◆ 静謐保持撤退 (東京新聞【本音のコラム】)

鎌田 慧(かまたさとし・ルポライター)


 いまでも、瞼(まぶた)の裏にこびりついている衝撃的な映像だった。
 アフガニスタンのカブール空港。脱出を求める人びとが群がっでいる。軍用機にしがみついて地上に落下する男たち。
 日本人大使館員十二人は無事に脱出したが、出国を希望した現地の職員や家族など五百人は足止めされたままだ。
 内戦がはじまるかもしれない。するとその人たちの運命はどうなるのか。

 国家崩壊。満州国解体を想起する
 当時「最も重大な在満日本人百万の保護については充分(じゅうぶん)な手順が考慮されてなかった」と「満州開拓史」(一九六六年刊)にある。
 そこで引用された手記にはこう書かれている。


 「かれらは対ソ静謐(せいひつ)保持のため戦略的に放棄されていたのである。しかも『根こそぎ動員』により壮年男子の多くは召集され、老幼婦女の集団であった」。

 ソ連軍に気づかれぬための「静謐保持」。関東軍は作戦上、住民には何も告げず、密(ひそ)かに撤退したのだ。
 それが膨大な死者と「残留孤児」を生みだした。
 その悲劇はいまなお続く。

 アフガンからの国外退避で菅政権は世界の国々に遅れをとり、急遽(きゅうきょ)自衛隊機を派遣した。
 それが作戦だったのかどうか。あまりにも人命無視だ。

『東京新聞』(2021年9月7日【本音のコラム】)