《前田朗blog ヘイトスピーチ研究文献(193)選挙とヘイト》
 ◆ 瀧大知「『選挙ヘイト』と警察対応――相模原市議会選挙の事例から」
   (『和光大学現代人間学部紀要』第13号(2020年))

 冒頭に要旨がまとめられている。

本研究ノートは「選挙ヘイト」と呼ばれた2019年の統一地方選、相模原市議会選挙を事例とした調査報告である。選挙演説が可能な選挙告示日翌日から投票日前日までを対象としている。
主に警察の対応に焦点を当て、これまでのヘイトデモや街宣との違いについて記述、整理をした。調査から警察対応の変化が候補者の行動に影響を及ぼしているという特徴が見られた。

 以前は、選挙運動におけるヘイトスピーチに対して批判活動をすると選挙妨害とされる恐れがあった。ヘイト・スピーチ解消法によりヘイトの定義ができて以後、選挙演説と雖もヘイトはヘイトと言えるようになった。


 そこで2019年の選挙におけるヘイト演説の実態、警察対応の実態が明らかになる。
 瀧は2019年の統一地方選挙における相模原市議会選挙を現場で調査した。
 日本第一党は、カウンターを取り囲み、脅迫的な罵声を浴びせた。
 カウンター側が少人数のため、日本第一党側に取り囲まれることもあった。
 警察は間に入って、双方を離れさせようとするが、ヘイト抑止という点では規制しようとしないのが特徴である。

 瀧は次のように述べる。

「① 「日本第一党」の候補者や党員らがカウンターに至近距離で詰め寄る――主に「日本第一党」側が抗議者を囲い込み、罵倒、追い掛け回すといった――場面が多数見られた。

②それに対して警察の対応は、抗議者が囲まれても介入しない、間に入ったとしても普段のように引き離すことはしなかった。そのためカウンターが逃げようにも逃げられないといった状況が見られた。」

 瀧は次のようにまとめる。

「現在ヘイトスピーチに反対する人は増えている。そこには「反差別相模原市民ネットワーク」のように女性や高齢者もいる。相模原での「選挙ヘイト」では抗議者側に肉体、精神的に強い負荷が掛かるような状況であった。今後、「抗議者の安全性」をどう確保するのかは一つの論点となるのではないだろうか。解消法第3条ヘイトスピーチを止めるのは「国民の務め」と記されており、この条文と警察の行動との関係を問題化する必要があるのではないか。」

 別事件であるが、福岡県行橋市では、市議会議員がヘイト・スピーチを行ったため、市議会がこれを非難する決議をした。動議を提出した市議及び市議会は、市民として、及び公人として、市議によるヘイト・スピーチは許されないと考えた。
 ところが、当該市議は逆切れして、行橋市及び動議を提出した市議を相手に損害賠償請求訴訟を起こした。ヘイト・スピ―カーがカウンターを裁判に訴えたのだ。
 本年3月17日、福岡地裁小倉支部は原告の請求を棄却して、事なきを得た。ここでも、ヘイト・スピーチを非難することの社会的意義が問われている。

 ヘイト・スピーチは許されない。許してはならない。
 市民にはヘイト・スピーチを非難する権利と義務がある。市議会議員など公人にはより強い責務がある。
 しかし、ヘイト・スピーチを非難したために裁判に訴えられるようでは、時間的にも経済的にも大きな負担を負うことになる。
 現に行橋事件は2016年9月に提訴、2022年3月判決である。実質5年余りの間、裁判で応訴しなくてはならない。


 国連人種差別撤廃委員会は日本政府に対して、「ヘイト・スピーチが行われた時、首相や影響力或る指導者がこれを非難するメッセージを出しているか」と質問した。
 日本政府は答えない。首相、国会議員、知事、市長などがヘイト・スピーチを非難する文化を作るべきだ。


『前田朗blog』(THURSDAY, MARCH 24, 2022)
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