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レポート 2022年4月6日 (水) 橋本佳子(m3.com編集長)
「遺伝・ゲノム情報による差別・不利益防止へ法的整備を」
日本医学会・日本医学会連合会、日本医師会は4月6日、合同で会見し、「遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益の防止」についての共同声明を発表した。国に対して、遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益を防止するための法的整備を早急に行うことなどを要望する内容だ。
監督官庁には、遺伝情報・ゲノム情報を取り扱う可能性のある保険会社等に対し、自主規制が早急に進むよう促すことを要望する一方、保険会社等には自主的な方策を早急に検討し公表することを求めた(資料は、日医のホームページ)。
「遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益の防止」についての共同声明
1.国は、遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益を防止するための法的整備を早急に行うこと、及び関係省庁は、保険や雇用などを含む社会・経済政策において、個人の遺伝情報・ゲノム情報の不適切な取り扱いを防止したうえで、いかに利活用するかを検討する会議を設置し、我が国の実情に沿った方策を早急に検討すること。
2.監督官庁においては、遺伝情報・ゲノム情報を取り扱う可能性のある保険会社等の事業者および関係団体に対し、遺伝情報・ゲノム情報の取扱いに関する自主規制が早急に進むよう促すとともに、その内容が消費者にわかりやすく適正なものとなるよう、指導・監督を行う仕組みを構築すること。
3.遺伝情報・ゲノム情報を取り扱う可能性のある保険会社等の事業者および関係団体は、遺伝情報・ゲノム情報の取扱いについて開かれた議論を行い、自主的な方策を早急に検討し公表すること。
日本医学会・日本医学会連合会会長の門田守人氏は、「わが国の医療そのものの、あるいは医学、医療というよりも、人間そのものの存在を考えるにあたって、非常に重大な内容が含まれている」と意義を強調、医学会に属する各分科会の意見を踏まえ、日医と医学会と意見交換をして取りまとめたと経緯を説明した。
日医会長の中川俊男氏は、遺伝子検査ビジネスの問題を以前から指摘してきたことを説明し、「日医として全く同じ考えであり、同感であり、全面的に協力して取り組む」と述べた。
日本医学会副会長の門脇孝氏は、この時期の共同声明発表に至った理由について、関連学会等から要望が出ていたことに加え、ゲノム医療の進歩が著しいことを挙げた。がんゲノム医療だけでなく、生活習慣病、アレルギー疾患など、さまざまな疾患領域で、「ポリジェニックリスクスコア(Polygenic risk score:PRS)」という手法がここ2、3年に登場してきたと説明し、「遺伝子情報から将来のリスクを予測することは、予防につながるなどプラスの面があると同時に、社会的な差別につながる可能性がある。ゲノム医学の進展で、ゲノム医療の実装が大きく進む可能性がある中で、そこに対する社会環境の整備を早急に進めなければいけない状況になっている」と説明した。
患者団体から賛同の声
なお、同日、一般社団法人ゲノム医療当事者団体連合会と、一般社団法人全国がん患者団体連合会は、「遺伝情報・ゲノム情報による差別や社会的不利益の防止のための法規制を求める共同声明」を発表した。両団体はこれまでも、遺伝情報の取得やその不適切な取り扱いを防ぐための法規制を求めており、医学会と日医の共同声明への賛同の意を強く表明した(資料は、全がん連のホームページ)。
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「遺伝子・健康・社会」検討委員会
任期 2020年9月1日~2022年8月31日
50音順
委員長 福嶋 義光 信州大学医学部特任教授
担当副会長 門脇 孝 国家公務員共済組合連合会虎の門病院 院長
委員
青野 由利 毎日新聞東京本社 論説室専門編集委員(科学ジャーナリスト)
苛原 稔 徳島大学大学院医歯薬学研究部長(産婦人科)
尾崎 紀夫 名古屋大学大学院医学系研究科 精神医学・親と子どもの心療学分野 教授(ゲノム医学、精神医学)
鎌谷洋一郎 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授 メディカル情報生命専攻複雑形質ゲノム解析分野(ゲノム医学研究者、複雑形質ゲノム解析、内科)
杉浦 真弓 名古屋市立大学大学院医学研究科産婦人科学教授(不育症、着床前診断、産婦人科)
高田 史男 北里大学大学院医療系研究科教授 臨床遺伝医学(臨床遺伝学、遺伝カウンセリング、小児科)
中村 清吾 昭和大学医学部外科学講座教授 乳腺外科/大学病院ブレストセンター 診療科長(乳癌、外科)
中山 智祥 日本大学医学部医学科教授 臨床検査医学(病態病理学系)
松原 洋一 国立成育医療研究センター研究所長(人類遺伝学、小児科)
山内 敏正 東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科教授(ゲノム医学研究者、糖尿病・代謝内科)
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「遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益の防止」についての共同声明
2022 年 4 月 6 日
日本医学会長・日本医学会連合会長 門田 守人
日本医師会長 中川 俊男
個人の遺伝情報・ゲノム情報に基づき、個々人の体質や病状に適した、より効果的・効率
的な疾患の診断、治療、予防が可能となる「ゲノム医療」の実現が、様々な診療領域で広が
っています。特に、がんや難病の分野では既に実用化が進んでおり、その人の病状に適した治療法の選択や迅速な診断の実現などの恩恵が得られています。また、糖尿病や肥満症、心血管疾患や免疫・アレルギー疾患、精神・神経疾患を含む多因子疾患についても、世界的に医療応用を目指した研究が進んでいます。
一方で、生殖細胞系列の遺伝情報・ゲノム情報は生まれながらに持っていて、生涯変化せ
ず、子孫にも受け継がれ得ることから、国民が安心してゲノム医療を受けるためには社会環
境を整備する必要があることが指摘されています。
1) 仮に不適切に扱われた場合には、患者とその血縁者に、保険や雇用、結婚、教育など医療以外の様々な場面で不当な差別や社会的不利益がもたらされる可能性があるためです。
日本も加盟する UNESCO の「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」(1997)では、「ヒトゲノムは、人類の遺産であり、何人も、その遺伝的特徴の如何を問わず、その尊厳と人権を尊重される権利を有する」とされ、「何人も、遺伝的特徴に基づいて、人権、基本的自由及び人間の尊厳を侵害する意図又は効果をもつ差別を受けることがあってはならない」と述べられています。
2) 諸外国では 2000 年代から保険や雇用を中心として、医療以外の分野における遺伝情報・ゲノム情報の取り扱いに関するルールの策定が行われており、また、ゲノム医療の実装に伴い、その見直しの議論も進められています。
3)しかし、我が国の社会環境の整備としては、個人情報の取得や第三者提供に本人同意の取得を求めるという個人情報保護法による対応のみに留まっており、不当な差別や社会的不利益の防止については、法律あるいは自主ルールのいずれの形でも定められていません。我が国では、国民皆保険の制度が整備され、公的健康保険の加入に際して、遺伝情報・ゲノム情報の提示を求められることはありません。しかし、いわゆるがん保険や死亡保険等の、民間保険の引受・支払実務における遺伝情報・ゲノム情報の取り扱いに関するルールは不明瞭な状況にあり、業界の自主規制の検討状況を待っている状況にあります。4) また、事業所における採用、配置、職責の決定や労働者の健康診断等における、個人の遺伝情報・ゲノム情報の取扱いについても不明瞭なままです。
現在、全ゲノム解析研究が国策として進められ、5) 患者とその血縁者を対象としたゲノム解析や遺伝学的検査が急速に医療の場で展開されようとしていますが、前述のような我が国の現況においては、患者やその家族が遺伝情報・ゲノム情報に基づく不当な差別や社会
的不利益を受ける可能性を払拭できず、当事者には強い不安を引き起こします。患者・家族だけではなく、現時点では遺伝との関連を自覚していない、現在は健康な多くの方々にも不安が広がる恐れがあります。
国民がゲノム解析を伴う医学研究への参加や遺伝学的検査の利用を控えることも考えら
れ、我が国での遺伝情報・ゲノム情報を用いた新規医薬品開発やゲノム医療の導入の障壁となることも懸念されます。6) また、ゲノムと疾患の関係には集団間の違いや民族差が存在するため、我が国での遺伝情報・ゲノム情報を用いた新規医薬品開発やゲノム医療が世界から遅れを取れば、国民に長期間の不利益をもたらす可能性があります。
全ての医療関係者は、遺伝情報・ゲノム情報を取り扱う際、情報によっては保険や雇用、
結婚、教育など医療以外の様々な場面で、患者や血縁者に対する不当な差別や社会的不利益につながるものが含まれる可能性があることについて十分に留意すべきです。
日本医学会、日本医学会連合並びに日本医師会は、遺伝情報・ゲノム情報を活用した医療
や公衆衛生の実現に向けて、教育や研究、啓発に尽力するだけでなく、不当な差別や社会的不利益の防止にも貢献したいと考えています。今後、我が国でゲノム医療が普及し、国民が安心してゲノム医療を受けられるようにするため、私どもは、国、監督官庁、遺伝情報・ゲ
ノム情報を取り扱う可能性のある保険会社等の事業者および関係団体に対し、遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益を防止するため下記を要望します。
1. 国は、遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益を防止するための法
的整備を早急に行うこと、及び関係省庁は、保険や雇用などを含む社会・経済政策にお
いて、個人の遺伝情報・ゲノム情報の不適切な取り扱いを防止したうえで、いかに利活
用するかを検討する会議を設置し、我が国の実情に沿った方策を早急に検討すること。
2. 監督官庁においては、遺伝情報・ゲノム情報を取り扱う可能性のある保険会社等の
事業者および関係団体に対し、遺伝情報・ゲノム情報の取扱いに関する自主規制が早急
に進むよう促すとともに、その内容が消費者にわかりやすく適正なものとなるよう、指
導・監督を行う仕組みを構築すること。
3. 遺伝情報・ゲノム情報を取り扱う可能性のある保険会社等の事業者および関係団
体は、遺伝情報・ゲノム情報の取扱いについて開かれた議論を行い、自主的な方策を早
急に検討し公表すること。
[註]用語の定義
厚生労働省「ゲノム医療等の実現・発展のための具体的方策について(意見とりまとめ)」
(2016 年)では,「ゲノム情報」は、塩基配列に解釈を加え意味を有するもの,「遺伝情報」
はゲノム情報の中で子孫へ受け継がれるものと定義している。
[https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-DaijinkanboukouseikagakukaKouseikagakuka/0000140440.pdf]
1)厚生労働省「ゲノム医療等の実現・発展のための具体的方策について(意見とりまと
め)」(2016 年)
[https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-DaijinkanboukouseikagakukaKouseikagakuka/0000140440.pdf]
2)ヒトゲノムと人権に関する世界宣言(1997)
[https://www.mext.go.jp/unesco/009/1386506.htm]
3)ACMG Statement: Points to consider to avoid unfair discrimination and the misuse of
genetic information: A statement of the American College of Medical Genetics and
Genomics (ACMG). Genetics in Medicine (2021)
[https://www.gimjournal.org/article/S1098-3600(21)05379-X/fulltext]
4)健康・医療戦略室ゲノム医療実現推進協議会「中間とりまとめに対する最終報告書」
(2019)
[https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/genome/genome_dai3/sankou3.pdf]
5)厚生労働省 「全ゲノム解析等実行計画(第 1 版)」(2019)
[https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08564.html]
6)厚生労働科学特別研究「社会における個人遺伝情報利用の実態とゲノムリテラシーに
関する調査研究」研究報告書(2017)[https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/25825]