アメリカでは全国紙より地方紙が主流ですが、その地方紙が経営難に陥り、続々廃刊になっています。原因は、広告費がネットに流れてしまったからだと言われています。

 

地方紙が廃刊になって、その地域では恐ろしいことが起こりました。

選挙の投票率が激減したのです。地元の選挙を報道する新聞がなくなったため、立候補者などの情報が有権者に行き渡らなくなってしまったのです。

これでは誰に投票していいのかわかりません。

 

地域のニュースが報じられないため、地元の政治への関心も失われてしまいます。テレビがカバーしないような小さな町の選挙では、そもそも選挙があること自体が伝わらない可能性もあります。新聞が廃刊になった市では、不正や汚職が横行しました。不正を監視し、伝える記者がいなくなり、不正が報道されることもなくなってしまったのです。

 

日本でも同じことが起こりかねません。新聞記者がいることで、人々は政治についての情報を得ることができ、権力者の不正に歯止めがかかっています。新聞は民主主義を支えるインフラなのです。

ネットがあれば新聞不要と思う人に欠けた視点「新聞離れ」が進んだアメリカはどうなったか

2019/11/08東洋新新聞
 

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東洋経済

元朝日新聞エース記者語る「メディアが萎縮する」背景、蔓延する「正しいことを言うと損する」という風潮の問題

 

『朝日新聞政治部』の著者で、朝日新聞時代は政治部のデスクとしてだけでなく、調査報道を行う特別報道部でも活躍した鮫島浩氏(写真:濱﨑 慎治)

 

5月末に発売された『朝日新聞政治部』が4.8万部と政治ノンフィクションとしては異例の売り上げとなっている。著者の鮫島浩氏は、39歳で政治部デスクに抜擢され、スクープ記事を連発した朝日新聞のエース記者だったが、2014年に手がけた福島原発事故をめぐる「吉田調書」報道が多くのバッシングを浴び、当時の社長が辞任する事態に発展。鮫島氏も一転「捏造記者」のレッテルを貼られてしまう。『朝日新聞政治部』ではその一部始終を、登場人物を実名で生々しく伝えている。

 

  【写真】『朝日新聞政治部』の著者、鮫島浩氏。朝日新聞時代は政治部のデスクとしてだけでなく、調査報道を行う特別報道部でも活躍した

 

現在は朝日新聞社を退社し、自身のメディアを通じて言論活動を行う鮫島氏。その目には、古巣である朝日新聞、ひいてはメディア業界の「今」はどう映っているのか。本年のノンフィクション本大賞の候補にもなっている本書が問いかけるメッセージについて鮫島氏に聞いた。 

 

■外部の批判を恐れるように  

――

 

まず、元朝日新聞記者のお立場から、昨今の新聞報道についてどう感じていますか。

 

 朝日新聞に関して言うと、外部の批判を怖れ、忖度するメディアに成り下がっていますよね。

 

 最近も象徴的な出来事が立て続けにありました。2022年7月15、16日付朝刊の「朝日川柳」に、安倍晋三元首相の銃撃事件を風刺する読者投稿の川柳が掲載されましたが、ネット上で「不謹慎だ」などと批判が殺到した。すると一転して「ご指摘やご批判は重く、真摯に受け止めています」と早々に白旗を揚げました。

 

  もう1つが、同年7月19日付朝刊などに掲載された社会学者・宮台真司氏の「元首相銃撃 いま問われるもの」というコラムで、自民党と統一教会の関係について発言した箇所が「社会部の取材で確かめてからでないと掲載できない」との理由で削除されました。本人がネットメディアへの取材に応じたことで明らかになりました。

 

 ――朝日新聞のみならず、メディア全般が世間の批判に対して極度に敏感、あるいは、不寛容になっているようにもみえますが、世間の同調圧力が強まっていることもあるのでしょうか。 

 

 世の中全体に同調圧力は強まっていますが、本当はそういう同調圧力や、表現の侵害に対して先頭になって戦うべきが言論機関でしょう。規制や表現の自由の侵害が世の中に蔓延った時でも、最後の砦として頑張る、最も表現の自由に対して踏みとどまらなきゃいけないのが新聞社だと思ってきましたが、にもかかわらず、「統一教会から批判が来たらどうしよう」「自民党から何か言われたら……」と、権力に睨まれることを怖れ、自ら率先して同調圧力に身を投じてしまっている。

 

 そこには、国家権力に完全に弱みを握られてしまっている事情もあります。朝日新聞に限った話ではありませんが、全国紙4紙が共同で2020東京オリンピック・パラリンピックのスポンサーに就任したことはその象徴でしょう。誰もオリンピック開催の是非を問わず、礼賛報道を繰り返しました。

 

  他の新聞社もしかりですが、朝日新聞もその過程で森喜朗元首相など大物と密会し、多額の広告収入の確約を得ているわけです。そんな事情があるのに政権批判などできるわけがない。

 

■「出る杭」も活躍できる組織だった 

 

 ――新聞は本来、権力を監視する立場にあるはずです。 

 

 それこそ『朝日新聞政治部』に書いたことですが、2014年9月11日の木村伊量社長(当時)の緊急記者会見が決定的なターニングポイントです。「吉田調書」キャンペーンに対し、政府、マスコミ、ネットが「朝日包囲網」のスクラムを組んで猛烈なバッシングが起こった。その圧力に屈する形で木村社長は記事の内容を誤報と認め、取り消す発言をした。

 

 国家権力が報道機関に圧力をかけるのは、何も今に始まったことではありません。それでも押し合いへし合いしながら、これまではお互いの緊張関係を保っていました。ところがその2014年の記者会見で朝日新聞は“大惨敗”し、国家権力に屈服してしまった。それ以降は、国家権力に頭の上がらない人間が経営を掌握したことで、ますます萎縮・忖度の空気が社内に蔓延してしまいました。 

 

 朝日新聞というのは以前から官僚的な体質が強い会社で、8割は「守旧派」の人間が占めていました。ただ、残り2割の気骨ある「改革派」の記者や経営陣が会社を支えてきた歴史があります。

 

 私自身も、その改革派の経営陣によって新設された特別報道チーム(後の特別報道部)で、あらかじめテーマを設定して調査をするという、新たな取材スタイルにチャレンジし、何度もトップ紙面を飾ることができたし、政治部の中枢も歩ませてもらいました。私のような「出る杭」にも仕事を任せ、評価してくれる企業文化がまだ残っていたので、朝日新聞もかろうじて言論界のリーダーとしてのメンツを保ってこられたと思います。 

 

 ところが、その木村社長の辞任会見の日を境に、新たな社長の下で改革派の人材は一掃され、外圧を避けることだけに汲々とする人材が実権を握るようになってしまった。

 

■何もしがらみがないのがジャーナリズム

 

  ――鮫島さんご自身は、2021年に朝日新聞社を退職後、自身のメディア「SAMEJIMA TIMES」を立ち上げ、言論活動を展開しています。  「SAMEJIMA TIMES」では、オリジナルの記事を全文無料公開しています。もちろん巨額献金など一切受け取っていません。法律など最低限のルールを順守してさえいれば誰にも遠慮する必要がない。何もしがらみがありませんから、楽しいですよ(笑)。

 

 これが本来のジャーナリズムだと思うんですよ。何を隠す必要もないし、自民党や統一教会の悪口言っても、朝日新聞の悪口言っても、東洋経済の悪口言っても、自由。だから信用されるのです。

 

  一方、自分でメディアを運営していてつくづく感じるのは、「個人の発信力」が重要な時代になった、ということです。私も昔は毎日夜回り、朝回りして、政治家に食い込んで情報を取るっていうことが記者の一番の仕事だったけれども、ネット時代になって誰もが発信できる今、新聞記者の名刺を持っているからといって誰も相手にしてくれない。

 

 相手に食い込んで情報を取るのも1つの方法ではあるけれど、効率は極めて悪い。それよりはむしろ、情報を磁石のように引き寄せる時代になっていて、引き寄せる力が強い人がスクープを取れる。

 

  だから私は若い人にも、「特ダネとかスクープが取りたければ、まずは発信力を磨きなさい」と言っています。発信力がない人間には、もう誰もしゃべらないんですよ。一方で、「この人に情報を持ち込めば発信力があるから広めてくれる」という人には情報が集まってくる。実際、『朝日新聞政治部』を書いてから、私の元に朝日新聞の中の不祥事とか、スキャンダルとかの情報もいっぱい来ますよ。

 

 私は朝日新聞の中にも詳しいし、「SAMEJIMA TIMES」やYouTube、ツイッターといった発信手段を持っているから、私に情報提供すればそれが表に出て状況が改善されるかもしれない、と情報提供者は考えるわけです。

 

  文春砲が強いのはやっぱり確実に発信してくれるから。タレコミが来たら、それを忖度せずに記事にしていく繰り返しによって、さらに情報が集まってくる。朝日の特別報道部もそうしたかったし、一時は実際にそうなっていた。朝日新聞特別報道部っていういわゆるブランドが情報を引き寄せていた。相手からすると、文春砲のように「ここににらまれたら怖い存在」になれば勝ちなんですよね。

 

 ところが、朝日新聞は自らそれを壊しちゃった。すごいお金も時間もかけて、やっとブランドを作って、情報を引き寄せる器をつくったのに。そういうのはやっぱり愚かとしか言いようがない。 

 

■会社の看板に依存した「サラリーマン記者」だった 

 

 ――鮫島さん自身、朝日新聞という組織に長く身を置きながら、個人の発信力をどう磨いていったのですか? 

 

  正直、かなり苦労しましたよ(笑)。

 

  2014年の「吉田調書」事件のとき、社内調査でいくら自分の主張を述べてもまったく取り合ってもらえず、頭にきて「自ら記者会見をやってやろう!」と思い立ちました。

 

 日程はいつで、ここの会場を借りて……という具体的なプランまで考えていたのですが、当時は「捏造記者」などといった私へのバッシングも強烈で、自宅にも取材陣が殺到していました。「こんな状況では、自分の話をまともに聞いてくれる人などいない」と、記者会見は断念しました。  その時、私はツイッターのアカウントすら持っていませんでした。自分がいくら「真実はこうだ」と主張したくても、届ける手段が何もない。いかに自分は会社の看板に依存した「サラリーマン記者」だったのか――と自分の力不足に愕然としたんです。

 

 

 このことをきっかけに「個人の発信力を身につけなければ何もできない」と自戒し、ツイッターアカウントを開設するところから始めました。1カ月経ってもフォロワーが30人程度で、見向きもされませんでしたが、どういう発信をすればフォロワーが増えるのか1から研究しましたね。今は7万人を超え、YouTubeも含めて多くの読者に支えられていますが、6年かかりました。 

 

 「SAMEJIMA TIMES」にも、日々少なくとも何千人かは来るようになったけれど、今は1人ひとりの読者を大事にしてます。コメントや双方向を大事にしたり。読者との関係は非常に濃密で、私が「これいいよ」ってコメントしたら、ブワーッとみんなが読んでくれる。

 

■新聞メディアの生き残りかた 

 

 ――鮫島さん自身、組織の中と外から朝日新聞に関わってきた立場から、これからのマスメディアはどこに向かっていくとお考えですか。  少なくとも新聞に関しては「オワコン」だと断言します。紙媒体そのものは書籍などで「高級品」として残ると思いますが、今や紙の新聞がネットに勝るところは1つもありません。スピードはもちろん、クリック1つでグラフや動画が見られる。内容の深さも幅もぜんぜんかないません。

 

 「紙でニュースを伝える」ことの意味が完全に薄れているのに、いまだに大手新聞社は「紙の新聞こそがジャーナリズムの権威」みたいな顔をしている。国民から「新聞はダメになった」とそっぽを向かれるのも無理はありません。

 

 

 

  ただ、新聞はオワコンだとしても、権力を批判するジャーナリズムの必要性が失われることはありません。だから、かつて私が特別報道部で取り組んだように「調査報道」と「オピニオン」に特化したジャーナリズムの会社として生き残る余地はあります。

 

 あとは、社会貢献のアプローチで生き残りを図る方法もあると思います。

これまで蓄積してきたジャーナリズムや取材のノウハウをパブリックに開放して、社会全体の発信力の向上をサポートする機関として、まったく新しい産業に生まれ変わる。そうでなければ、もう新聞社の社会的な存在意義はないと思います。

 

  逆に、今日の朝日新聞のように、生き残りのために記者を囲い続け、管理統制を強めるのは社会にとって害悪しかもたらしません。自分で自分の首を絞め、かえって死期を早めることになるでしょう。

 

 ――朝日新聞の例は、企業のガバナンスや危機管理対応のあり方について、多くの企業に教訓を与えてくれるように思います。

 

  おっしゃるように、これは明らかに企業統治の失敗、危機管理の失敗です。そして、それこそが『朝日新聞政治部』で私が伝えたかったメッセージです。

 

  時の指導者がパブリックの精神を失い、自分の保身や利益だけを追求した結果、企業のガバナンスが機能せず、危機管理対応が後手に回って会社全体の価値を毀損してしまう。そして、その失敗の責任は誰もとらない

 

――かつての東芝や東京電力にも共通する、日本企業の深刻な問題がそこにはあります。

 

 

 下にいる社員は、ごまかし、逃げ切りに終始する経営トップのさまを目の当たりにし、「正直者がバカを見る」というモラル崩壊がますます組織に蔓延する。永田町や霞が関でも「国会でうそをついても大臣になっている」「公文書を改ざんしても出世している」など、同様のモラル崩壊の例は枚挙にいとまがありません。 

 

■「正しいことを言ったらろくなことがない」という風潮 

 

 若い人たちは政治に関心がないって言いますが、「正しいことを言ったらろくなことにならない」「筋とか通したら自分は割を食って損をしてしまう」っていう風潮が染みついちゃっているわけですよ。

 

 つまり、これは若い人のせいではなくて、そういう空気を作ってきた指導者層、会社でいうと管理職とか、政治家でいうと大臣経験者とか、社会全体ではなく、自分のことばかり考える自分勝手な大人たちに責任がある。

 

  黙っているほうが得だ、うそをつき続けたらそれで逃げ切れるっていう、こんな世の中にしてしまったのは誰なのか。それに対して私は怒っているんです。結局このコロナもそう。この2年間、政権が数々の判断ミスを犯してきたのに誰も追求しなかった。何もかもがゆるくて、誰も責任を取らない。

 

 そこを改善しないと日本はよくなりません。保身しか考えない醜い大人たちをあぶり出して、責任をとらせ、反省させないと、若い人たちがこれから日本社会を変えて行こう、という空気にはならないですよ。

 

堀尾 大悟 :ライター