します」としつつも、「すぐ捨てましょうという判断にはならないとはなっております。重要な文書とは重々認識していますので、そこはよくよく検討したいと思います」(同)と慎重に答えた。 ただし現状では具体性に欠けることに変わりはない。実際に出てきたマニュアルしだいであり、その内容がわからない以上はあいまいな返答に終始せざるを得ないというのが現状か。 弁護団がコメントしているように、今回の判決確定をふまえ、国は徹底した管理に向けて体制整備をしていく必要がある。弁護団や被害者団体など関係者が国と話し合うなどして安心できる仕組みを構築することが重要だ。