二審も「同意なし」認定、山口敬之氏に332万円賠償命
 

 伊藤詩織氏の告発著書の1文を名誉毀損で不当な認定も
 

 最高裁で委縮効果招く「不法行為」判示の逆転が不可欠
 

 メディアは中村格警察庁長官の捜査妨害の調査報道を
 

   「メディア改革」連載第89回

 浅野健一(アカデミックジャーナリスト)

  ジャーナリストの伊藤詩織氏が山口敬之・元TBSワシントン支局長から性暴力を受けたとして1100万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が1月25日、東京高裁であった。中山孝雄裁判長は一審の東京地裁に続いて「同意はなかった」と認定。治療関係費として2万円余りを増額した計約332万円の支払いを山口氏に命じた。

 この裁判は、伊藤氏が2015年、当時、ワシントンから一時帰国中の山口氏と就職先の相談をするため飲食した後に記憶をなくし、性暴力を受けたと主張。東京地裁は19年に「合意のないまま行為に及んだ」と認定し、330万円の支払いを命令。山口氏はこれを不服として控訴していた。
  高裁は、伊藤氏の供述について、「ほぼ一貫して具体的に供述しており信用できる」と認定。行為に同意があったとする山口氏の主張については、「事実経過と明らかに乖離する」と述べ、「信用できない」と退けた。

 一方、高裁は、伊藤さんが著書などで、飲み物にデートレイプドラッグを盛られた可能性があると公表したことについては、「的確な証拠がない」と判断、名誉毀損とプライバシー侵害にあたるとした。山口さんの反訴での訴えを一部認め、伊藤氏に55万円の支払いを命じた。一審では「公共性および公益目的がある」として棄却されていた。
  高裁判決が伊藤さんの著述を不法行為と認めたことは、性暴力の被害者が社会に訴える表現活動に委縮効果をもたらしかねない。伊藤氏は2月4日、山口氏への名誉毀損認定は不服として最高裁に上告した。山口氏も上告の意向を示している。

  山口氏は判決後の会見で、「デートレイプドラッグの主張を巡って伊藤さんの不法行為を認めたこと、これは高く評価する」と述べた。山口氏は右翼系雑誌などでこの部分勝訴をネタに反撃すると思われる。

  問題になったのは、伊藤さんが著書『Black Box』で書いた「インターネットでアメリカのサイトを検索してみると、デートレイプドラッグを入れられた場合に起きる記憶障害や吐き気の症状は自分の身に起きたことと、驚くほど一致していた」という一文。


 また、伊藤さんが「週刊新潮」(17年5月18日号)の<「山口敬之」準強姦逮捕状が握り潰されるまでを改めて振り返る>と題した記事で、「普段は2人でワインボトル3本空けてもまったく平気でいられる私が仕事の席で記憶をなくすほど飲むというのは絶対にない。だから、私は薬を入れられたんだと思っています」とコメントしたことが問題になった。
  
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/12191530/?all=1

 高裁判決は「同意がない性行為をしたという部分だけを公表されることと比べると、その被る不利益の程度はより大きい」として、プライバシー侵害も認めたが、なぜプライバシー侵害にあたるか私には理解できない。
  この山口氏の部分勝訴について、名誉毀損に詳しいという清水陽平弁護士はネットの「弁護士ドットコム」の<山口敬之さんに対する名誉毀損、プライバシー侵害が認められた理由>(1月29日)でこう述べている。

<「一般の読者の普通の注意と読み方を基準として」、文脈からデートレイプドラッグを飲ませた上で行為に及んでいる、という事実を摘示するものと判断><やっていないことを「やった」と言われることは、普通は耐えがたいことと思われることからすれば、侵害を認める判断は妥当
  
https://www.bengo4.com/c_18/n_14060/

  私は清水氏の見解に同意できない。被害者の伊藤氏が、自信の体験から考えて薬を盛られたと思っていることを書いたわけで、司法が被害者に立証を求めるのは酷だ。

  伊藤氏は事件後、山口氏を準強かん容疑で告訴し、警視庁高輪署は15年6月、山口氏を逮捕すべく捜査員が成田空港で山口氏の帰国を待ち構えていた。ところが、この逮捕直前に上層部からストップがかかった。

  この逮捕取りやめを指示したのが“菅義偉官房長官の子飼い”である当時の中村格・警視庁刑事部長(現・警察庁官房長)だった。山口氏は書類送検されたが、東京地検は16年7月、嫌疑不十分で不起訴処分とした。
  この裁判を伝えた報道各社は、中村氏による逮捕妨害について触れていない。TBSは判決を報じる中で、<TBSテレビは「元社員在職中の事案につき、伊藤詩織さんのこの間のご心痛に対しまして大変申し訳なく思う。
引き続き社員教育やコンプライアンスの徹底に努めていく」とコメントしている>と伝えただけだ。

 
山口氏はTBSの役職を利用して、伊藤氏を誘っている。TBSは、中村氏の捜査妨害も含め、社外の専門家らによる独立調査委員会を立ち上げ、この事件の真相を解明するべきだ。