ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

AERA

波紋を呼んだ「外国籍の住民投票」の狙い 武蔵野市長に聞いた!〈週刊朝日〉

 

条例案に関する報道陣からの質問とインタビューに応じる松下市長(21年12月)

 

 18歳以上で、住民基本台帳に3カ月以上登録されていれば、国籍を問わず投票できる。こんな住民投票条例案が2021年12月、東京都武蔵野市議会で否決された。全国的に注目された条例案は何を目指したのか。松下玲子市長(52)に聞いた。

 

  【写真】国籍を問わず投票できる住民投票条例案を提出した女性市長はこちら

 

 

*  *  * 

 

 武蔵野市では、20年4月に武蔵野市自治基本条例を施行しています。市民を自治の主体、主権者と位置づけ、市民のためのまちづくりのルールを定めたのが自治基本条例です。

 

  その19条に、新しい市民参加の手段として住民投票を行うと明記しています。

この投票は住民提案のみで、市長や議会は提案ができない。

あくまで民主主義の担い手たる市民が、例えばごみ処理施設の場所をどうするかなどで意見が分かれたとき、住民の意思を示そうよということで行います。

 

 地方自治法にも住民投票は明記されていて、投票資格者の50分の1の署名を集めればできる。

ただし、それには議会の議決が必要です。

一方、21年に廃案となった条例案では議決が必要ありませんでした。

そのかわり、投票資格者の4分の1の署名を2カ月という短期間に集めなければいけない。

先の19条で「必要な事項は、別に条例で定める」と書いてあるので住民投票条例案を議会に提出しましたが、否決されたため、この19条は未施行のままです。

 

 ◆ 

 

 条例案は、市議会本会議で反対多数(反対14、賛成11)で否決された。自民と公明などが反対し、立憲と共産は賛成した。松下市長は22年11月29日の記者会見で、新しい条例案への具体的な道筋は定まっていないと前置きしたうえで「いちから議論して、ゼロから作り上げる」との認識を示し、提案の時期や中身が注目されている。

 

 ◆  私たちは、日本人と同等の権利を外国籍の住民に付与する考えでやっているわけではありません。住民投票ですので、「住民」の定義は何かということから始まっています。住民の定義は何だと思われます?

 

──居住ですか。

 

  居住ですよね。武蔵野市自治基本条例の場合、市民の定義は住んでいる人、勤めている人、学んでいる人、つまり「在住、在勤、在学」と定めています。でも「住民」と言ったときは「住んでいる人」です。以前は住民登録と外国人登録は別でしたが、外国人登録法が廃止されて住民登録と一緒になり、現在は日本人も外国人も同じ住民票です。

 

「住んでいる人」に国籍の要件は一切ないんです。 

 

 その「住んでいる人」の中から住民投票を行う場合に国籍をどう考えるか。5年ほど前に西尾勝先生(東京大学名誉教授、行政学者)を座長とした自治基本条例に関する懇談会で議論された中で、「住民」は国籍を問われず、投票資格者を国籍で区別する合理性はないということでまとまり、その後、3カ月以上住んだ住民であれば国籍を問わず対象として、議会に提案したのが条例案でした。

 

 ──

 

どんな問題意識から外国人に投票権を?

 

  逆にどうしたら住んでいるのに意見を言わせない、という論理になりますか。市長や議員を選ぶ選挙権と住民投票権は異なると私たちは考えています。住民投票の結果に法的拘束力はありません。そこを混同して、「外国人に参政権を与えようとしている」と抗議してくる人がいたのはとても残念です。

 

  議会に対する陳情もありますが、陳情書に国籍を書く欄はないので、どの国籍の人でも出せます。陳情と住民投票権は近いものと考えています。

 

 ◆ 

 

 条例案をめぐっては、市議会で「外国人への投票権付与には一定の基準、区別が必要」「議論が拙速」といった声が上がったほかに、街頭やネット上で反対運動が過熱。市役所周辺で街宣車による抗議も連日のようにあった。

 

 ◆ 

 

──

 

反対意見には「外国政府の影響力が強まる」との懸念もありました。

 

 人口約15万人の武蔵野市の外国人比率は2%、3千人です。21年の条例案では、住民投票を行うには投票資格者の4分の1の事前署名が必要で、2%では全然足りない。約11平方キロメートルしか面積がない小さな自治体で、大量の外国人が市外から住民票を移すことも考えにくく、外国政府の影響力が強まることはありえません。

 

 

■市民参加の手段としての選択肢 

 

◆  外国人が参加できる住民投票制度を持つ自治体は全国で40以上。ただし大半は「永住者」や「在住3年以上」などの条件がある。在住3カ月以上で日本人とほぼ同じように投票できる自治体には神奈川県逗子市と大阪府豊中市の例がある。

 

 ◆  逗子や豊中では議決の際に騒ぎになったり、何か問題が起きたりはなかったと聞いています。市が無作為で市民に行ったアンケートでは、7割が国籍を問わないことに賛成していました。抗議の声は主に市外の人から来ました。自分たちのまちのことは自分たちで決めることが自治なのに、よそのまちの人たちから抗議を受けたのは残念ですね。

 

 ──

 

条例案が成立すれば、市民の暮らしはどう変わるのでしょう。

 

  市民参加の手段の一つとして選択肢が増えます。

市長と議会による代議制民主主義が機能していれば住民投票が起こることは基本的にないと考えていますが、仮に私が武蔵野市だけ税金を上げようとした場合、それはおかしいと住民が声を上げることができます。

 

 ──

 

そうした考えに市長が至った経緯は? 

 

 私だけじゃなく、みんなで決めたことです。

武蔵野市では、私が選挙公約で掲げたことも、当選後に長期計画に位置づけ実現していく。住民投票条例案も前の市長から引き継いで進めてきました。私個人が勝手にやっていると思われるのは心外ですね。

 

 ◆  働き手不足が年々深刻になり、政府主導で移民の活用が提唱される一方、入国管理施設での外国人に対する扱いやヘイトスピーチの問題など、「多文化共生」に向けて課題は多い。 

 

◆  人権をどう守っていくかですよね。海外で暮らす日本人も多くいて、同じ目に遭っていたらどう思われますか。日本では人口が減り、22年に生まれてくる子供も80万人を切ると言われています。働き手や介護人材が不足するなか、国も多文化共生を推進しようとしているにもかかわらず、国籍にこだわることにどんな意味があるのか。一人ひとりが真剣に考える時期に来ていると思います。

 

 (構成/本誌・佐賀旭) ※週刊朝日  2023年1月6-13日合併号