◆ 国際人権条約、日本政府報告の進捗について (JWCHR 国際人権活動ニュース)
議長 鈴木亜英
一、遅れている国際人権規約の審査
国際人権規約二本柱のひとつ自由権規約の委員会審査が遅れている。
本来なら、昨年中には行われるはずの自由権規約の政府報告審査がコロナ禍の影響で、じりじりと先延ばしになっている。コロナの終焉が見えないなかで、次の開催日も不明の状態になっている。
遅れているのは日本だけでなく、国連関連委員会は今のところ世界的な機能マヒの中にある。いまは審査の行われるジュネーブに入ることさえ儘ならない。
国際人権条約は主だったところだけでも7つあり、人権諸条約を批准した国は、定期的に人権状況を報告する義務があり、その都度、各条約機関の審査を受けることになっている。
自由権規約や社会権規約ではその間隔は今のところ4年に一度ということになっている。
自由権の政府報告審査は毎年3月、7月、10月に開催される定例の3会期(1会期は3週間)で行われ、1会期につき、約10ケ国が順次審査対象となってきたが、相当数がこの渋滞に巻き込まれている。
二、開催の遅れは人権改善の機会を損う
国連機関に責任のないこととは云え、開催の遅延は人権の改善にとって好ましいものではない。
自由権規約の締約国は現在173ヶ国、社会権規約のそれは現在171ヶ国(いずれも2020年10月現在)であり、順次審査を受けるとすると、一国の審査所要時間は原則1日しかない。
人権の進捗は審査を受ければよいというものではない。審査を契機に足らざるところを正すところに意味があるから、審査は人権状況改善にとって好機であり、遅れても構わないと云えるものではない。
三、完了している私たちの準備
私たち自由法曹団は自由権規約、社会権規約等にかかわる人権課題を抱える諸団体とともに国際人権活動日本委員会(参加48団体)に結集して、様々なかたちで規約の実施を進めてきた。
この諸団体から提出されたカウンターレポート(政府報告に対する反論的レポートのこと、日弁連はこれをオルタナティブレポートと呼ぶ)を検討し、提出されたレポートをまとめて、前記日本委員会レポートとして国連に送っている。
日本委員会は「経社理特別協議資格」と呼ばれる国連NGO資格を有し、活動報告を含め各種報告を授受し、常時国連の諸委員会と連絡を取り合い、情報を得ている。人権審査に当たっては参加者に必要とされる入場のためのバッジ申請も代行している。
第7回目審査となる今回審査は私たちが用意したレポートを列挙すると次の10の項目である。
1、個人通報制度の速やかな批准により、国内の人権侵害事案を国際機関に通報する道を早期に開くこと。
2、人権制約概念として「公共の福祉」を用いることの特異性について。
3、刑事再審手続きにおける証拠開示の徹底を求めること。
4、入学式・卒業式などにおける「日の丸」及び「君が代」の強制の中止を求めること。
5、治安維持法犠牲者への賠償をはじめ、国際人権・人道法の見地からの戦後処理を求めること。
6、障がい児に対する人権に基づく「包括的性教育」の実施を求めて。
7、レッド・パージ被害者への謝罪と賠償。
8、教科書検定制度を通じて、政治的意図を介入させることを止めること。
9、JAL差別的不当解雇問題について、早期に解決することを求めること。(差別禁止の見地からの主張)
10、消防職員の団結権を奪うことを合理化した日本政府の国際人権規約の「解釈宣言」は撤回し、消防職員の団結権を認めることを求める。
※今回は自由権規約の審査であるから、市民的及び政治的権利に対する規約違反が中心である。
四、なぜ人権条約の国別審査に取り組むことが重要か
日本は多くの人権条約を批准しながら、それぞれの条約に携わる個人通報制度の導入について必要な条約批准をしていない。
個人通報制度の導入に当っては、人権の本体条約とは別の付随的条約と呼ばれる別条約を批准しなければならない。
国内で人権規約の適用を求めて、その裁判手続きに及んでも、終局判断において権利が認容されなかった時、当該条約を監視する機関に不服申立のできる仕組みが機能していなければならない。
しかし、この個人通報制度を利用する道は未批准ゆえに残念ながら閉ざされている。
このことによる人権の遅れは非常に大きなものがあり、例えば、「報道の自由」の世界ランキングは66位、「ジェンダー」のそれにあっては120位である。他の人権分野も押しなべて低い水準にとどまっていて、政府は人権立国をロにするが、今や見る影もない。
日本は周回遅れの人権国家と呼ばれている。北欧各国が一位、二位を争う姿は羨ましいと云う外ない。
そんな日本に唯一国際人権機関に直接関わる機会は、4年に一度の人権の国別審査である。しかし、国別審査の当事者は条約を批准した当事国と条約の監視機関である各種人権委員会である。自由権規約であれば自由権規約委員会、社会権であれば社会権規約委員会がそれである。
これらの委員会はILOとかWHOと云った国連の機関ではなく、条約委員会と呼ばれ個々の人権条約に備わった条約履行の監視機関である。
私たちNGOは国別審査において、カウンターレポートを提出することで、人権条約の本当の姿を伝える大変重要な役割を果たすが、人権の国別審査で主役を演じるわけではない。
自国政府が人権状況について真の姿を伝えていないときに、審査前に意見を述べる機会を与えられるが、それには限界がある。
私たちは国内の裁判において、憲法にはない特色を持づ国際人権規約を用いて権利主張ができる。国際人権条約はいずれも締約国内において、活用されて初めて意味がある。それ故、不慣れを厭わず、まず使ってみることから始める必要がある。
しかし、国際人権を批准しただけで、国が個人通報制度を導入していなければどうなるか。国際機関から国際水準の人権チェックを受けることがないとなれば、裁判官にとって一つの安心材料になり、緊張感は緩む。個人通報があった場合に備えて、人権規約の成否を丁寧に検討することはほとんどないからである。
それ故、裁判官は人権規約について、研鑽を積む意欲も機会も奪われる。これまでの日本の裁判所はそうした色合いを強く持っていた。
国際人権規約は憲法にない様々な利点があるにもかかわれず、弁護士も国際レベルの人権にアクセスすることを怠りがちとなる。
国際人権を活用していないことや誤って適用することが許されてしまい折角の意義は無に帰することになりかねない。
結局個人通報制度の未批准国は批准国に人権水準において大きく水をあけられてしまうことになる。
私たちはそれゆえ、個人通報制度を早期に批准すること、本稿では触れなかった国内人権機関も同じように躊躇なく設置し、国際人権を用いることが普通の社会を早く実現したい。
このような不十分な体制にある日本にとって、自由権規約の国別審査はこの不足を辛うじて補うまたとない機会なのである。
※ 本稿は鈴木議長が自由法曹団五月研究討論集会特別報告集のために執筆した報告原稿を加筆訂正したものです。
JWCHR『国際人権活動ニュース 第139号』(2021年6月25日)