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【大川原化工機事件】女性検事は「起訴できない。不安になってきた。大丈夫か」 裁判所に提出された生々しすぎる「経産省メモ」の中身

噴霧乾燥機と大川原社長(撮影・粟野仁雄)

 大川原化工機(神奈川県横浜市)の社長らが外為法(外国為替及び外国貿易法)違反の容疑で逮捕され、後に起訴が取り消された冤罪事件で、国と都を相手取った賠償請求審が続いている。原告である大川原化工機側の代表取締役と常務取締役、相談役の遺族らが東京高裁に提出した控訴理由書に書かれた、経済産業省や警視庁公安部、起訴を決めた東京地検の検事らの生々しいやりとりを読み解く。【粟野仁雄/ジャーナリスト】 

 

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2020年3月、「生物兵器の製造に転用可能な機械を中国へ不正輸出した」という外為法違反の容疑で大川原化工機の大川原正明社長(74)ら3人が警視庁公安部に逮捕された。しかし、その後、起訴有罪率99パーセント」とされる日本の刑事裁判において東京地検は異例の「公訴(起訴)取り消し」をした。 

 

 

 大川社長らは違法な取り調べを受けたとして国(検察庁)と東京都(警視庁)を相手に約5億6500万円の賠償請求訴訟を起こした。昨年6月に開かれた一審の法廷では、公安部の刑事が「まあ、捏造です」と同僚のでっち上げであることを暴露。そして昨年12月、東京地裁は国と都に1億62000万円の支払いを命じたが、原告、被告ともに控訴した。

 

  原告側代理人である高田剛弁護士は、国と都が控訴してくることを予測していた。その理由について「(起訴を決めた東京地検の)塚部(貴子)検事は、最高検の決裁を取っていた。地方裁判所の判断を受け入れることはできないのではないか。他方、警視庁は、判決が偽計や欺罔(ぎもう)を用いた捜査だったと強く非難されたことを認めたくないのではないか」と見ていた。 

 

 一方、大川原化工機側が控訴した理由として大川原社長は「一審判決は勝訴ではありますが、解釈論では負けているんです」と筆者に打ち明けた。「判決は経済産業省の法令解釈を巡る事実関係を誤って判断しているんです」と言うのだ。

「負けていた」解釈論とは

「解釈論」とは一体どういうことか。 

 

 問題になった同社の噴霧乾燥機は原材料を混ぜ込んだ液体に高熱を噴射して薬品やコーヒーの粉末などを製造する機械で、微生物を生きたまま粉末化できるため生物兵器の製造への転用が懸念されてきた。国際的な取り決めや外国為替管理法では「完全に殺菌や滅菌ができれば作業員が安全に扱えるから、生物兵器の製造に転用できる」という論理で、輸出規制をかけていた。

 

  日本も加盟する生物兵器転用を防止するための国際的な取り決め(オーストラリア・グループ=AG)の定義はこうだ。

 

「滅菌される」とは物理的手法(例えば蒸気)もしくは化学物質の使用を通じてすべての生存する微生物を危機から除去することを意味する。

 

「殺菌される」とは殺菌効果のある化学物質を通じて機器内の潜在的な微生物の感染能力を破壊することを意味する》 

 

 化学薬品入りの液体を噴射し、噴霧乾燥機の内部にこびりついた微生物を洗浄するCIPという装置がある。大川原化工機が輸出した機器にこの装置はついていない。CIP装置がついているものを経産省の許可が必要な「規制該当品」、そうではない熱乾燥で殺菌を行う機器は「規制該当品ではない」と大川原化工機も国内の同業者も解釈していた。 

 

 ところが、警視庁公安部は、輸出入許可をつかさどる経産省の省令が曖昧だったことに付け込む。「噴霧乾燥機については、付属の乾燥用ヒーターによる乾熱で温め、結果として装置内部の何らかの細菌を死滅させることができれば該当する」という解釈に捻じ曲げたのだ。さらに、「乾熱によって細菌のうち1種類でも死滅させることができれば内部の殺菌をすることができる」と勝手に「1種類でも」と定義してしまう。  経産省は何度も立件は無理筋だと回答するが、警視庁公安部は経産省を説得するため複数の専門家からのコメントの入手に取り掛かる。そして彼らがあたかも「1種類の細菌でも死滅させることができれば、殺菌できるものに該当する」と言ったように報告書を捏造した。

 

 

曝露された経産省メモ

 今年2月、大川原化工機側は控訴理由書を東京高裁に提出した。そこには、経産省と警視庁公安部、さらに公安部と東京地検の間での生々しいやり取りが再現されている。やりとりの多くは、昨年からNHKが何度も報じてきた「経産省メモ」と呼ばれる資料に書かれている。

 

  その経産省と警視庁公安部のやり取りの一部を見てみよう。

 

  公安部幹部は何とか大川原化工機の噴霧乾燥機を「該当」、つまり「規制違反に該当する製品」とするため、経産省との交渉を始めた。 

 

 同省貿易管理課は2017年12月1日の打ち合わせで「元がレジームであり、日本だけ突出するわけにはいかない。他国との並びを見る必要がある」と回答する。レジームとはAGの取り決めのことだ。実際、加盟国でも英米はCIP付き、デンマークは蒸気滅菌機能付きを「該当」としている。

 

  同月5日には「(註・警視庁公安部が)ペスト菌の類似菌を殺菌できることを証明してきても、大川原社が日本薬局方の菌滅法に沿った実験結果をもって反証した場合、METI(同・経産省)として勝てないことから、該当と判断することができない」とした。  8日にも「もし、裁判で該否が論点になり、大川原社が日本薬局方の乾熱滅菌法による実験をして、芽胞菌は滅菌も殺菌もできないという結果をもって反論してきたら、ペスト菌では勝てないと考えている」としている。芽胞菌とは加熱では容易に死なない菌のことだ。  さらに、18年1月26日には「外為法で規制する噴霧乾燥機はCIP機能付き、蒸気滅菌機能を付すなど別の滅菌装置を付けた器械を対象とするとの意見が審査課において強い」としている。滅菌・殺菌の定義については「殺菌の定義がない以上は殺菌をもって該当とすると判断することはできない」としか言いようがないとしていた。  それがある日、豹変する。  同年2月8日、当時の経産省貿易管理課の笠間太介課長補佐の発言。 「デンマークでは大川原社と似たような器械を非該当としているとの回答を受けている」 「ただ、今回の器械が法令に照らして、該当の可能性があるのか、ないのかと言えばあると言えるだろう。当省の通常業務からすると、当事者から認識を確認した上、周辺業務を調査し、他国の運用状況を確認した上で結論を出したいところ。ただ、ガサ(註・家宅捜索)をやること自体、悪いことではないと考えている。ガサでいろんな情報を入手してきてもらいたい。特に相手企業がチャレンジしてくるのかどうか、してくるとしたらどのように繰るのか、事前に知っておきたい。私も警察にいたからわかるが、警察はガサに入った以上、何か結末をつけないと厳しいのでは。警察がガサに入ったから黒にしてくれ。できる規定だから該当でしょとなるのは勘弁してもらいたい」  経産省の職員は家宅捜索を軽く考えていたと思っていたが、違った。彼らは「ガサ入れしたからには絶対に立件する」という捜査機関の「宿痾(しゅくあ)」を熟知していた。  経産省が豹変した背景には、警視庁公安部長の意向があることが明らかになっている。  同省貿易管理課は18年2月8日の打ち合わせで、「公安部長が盛り上がっているというのは耳に入ってきている。どういう文言でやればいいのか、管理部長に報告を上げておく。(中略)すでに課長レベルでは決められないので、部長と相談する」としている。  もはや実験や科学的事実ではなく、法令解釈の文言上のごまかしで立件しようという方向にもっていったのだ。

 

 

識者は反論

 一方、警視庁公安部は、経産省を説得するために有識者の「お墨付き」を入手しようとする。大役を担ったのが安積伸介警部補(現・警部)である。捜査の目的は知らせず、当時、防衛医科大学学校長の四ノ宮成祥(註:正しくは示編に羊)教授に参考意見を求め、報告書を作成した。しかし、四ノ宮氏は筆者の取材に対し「言っていないことが書かれている」と話した。  警視庁公安部の「捏造」はこれにとどまらない。  東京慈恵会医科大学の浦島充佳教授(公衆衛生)の聴取報告書は「結論としまして、貨物等の解釈は、定置した状態で(註・分解せずに)、装置内のあらゆる微生物を滅殺もしくは、除去すること、または(中略)特定の微生物をすべて死滅させて感染能力を失わせることができるもの」とある。  しかし、浦島氏はこれを読んで「この発言はした記憶がありません。私はそもそも、本件法令に関する知識は有しておりませんでしたので、私から本件法令の解釈を述べることはあり得ません」としている。

 

 

  警視庁公安部は千葉大学大学院の清水健准教授(細菌学)からも聴取し、「結論としまして、生物兵器となりえる大腸菌やペスト菌を生きたまま粉体化することが可能な噴霧乾燥機であれば、装置内部を100度の高温状態にすることをもって、定置した状態でそれらの細菌を、死滅させることができるため、輸出規制貨物に該当すると判断します」と報告書を結んでいる。

 

 ところが、これを読んだ清水氏は「私は本件法令やその解釈について専門的知見を有しませんから、輸出規制貨物に該当するか否かの判断を示すことなどそもそもできませんし、噴霧乾燥機の内部を100度の高温状態にすることができるかどうかもわかりませんから、私がこのようなことを説明するはずがありません」と驚きを隠さなかった。 

 

 警視庁公安部は噴霧乾燥機に滅菌・殺菌までには温度が上がらない部位があることを否定できなくなると、今度はその部分を「噴霧乾燥機内部ではない」とすり替えてゆく。余罪として捜査していた別の噴霧乾燥機では、製品回収容器はそもそも本体と分けられる構造ではなく一体であったため、当初は殺菌を要する内部と捉えていた。ところが、温度が上がらないことが明らかになると、牽強付会にも「内部ではない」とした。  当初、経産省貿易管理課は、警視庁公安部の法令解釈に否定的な見解を繰り返した。ところが公安部は、有識者が自分たちの法令解釈に沿う見解を示したように装った報告書を経産省に提出した。さらに控訴理由書は、公安部長が経産省の上層部に働きかけ、見解を捻じ曲げさせたとする。

 
 

苛立つ検事

 控訴理由書には起訴を決めた塚部検事が登場する。前任の横幕孝介検事は立件には慎重だった。  19年7月5日、赴任直後の塚部検事は警視庁公安部に「日本の他の噴霧乾燥機メーカーは(註・経産省の)許可を取っているのか?」と質問した。公安部が「ナンバー2の会社は取っている。それ以外は業界がいい加減で許可を取っていない」と答える。「ナンバー2」とは藤崎電機(現・GF=徳島県阿南市)のことだ。  さらに「経産省の職員と被疑会社のやり取りで、経産省は機械が該当となると把握していた訳なのに、申請が上がってこないことをおかしいと思わなかったのか、そこも気になる」と問うと、警視庁公安部は「そこは経産省の体質と言わざるを得ない」としている。  同検事はさらに「業界の常識でそう思っていると言っているが、他にも(註・該当製品に)当たらないと言っている人たちがいるとまずい。解釈自体が、規定がおかしいという前提であれば起訴できない。業界の一般的なとらえ方も被疑会社よりであれば起訴できない。彼らの言い分も一理あるということだと起訴できない」「経産省が解釈を出すのが遅すぎて犯行当時、判断基準がなかったというのが通るのであれば起訴できない。そういう整理でやってきたと思っていた。そうでないと不安になってきた。大丈夫か。私が知らないことがあるとすれば問題だ」としている。 「そういう整理」とは「経産省が明確な法令解釈で」という意味である。彼女は何度も「起訴できない」の言葉を繰り返し、起訴に不安を感じていることを警視庁公安部に伝えている。  さらに、塚部検事は、19年3月24日に相談に訪れた警視庁公安部の警部補から「他のメーカーは非該当で判断していますけど、それでいいんですか」「法令が曖昧で、他のメーカーは非該当と判断しています」と報告された。すると同検事は「そんな話、聞いてないよ」「公判が持たない」「他のそんな話、今までしてませんでしたよね」と怒り出した。公安部に対して「話が違うではないか」と苛立ってきたのだ。それなら、不安を解消する目的であっても、再実験などの追加捜査をすべきだったのではないか。  21年7月21日、東京地検は公判部の小長光健史副部長が駒形和希検事との打ち合わせで「初期の捜査メモを読むと、うがった見方をすると『意図的に、立件方向に捻じ曲げた』という解釈を裁判官にされるリスクがある」と述べている。さらに「捜査メモの開示請求に対し、限定開示(一部黒塗り)したところで、その可否について判断するため、裁判官は必ず読む。そうなれば裁判官の心証が悪くなる」と発言した。  その直後に起訴の取り消しが決定したのだ。「まさかの起訴取り消しの理由が、捜査メモの開示命令にあった」という高田弁護士の当時の見方が裏付けられている。

 

 

「通常の判断能力がない」検察官

 大川原化工機側が控訴した理由は「損害賠償金が安すぎる」こともあるが、法令の解釈に問題があったことを一審の東京地裁が認定していなかったことも大きい。警視庁公安部は噴霧乾燥機の輸出規制の解釈をねじ曲げた。控訴理由書は塚部検事について「公安部と経産省の打ち合わせ経過を容易に知り得た、あるいは起訴前に経産省が明確な解釈を有していなかったことを知っていたにもかかわらず、追加捜査をせず、漫然と起訴した」と批判した。  塚部検事はこんな経緯で起訴したにもかかわらず、昨年、証人席で被害者への謝罪を大川原化工機側の弁護士に問われると間違った判断ではなかったとして「謝罪はしません」と言い切ったのである。  生々しいメモが法廷に出され、「解釈論」でも大川原側が勝訴するか。6月から東京高裁で始まる控訴審が注目される。

 

 

 粟野仁雄(あわの・まさお)ジャーナリスト。

1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。

2001年まで共同通信記者。

著書に「『サハリンに残されて」』(三一書房)、「『警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」』(ワック)、「『検察に、殺される」』(ベスト新書)、「『ルポ 原発難民」』(潮出版社)、「『アスベスト禍」』(集英社新書)など。

 

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