《「子どもと教科書全国ネット21ニュース」から》
◆ 性差別をなくすための子育て
太田啓子(おおたけいこ・弁護士)
◆ 性差別社会の中で育つ子どもたち
私は、性差別と性暴力を社会から無くしたいと心から思っている。
弁護士業務、特に離婚案件のなかで感じたことと、2人の息子の子育て現役当事者としての経験から、子ども時代から、意識的に性差別的価値観を身につけさせないように、家庭でも社会でも色々な場所で働きかけ続けることがとても大切ではないかと考えるようになり、そのような問題意識で「これからの男の子たちへ「男らしさ」から自由になるためのレッスン」(大月書店2020年)という本を出版した。
離婚事件は、社会全体での性差別のあり方が色濃く反映される事件分野である。
特に実感させられるのは男女賃金格差で、統計によれば、男性の賃金を100とすれば女性の賃金は約75くらいしかなく、賃金が低く不安定な非正規雇用で働く人の割合は男性は約2割に対し女性の場合には6割近いなど、女性の経済力が低い傾向が顕著である。
日本社会に生きていると麻痺してしまうが、この性差別的状況は諸外国と比べれば決して当然ではない。
性差別の度合いを示すジェンダーギャップ指数(世界経済フォーラム)は、日本は毎年下位常連で、2021年は156か国中120位。
このように日本の性差別度合いがひどい要因は、男女の経済的格差と、政治的意思決定をする議員の女性割合の低さである。
女性の経済力が低い背景には、「男は外で働き、家事/育児などはもっぱら女性がやること」というような固定的性別役割分業意識がいまだ根強いことがある。
長時間労働の慣行のなかで「家事や育児は女性がメインでやること」という意識が強いため、「正社員では家庭との両立が難しい」と女性ばかりが思わされるような状況で、出産をきっかけに離職したり、「家庭との両立のためちょうどいい働き方」として非正規雇用を「選ぶ」しかないという構造がある。
実際には、多くの女性は、自分の経済力を抑える方向を「選ばされて」いる。そして、色々な理由で「男性による扶養を受けられない」立場の女性の貧困は極めて深刻である。
離婚はその理由の典型的なひとつなので、離婚事案というのは性差別社会に否応なく向き合わされるものなのである。
性差別構造が強い社会のなかで育つ子ども達は、性差別意識をもたずに成長することができるだろうか?そんなことあるはずがない。
私も含め、この社会に生きていれば、大なり小なり、自覚が無くても、ジェンダーバイアス(性別による「決めつけ」、偏見)を内面にすり込まれており、それを自覚がないまま子どもに伝えてしまう可能性が常にある。
家族だけでなく幼稚園や保育園、学校、メディアなど様々な場面で子ども達は社会からのメッセージを受け取っており、そのメッセージには大なり小なりジェンダーバイアスが潜んでいる。
大人はそのことを踏まえ、自分の中のジェンダーバイアスをなるべく自覚しようとした上で、できるだけ子ども達にはジェンダーバイアスがない働きかけを心がけようとするべきである。
子どもは、自分に向けられるメッセージのなかの差別性を批判的に読解できるリテラシーを持たせられるよう意識したい。子ども達は、適切な働きかけがあれば、自分の中のバイアスを自覚するカ、白分のバイアスを自らそぎおとす力も持てるように成長できるはずで、具体的にはどういう実践をすればいいのか私自身日々模索している。
◆ 子育て・教育の場面でのジエンダーバイアス
子育て・教育は、大人から子どもに対して性差別的な言動が行われやすい典型的なものとして注意すべき場面である。
私が実際に経験したこととして、母親同士の立ち話で教育費が高いことを嘆くやり取りの中で、「本当に子どもってお金かかるよね。うちはお兄ちゃんに集中する、もう妹までまわしきれない」という言葉を聞いたことがある。
冗談めかした口調だが、親から子への露骨な性差別でありぞっとした。
このような家庭内での性差別は珍しくない。
地方出身者が「兄は東京の私立大学にいかせてもらえて浪人も許されたのに、娘の私は、『地元の国公立大学だけ、現役でなくてはだめ』と親に言われた」と辛く振り返るのを聞くこともある。
読者からは、「自分が受験で失敗した時、親戚から『いいのよ、女の子は勉強できなくても』と慰める口調で言われて複雑な気持ちだった」という経験談も寄せられた。
「女の子は勉強はほどほどでもいい、出世もしなくてもいい」という言葉は、どれだけ女の子の翼を折るだろうか。
逆に男の子に対しては、「男の子なんだから勉強を頑張らないとだめ」「もっとしっかりしないと、彼女もできないそ」「お姉ちゃんは○○大学にいってるんだから、弟はそれ以上いかないとしめしがつきません」などといった言葉かけを現実の経験談として聞いたことがある。
いずれも、「男性は女性よりも『上』でなくてはいけない」「男性は経済的に一家の大黒柱となれるようでなくてはならないが女性はそうではない」というような性差別的な価値観に基づく言動である。
子どもへの愛情があっても、褒めていたり慰めたりしているつもりであっても、差別的言動をしてしまうことは私も含め誰もが意識的に注意しなくてはならない。
言葉かけひとつだけで子どもが性差別的価値観をもつというほど単純ではないかもしれないが、様々な場面で何度もそういうメッセージを受け取り、それを是正される機会がないままだと、「男は女と違って社会で稼がなくてはいけないんだ」「女は男ほど勉強をがんばらなくていいんだ。いつか養ってくれる男と結婚すればいいのだから」「男が女より勉強で負けるのはかっこわるいことだ」といった価値観をうっすらとでも子どもが身につけてしまいかねない。
子どもには、他者との対等な関係性の構築の仕方を意識的に教えなければならないと思う。それを性差別構造が強い社会でやるのはなかなか大変で、大人がよほど自覚的に考えなければ難しいが、しかし非常に重要なことだと考えている
女の子には、「女の子だから」「男の子に選ばれづらくなるから」のような理由で、より高く努力しようという気持ちを自ら抑えつけてしまわせないように。
男の子には、誰かとの競争に勝つことに過剰に自己評価の軸を置かせないように、特に「女性に負けられない」というような意識をもたせず、女性と対等な関係性を築けるように。
社会が女の子と男の子に対し異なる性質のメッセージを発していることを考えれば、特にこのようなことを意識する必要があるのではないだろうか。
◆ 世論の状況
2020年に出版した「これからの男の子たちへ」で上記のようなメッセージを書いたが、非常に賛同的な反響が大きく、増刷を重ねて12刷となった。
テレビ、ラジオ、新聞、雑誌からの取材も多く受けてきた。教職員組合や男女共同参画センター等色々な団体からの講演依頼も多い。
このようなメッセージに共感する人が多いことに時代の状況と希望を感じる。対等な関係性構築のために包括的性教育の重要性と現状の貧弱さは私の本でも1章書いたのだが、2020年頃以降、性教育に関する出版もとても多い。
明らかに、性差別解消を求める世論は高まっており、解消の速度を高めるためのあらゆる方面での努力をそれぞれの個人が自分の持ち場ですることが今後も更に必要だと考える。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 142号』(2022.2)