◆ 女性排除するいびつな権力構造 (『I(アイ) 女のしんぶん』)
悪質な「集団いじめ」と言っていいだろう。
温泉で有名な群馬県草津町で起きた、たった一人の女性町議会議員に対する町長による性暴力。それを告発した新井祥子議員へのリコール運動は異常なものだった。
町長が「事実無根だ」と反論し、その後、警察の捜査や裁判の結果が出ていない段階で、「町ぐるみ」と言っていいリコール運動が行なわれ、解職されたのだ。
草津町全体が、家父長制、女性差別、権威主義、議会の閉鎖性や排他性…等々、多くの問題をはらんでいる。
そんな中、自身の性被害を告発したことでリコールされた町議会議員、新井祥子さんは、群馬県選挙管理委員会に対し、リコールの裁決取り消しを請求する民事裁判を提起(東京地裁)。5月24日はその結審だった。
自身の性被害については、「裁判で淡々と闘って真実を明らかにし、町長の嘘を暴いて支援者の方々に恩返しをしたい」と語る。
その一方、「リコール運動は、地方議会で悪用される可能性がある。少数派の排除や差別を助長しかねない深刻な問題です」と危機感を募らせ、広く知ってほしいと呼びかけている。
この一連の事件を理解するためには、まず、地域性を知る必要がある。
草津町は湯治で栄えた歴史があり、観光業が中心の町だ。そのため、歴代の草津町長は皆、大手ホテル・旅館のトップの男性。町議会議員も多くが旅館・ホテルのトップの男性が務めている。黒岩信忠町長はプロパン会社経営者だが、その権力構造は変わらない。
つまり、町民の多くが「従業員」として務める観光業のトップが町政も牛耳っている。
新井さんは約10年前から草津町に住んでいるが、「三代住まないと草津人ではない」というほど閉鎖的で、「不倫と人の噂話が娯楽」という話も聞いたという。
そんな草津町で、女性として初、そして草津町出身ではない住民として町議会議員になったのが新井さんだった。
リコール運動は、町議会議長を筆頭に、町議らが率先して行なっていた。観光地の草津町に、ベタベタと「新井議員をリコールに!」というポスターが貼られ、街宣車も出たそうだ。
新井さんがよく行くスーパーの入り口でも、署名を求める人が2人、客を待ち構えていた。「さすがに買い物に行けませんでした…」と新井さんは苦笑いする。
そもそも、一般の町民がリコール運動を始めたのではなく、議会議長が中心となっている時点で、住民投票としての公平性がない。
昨今、話題になっている、愛知県知事リコール不正署名事件を彷彿とさせるものだ。
スーパーのような民間施設だけではなく、公共施設の敷地内にまで「新井議員をリコールに!」のポスターが貼られたことは当然ながら問題視され、報道にも至っている。
「住民運動の仕組みを、悪用したことになります。このリコールを認めたら、民主主義が危ぶまれる。地方議会は、閉鎖された中で好き勝手なことが行なわれてしまう危険があるし、実際に、地方議員への不当な懲罰が起こっているんです」(新井さん)。
だからこそ、地方議会の住民監視が大切だと訴える。
町長との一件から現在までに、議員や議員の身内の葬儀が2回あった。新井さんは当然、お悔やみを伝えるためにお通夜に行ったが、「新井さんは帰ってください」と2回とも帰されたという。
「村八分でも、葬儀は出られると言われているんですよね。村八分以下です」と新井さん。心身ともに負担を感じ、リコール運動後は、勤務していた会社も休んでいる。
新井さんを支援する人は数多くいるが、草津町の中では、こっそり声をかけてくれる人はいるものの、「仕事がなくなるから表立って応援できなくてごめんね」という人がほとんどだ。
唯一、議会で応援してくれている中澤康治議員の存在は、心の支えでもある。
そして、群馬県内だけではなく、全国各地に新井さんの支援者がいる。
「全国フェミニスト議員連盟」も、このリコール運動を問題視し、オンライン総会では新井さんの問題について議論された。
「よく、草津町に居続けたらつらいでしょう?と心配してもらうんです。でも、逃げ出すのも違うと思っていますし、ことを明らかにする必要と責任も感じています。町に住み続けて、頑張りたいと思っています」。
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リコール取り消し裁判の判決は6月9日。新井さんへの、全ての不当な仕打ちが、司法で断罪されることを願ってやまない。(吉田千亜)
『I(アイ) 女のしんぶん』(2021年6月10日)
(注)地裁判決は、群馬選管裁決のコピペのような不当判決だったとのこと。