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2024-04-04

教員の時間外勤務手当、否定的な意見相次ぐ 中教審特別部会

 

佐野 領

教育新聞 編集委員

 

 給特法改正の具体的な制度設計に向け、中教審の「質の高い教師の確保」特別部会は4月4日の会合で、教員の時間外勤務手当や教職調整額について、集中的な議論を行った。給特法の枠組みを変更して教員の時間外勤務に手当を支給する考え方については、委員から「教員一人一人の時間外勤務が必要かどうか、管理職が毎日毎日、個別具体に見極めることは事実上難しい」「教員の高度専門職としての自律性を損なう」といった理由で、否定的な見解が相次いで表明された。一方、教職調整額を「少なくとも10%以上」に引き上げた場合、1970年代に人材確保法などで教員の給与水準を引き上げた当時と同水準の優遇措置を回復できるとの見方が示された。中教審は、給特法改正を含めた教員の処遇改善について近く方向性をまとめる

 

教員の業務「管理職は適切に判断しきれない」

 

 給特法は1972年に施行され、公立学校教員に給与の4%を教職調整額として支給する一方、時間外勤務手当を支払わないことを定めている。この給特法の改正作業について、政府は2023年6月、教職の魅力向上や優れた教員人材の確保を目的として、25年度予算編成に合わせて進めることを閣議決定した。具体的な制度設計を委ねられた中教審は教員の処遇改善について議論を重ねてきており、この日は給特法改正の中核とも言える時間外勤務手当に関する考え方や教職調整額の在り方を論点として取り上げた。

 時間外勤務手当については、公立学校教員の業務にはなじまないとの意見が圧倒的に多かった。

 

 全国連合小学校長会(全連小)会長の植村洋司委員(東京都中央区立久松小学校長)は「学校では毎日さまざまなことが起こり、学級担任はさまざまな対応をしている。放課後の職員室では、保護者に個別に丁寧に電話をする姿もあるし、臨時に学年会を開いたり、生活指導主任を囲んで話し合ったりするのも日常茶飯事だ。時間で区切れない業務が学校には山積している」と説明。「このような職務の特殊性の実態を踏まえ、学校管理職が教師一人一人の勤務時間の内外を精緻に切り分け、時間外勤務が必要かどうかを適切に判断することは実務上極めて難しい」と、学校管理職の実感を込めた。

 

 戸ヶ﨑勤委員(埼玉県戸田市教育長)は教育長の立場から「学校管理職が教師の個別具体の職務について見届けていくことは、そもそも不可能に近い。時間外勤務の命令を個々に発することは当然なじまない」と指摘。その上で「より良い授業に向けた教材研究とか、授業準備には際限がなく、教師の主体性に期待する面が大きい。そのような際限のなさを管理職が超過勤務として見とって時間に換算するような処遇改善は、教師一人一人の職務の裁量を縮めてしまう恐れもあるのではないか」と述べ、専門職としての教員の裁量を確保するためにも勤務時間の内外の切り分けには慎重な立場をとった。

 橋本雅博委員(住友生命保険会長)は民間企業の勤務管理の実態に触れ、「管理職が厳密な時間管理を行って残業する場面を設定することは、実際のオペレーションではなかなか難しい。実態としては、個々の人が自分の残業を判断して、それを管理職が追認しているケースが多い。管理職が校長と教頭の2人しかない学校で、教師一人一人の業務状況を把握した上で時間外勤務を命じることは、現実にはさらに難しいと感じている」と述べた。

 

 秋田喜代美委員(学習院大学教授)は「管理職が時間外勤務手当という形で勤務時間の内外を管理することは、教員の高度専門職としての自律性を損なう。それとともに、管理職の業務負担をさらに増やす。だから、時間外勤務手当は適切ではない。その代わりに、教職調整額の在り方を考えるべきだ」と指摘した。

 

時間外勤務「教員の自主的・自発的な行為のままでいいのか」

 時間外勤務手当の支給に否定的な意見が相次ぐ中、妹尾昌俊委員(ライフ&ワーク代表理事)は、給特法の枠組みを維持して時間外勤務手当を支払わない状態を続けた場合について、「問題の一つは、時間外勤務の多くが教員の自主的・自発的な行為とされ、労働基準法上の労働に当たらないということだ。これを解決できない」と、鋭く指摘した。給特法の枠組みの中で、時間外勤務を教員の自主的・自発的行為とする解釈は、超勤手当の支払いを求めて訴訟を起こした教員側が敗訴する理由にもなってきた。

 

 妹尾氏は「例えば、土曜日や日曜日の部活動指導について、手当や旅費として公費が出ているにもかかわらず、時間外勤務命令を出したものではないという位置付けで、労働基準法上の労働ではないという、非常にちぐはぐな法制度になっている。こういうことも含め、本当にこれでいいのか、しっかり考えないといけないはずだ。教員を高度専門職だといくら言っても、時間外勤務を労働として認めないような制度のままでいいのか。これは対策を考えていく必要があるだろう」と続けた。

 ただ、公立学校教員に労働基準法を適用して時間外勤務手当を支払う案については「メリットとデメリットの両方がある」と慎重な見解を表明。「労働基準監督機関の在り方、勤務間インターバルなどの健康確保なども含め、いろいろな政策と組み合わせながら、より望ましく、副作用がより小さくなることを考えていく必要がある」と発言を結んだ。

 

教職調整額「10%以上への増額で教員給与の優遇措置を回復」

 教員に時間外勤務手当を支払わないとする給特法の枠組みを維持すべきとの意見が大勢を占める一方、現行の給特法で給与の4%と定められている教職調整額については、増額を求める意見が相次いだ。

 

 文部科学省によると、教員に優れた人材を確保する目的で公立学校教員の給与水準を優遇することを定めた人材確保法や義務教育等教員特別手当の創設などにより、1980年時点で教員の給与水準は一般公務員よりも7.42%高かったが、その後、一般公務員の処遇改善や行財政改革によって現在、教員の優遇措置は0.35%まで圧縮されている。

 これを踏まえ、この日の特別部会では教職調整額の増額について、「少なくとも1980年当時の一般公務員との差である7.42%を担保することが必要」(植村氏)といった意見が出された。

 

 青木栄一委員(東北大学大学院教授)は「給特法の教職調整額を政策目的に対応する政策手段として改めて注目すべきと考える。具体的には、教職調整額を少なくとも10%以上にすることによって、(1970年代の)当時実現した一般行政職に対する7%の教員給与の優遇措置を改めて回復することは可能となる。私自身も文科省の資料を踏まえて試算している」と述べた。教職調整額を巡っては、自民党の特命委員会が23年5月、当時の政調会長だった萩生田光一元文科相が旗振り役になって政策提言「令和の教育人材確保実現プラン」をまとめ、教職調整額を「少なくとも10%以上に増額」することを掲げている。青木氏の説明によると、自民党の提言に盛り込まれた通り教職調整額が10%以上増額されれば、公立学校教員の給与水準は1980年当時と同じ程度優遇されることになる。

 

 労働法や公務員法が専門の川田琢之委員(筑波大学教授)は、教職調整額のような特例措置が法制度として適切かどうかについて、「教員が高度専門職として専門性を発揮するような形で、自由度を持った働き方をする制度という観点から、こうした特例は十分説得的だと言える」と述べ、労働法制として適切との見解を示した。

 

 一方、公務員制度に詳しい西村美香委員(成蹊大学教授)は「給与の改善は、本来的業務についてはその量や質に配慮して給料表で支払う、一時的あるいは追加で行う職務については手当等で処分するという、職務を基準としたシンプルな仕組みが大原則であるべきだ。時間を基準に支払う時間外勤務手当は、長時間労働を助長する危険もあり、単位時間当たりの業務の質の違いを無視した不公平も生じかねない」と述べ、教員の給与改善も職務を基準としたシンプルな仕組みで進められるべきだと説明した。

 その上で、教職調整額や義務教育等教員特別手当については「教師を他の職種に比べて高い給与水準にするために作られたものだと思うが、長期的には給料表の金額に組み入れ、なおかつ職責の重さや人材確保の観点から、給与水準全体を大幅に引き上げていくべきだ。ただ、それには時間がかかるので、短期的には教職調整額などを大きく引き上げる措置が必要かと思う」と述べ、短期的な施策としては教職調整額の引き上げは有効との見方を明らかにした。

 

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 中教審では、23年6月に特別部会を設置し、「学校の働き方改革」「教員の処遇改善」「学校の指導・運営体制の充実」の3つの観点から、今後の教員政策の全体像を議論してきた。このうち給特法改正を含む公立学校教員の処遇改善について、盛山正仁文科相は、25年度予算編成のスケジュールを踏まえ、「本年の春頃に一定の方向性を取りまとめることを目処としている」(24年2月16日の閣議後会見)と説明してきた。

 

中教審は近く方向性を示す文書を取りまとめるとみられる。

そこから政府と与党による検討を経て、24年6月ごろに新たな「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)を閣議決定し、文科省は24年8月末の概算要求に向けて制度設計を具体化させていくことになる。