ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
政府検討「自衛隊の地下施設へ住民避難」が愚策といえるワケ、実はシェルターとして使用するには課題だらけ
自衛隊の地下施設を住民の避難場所として使用する案が浮上しています(写真:よねやん/PIXTA)
北朝鮮による弾道ミサイル発射回数が過去最多になった2022年。自衛隊施設を地域住民向けの地下シェルターとして活用することを検討しているのかと問われた松野官房長官は、11月24日の会見で次のように述べた。 「弾道ミサイルなどによる武力攻撃災害から住民の生命および身体を保護するために必要な機能を備えた避難施設の整備普及は武力攻撃から被害を防止するのみならず、武力攻撃の抑止という観点からも重要であると考えています。
ご指摘の報道にあるような具体的方針を決めたとの事実はありませんが、防衛省においては、武力攻撃等に対して自衛隊施設の抗堪性を向上させるための施設の重要度に応じた地下化等の取り組みとともに国民保護のために何ができるのか、新たな国家安全保障戦略等を策定する中で検討していると承知をしています」 松野官房長官の発言にある「ご指摘の報道」とは、11月23日付産経新聞「<独自>自衛隊施設に住民向けシェルター 防衛省検討」を指す。同紙は複数の政府関係者の話として、「(自衛隊の)重要施設を新設もしくは建て替える場合は、核攻撃の爆風や放射能汚染に耐えられる強固な地下施設を備えた設計とすることを検討。地域住民が退避できるシェルターとしても使える仕様となるよう調整している」と報じた。
■明確には否定しなかった官房長官
松野官房長官の発言は、産経新聞が報じた自衛隊地下施設への住民避難について、明確には否定しておらず、一定の含みを持たせたものととらえてよいだろう。
ただ、筆者はこの施策を愚策の典型であると考えている。ここでいう愚策の意味は、単に愚かな施策というのでなく、仮に実行すれば、防衛力を強化するどころか、戦前の轍を踏むおそれがあるきわめて愚かな施策ということである。
そう言い切る理由は3つある。
第1は、自衛隊地下施設は避難住民を収容するような施設ではないということだ。自衛隊地下施設と聞くと、山をくり抜いた地下深くに設けられたシェルター、例えば防災地下神殿とも称される首都圏外郭放水路のような巨大空間をイメージする人もいるのではないだろうか。 だが、それは間違いだ。防衛省・自衛隊は現有の地下施設の一覧や詳細を公表していないが、公開情報を調べるかぎり、市ヶ谷の防衛省、陸上自衛隊朝霞駐屯地の陸上総隊司令部、海上自衛隊横須賀基地の海上作戦センター、厚木基地の航空集団司令部と隷下航空群のASWOC(対潜戦作戦センター)、航空自衛隊横田基地の航空総隊司令部、各航空方面隊のDC(防空指揮所)などが抗堪性を備えた地下施設を有するようだ。
これら地下施設には、中央指揮システムや陸海空自衛隊の指揮システムと味方と敵の状況を表示する巨大スクリーンを備えた作戦室、敵の動向を分析する情報室、各種システムや通信設備を管制する通信室、そのほか各種会議室や非常発電機などが備えられており、特に防衛省の地下施設は拳銃を携行した警務官が厳重に警備しているといわれる。 つまり、地下施設は隊員が有事の際に避難する施設ではなく、平時・有事を問わず部隊の指揮に必要なC4ISR(指揮、統制、通信、コンピューター、情報、監視及び偵察)の中枢施設なのだ。
ゆえに24時間態勢で運用されているものの、生活に必要な設備はトイレと洗面所くらいしかなく、食事をするときは地上に出て食堂に向かわなければならない。付け加えれば、地下施設は各種システムやコンピューターの熱暴走を防ぐため、1年中冷房が効いているので、防寒着なしでは風邪を引いてしまうそうだ。 ■C4ISRの中枢である地下施設は「立入禁止場所」 また、C4ISRの中枢である地下施設は秘密保全訓令で「立入禁止場所」に指定されており、同じ司令部に勤務していても情報や作戦、通信などの関係者以外は立ち入ることができない。むろん、一般の自衛官は必要がある都度申請書を提出して、許可されなければ立ち入ることはできない。
実は、過去に自衛隊地下施設の情報公開を求めた裁判が行われたことがある。1989年に提訴された那覇市情報公開取消訴訟は、海上自衛隊が那覇基地にASWOCを建造したとき、建築基準法に基づき那覇市に提出された設計資料の情報公開を求めたもの。そもそも重要な防衛施設を一般の建築物と同様に取り扱う法的瑕疵の問題があると思うが、裁判では国側が敗訴した。結局、設計資料は市により公開されてしまうのだが。
これほどまでに秘密保全と防護を重視している自衛隊が、任務遂行に大きな支障をきたす、不特定多数の避難住民を地下施設に収容することはないといえる。そして、目的と機能、予算の関係から、これから建造される地下施設がC4ISRの中枢であることは変わりないだろう。
第2の理由は、国民保護における住民避難の法制度と難しさだ。2004年に制定された国民保護法では、弾道ミサイル攻撃など武力攻撃事態に際して、国が警報を発令し、都道府県に住民の避難が必要な地域などの情報を指示し、避難場所の開設や住民の誘導は市町村が行うこととされている。
では、自衛隊は何をするのかというと、主たる任務である武力攻撃の排除に全力を尽くし、任務に支障のない範囲で住民の避難や救援を行う。 内閣官房は「国民保護ポータルサイト」で武力攻撃事態が起きた際の緊急一時避難施設約5万2000件を公表している。だが、その多くは小中学校や公民館、地下道であり、とてもではないが弾道ミサイルの直撃から生き残れるようなシェルターでない。そして、実は避難施設の中には自衛隊の駐屯地や基地は含まれていないが、これは上述した自衛隊の任務を阻害しないためだ。
そうはいっても、公民館や小学校の体育館よりも自衛隊の施設のほうが安全で、生活支援も充実しているだろうと、自衛隊の施設に避難したい人も少なくないのではないか。
■武力攻撃事態での支援は期待できない
東日本大震災のとき、自衛隊は仙台駐屯地に置かれた統合任務部隊司令部に民生支援セルを設け、避難所や民家を御用聞きのように訪ね歩き、多様なニーズに応えた記憶がある。その際、生理用品やミルク、おむつなど女性視点が必要なため、多くの女性自衛官が動員された。
だが、このような手厚い支援は、住民の救援が主な任務である災害派遣では可能だが、武力攻撃事態では多くの部隊が作戦地域に展開するので、このような支援は期待できない。
むしろ、期待することで自衛隊の任務と行動を阻害し、外敵の排除という最大の目的を達成することができず、むしろ住民への被害が拡大しかねないと言える。
第3の理由は、ゲリラ・コマンド攻撃が懸念されることだ。避難住民に紛れた破壊工作員が自衛隊の施設に入り込もうとしても、自衛隊にそれを発見する能力はない。警察官であれば、警察庁が運用する警察情報システムに連接して、指紋や運転免許証情報、要注意人物の入国情報、各種届出情報にアクセスし、不審者を発見することもできるが、自衛隊にはそのような手段も権限もない。
国家安全保障戦略が指摘するように、現在は有事と平時、軍事と非軍事の境目が曖昧になっており、戦後、目を背けてきた内なる敵への対処も現実となってくる。 ゲリラ・コマンド攻撃はその際たる例だ。避難住民に偽情報を流して不安感を醸成させたり、自衛隊の支援に対する不満をSNSに投稿して、国民の自衛隊への信頼感を失墜させたりする認知領域での情報戦が行われる可能性もある。
■背景にあるのは「安保3文書」の閣議決定
ここまで自衛隊地下施設への住民避難が愚策である理由を列挙してきた。そもそも冒頭の松野官房長官の発言と産経新聞の報道の背景には、12月16日に閣議決定された「安保3文書」がある。本当に自衛隊地下施設への住民避難が検討されているのであれば、安保3文書にそれを裏付ける記述があるはずだ。改めて安保3文書の位置付けを確認してみよう。
安保3文書とは、外交・防衛の基本方針を定めた「国家安全保障戦略」、おおむね10年間に防衛目標を実現するための方法と手段を定めた「国家防衛戦略」、防衛費の総額や装備品の整備規模を定めた「防衛力整備計画」を指す。国家安全保障戦略は2013年の制定後初めて改定されたもので、国家防衛戦略と防衛力整備計画はこれまで防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画と呼ばれてきた。
よって、自衛隊地下施設への住民避難が本当に検討されているのであれば、安保3文書にその旨が記されているはずだ。それでは各文書の関連する内容を見てみよう。 まず、国家安全保障戦略は、総合的な国力を用いる戦略的なアプローチとして、外交努力、防衛体制の強化、政府横断的な政策、経済安全保障など7項目を挙げている。その中で自衛隊地下施設は「防衛体制の強化」、住民避難は「政府横断的な政策」と、それぞれ別の施策として記載している。
次に、国家防衛戦略は、防衛力の抜本的な強化に当たって重視する7つの能力の1つとして、「持続性・強靭性」と「機動展開能力・国民保護」を挙げている。自衛隊地下施設は前者で「主要司令部の地下化・構造強化」、住民避難は後者で「機動展開能力を住民避難に活用し、国民保護の任務を実施」と表現している。
最後に、防衛力整備計画は、自衛隊地下施設について「主要な司令部等を防護し、粘り強く戦う態勢を確保するため、主要司令部等の地下化・構造強化・電磁パルス(EMP)攻撃対策」するとしている。
そして住民避難については「(特に南西地域において)自衛隊の機動展開のための民間船舶・航空機の利用の拡大について関係機関等との連携を深めるとともに、当該船舶・航空機に加え自衛隊の各種輸送アセットも利用した国民保護措置を計画的に行えるよう調整・協力」するとしている。
■安保3文書に地下施設への住民避難は記載されていない
安保3文書の関連内容を要約すると、司令部など重要施設を地下に設置して強靱化し、自衛隊の継戦能力を向上する施策と、南西諸島への機動展開に民間船舶や航空機を活用するとともに、それらを用いた島民の避難にも協力する施策が、それぞれ別に記載されている。つまり、自衛隊地下施設への住民避難については記載されていないのだ。
筆者は、防衛省がこの施策を実際には検討していなかったのではないかと推察する。一方で、複数の政府関係者の話として報道された事実もある。 そこから考えられるのは、政治家や官僚が地元対策として、新しく建造する自衛隊の地下施設は地域住民の避難にも活用できますと耳障りのいい方便を使っていたのではないかということだ。
■石垣島駐屯地の地下施設は「住民避難が目的ではない」 安保3文書決定後の12月18日。琉球新報は、今年3月完成予定の陸自石垣島駐屯地に地下施設が建造されることを報じ、防衛省担当者の「地域住民の避難を目的として造った施設ではない」とのコメントを伝えた。この報道には、自衛隊地下施設への住民避難の問題点が集約しているといえるだろう。
軍民混然となった沖縄戦では多くの県民が犠牲になり、一部の部隊や軍人による県民への不信や非人道的な対応が、戦後長らく沖縄県と自衛隊の関係に影を落としたことは周知の事実である。そもそも一般的に軍隊は民事作戦が不得手だ。にもかかわらず、自衛隊は災害派遣などで実績を積み、国民との間に信頼関係を構築してきた。
仮に、有事での自衛隊地下施設への住民避難が本当に検討されているのであれば、それは自衛隊にないものねだりを強いることであり、国民に不毛な期待を抱かせることである。助けてもらえると思い、駐屯地に押しかけた住民の群れを自衛官が追い返し、国民と自衛隊の間に築かれた信頼関係を崩すような事態を招くことは絶対に避けなければならない。この問題については、政府・防衛省がきちんとした見解を示すことを期待する。
高橋 和弥 :国際情報アナリスト