◆ 『労働組合とは何か』を読んで
~沸き肉躍る「歴史」、賛成し難しい「結論」 (レイバーネット日本)
ジャーナリスト 北 健一
昭和女子大名誉教授・木下武男さんの近著『労働組合とは何か』(岩波新書)を読みました。私は講演を何度も聴いてリスペクトし、研究会にお呼びいただいたこともあったのですぐに買って読み進めました。
中世のギルドにさかのぼってルーツを探りつつ、職業別組合、一般労働組合、米国の展開という歴史を骨太にたどる記述は、象徴的場面の活写がすばらしく、敗北と勝利、無念と高揚がよみがえるようです。
「働き方(労使関係)の変容→新しい課題の浮上→古い形態の組合の無力→労働組合の形態転換」という基本的視点も説得的ではあります。
他方、日本の現状への評価には、労働組合ないし労使関係の一端にいる身として首を傾げざるを得ません。
戦後労働組合、とくに企業別組合は「あだ花」(p278)であり、その歴史と「完全に決別すること」(p205)が提唱されているからです。
著者があげる東京電力の労務管理などは指弾されるべきものですがかなり特殊なケースであり、それをもって企業別組合の典型とするのは行き過ぎでしょう。
年功賃金が賃下げを生み出している(p212~)というのも論拠が?不十分ではありますが「賃上げの復活」こそ近年の労使関係の特徴ですし、本書で年功賃金の弊害とされるものは、むしろ査定、恣意的人事評価の弊害と見るべきでしょう。
関西生コンや音楽ユニオンの評価は私も賛成ですが、著者の描く全体の構図はいささか一面的な感じがします。
前半は魅力的で、個々の指摘も鋭いのに、なぜこうした「結論」に至るのか。
一つの理由は、労働運動ないし労使関係の最新の分析が踏まえられていないこと(米国ではニューディール期まで、英国では第二次大戦頃まで)であり、もう一つは、日本の実際の労働組合、労使関係への目配り、実証が限定的で、企業別組合批判が決めつけになっている点にあるように私には思えます。
著者が「あだ花」と呼ぶ、企業別組合が単組の多数をしめる日本の労働運動や産別組織、ナショナルセンターは、さまざまな課題を抱えつつも全体としてみれば大切な社会的資源です。
労働組合の再生は、歴史との決別ではなく、真摯な振り返りをふくむ継承の先にあるはず。その際、本書が扱っていない海外の近年の努力はもちろん、著者には「あだ花」と映っているらしい日本の労働組合の先人たちの歩みも参考になるものが多々あると感じます。
どんな制度にせよ、その国に根付いたものには、根付くだけの理由と事情があります。ヨーロッパの産別組合こそ素晴らしいというのはほぼ同感なのですが、企業別組合を全否定すれば解決するほど日本の労働者が直面する課題は単純ではないと思います。労働組合について真摯に書かれた著書について感じたことを真摯に書かないのは不誠実だと思い、書いてみました。
もっとも、本書の個々的論点には深い示唆が含まれています。
著者は、「労働問題は……国家の権力的統制のまえに、当事者の自主的組織化と統制によるべき」であり、「権力万能」論は退けるべしとする氏家正次郎の論を引き、「日本では道のりは遠いが、『権力万能』論を排し、労働社会における産業別の労使対抗基軸論をとり、力を蓄えていくべきだろう」(p152~3)という指摘など、強く共感しました。
本書が広く読まれ、労働組合運動のこれからについての真摯な議論につながることを念じています。
『レイバーネット日本』(2021-03-25)
http://www.labornetjp.org/news/2021/1616677863800staff01
闘わない労働組合の春闘、先進国で最下位の日本の賃金は、さらに実質マイナスが続く
=21春闘大手集中回答=
◆ ベアゼロ妥結相次ぐ 賃上げ率2%割り込むか
中小や未組織は更に厳しく (週刊新社会)
21春闘の大手集中回答が、3月17日と18日にあった。今年はコロナ禍を理由に、経営側の賃金引き上げを抑える力がいつもより働いている。
その手段は、四半期決算の赤字額を労働組合に突きつけ、搾取で溜め込んだ内部留保は決して賃上げに回さないというものだ。
企業の懐を表す2021年第三四半期の自己資本比率はわずかな引き下げに過ぎず、賃金引き上げに対応できる体力は十分ある。
連合の2%+2%さえ、内部から「浮世離れの要求」と揶揄され、「コロナ減収でベア要求やスト権投票は、やるべきでない」等が、決戦段階の中央委員会で発せられる。春闘の要求、闘い方にプレーキをかける組織の弱さが露呈する。
経営側の投げたボールに対応する労働組合づくりが幅をきかせている。コロナの赤字宣伝は、春闘封じに利用されている。
経営側の赤字宣伝が功を奏し、労働組合は要求を引き下げた。その効果は集中回答で、てきめんに現れた。
賃金を底上げするベースアップは、ゼロ回答が相次いだ。
賃上げ率は昨年まで、大手は7年連続で2%台だったが、今年は8年ぶりに2%の割り込みは確実になった。
経営側は毎度、賃上げを一時金にシフトさせてくる。大企業は年収の半分が賞与になっている。
「コロナ禍で経営側は『先行き不透明』を強調し、交渉は難航した」と金属労協の高倉明議長は、17日の記者会見で語った。
金属労協傘下の大手54組合のうち、ベアを獲得したのは29組合にとどまる。
今春闘は、要求段階からベアの引き下げや見送りが相次いだ。
旅行減などで飛行機の部品生産が打撃をうけた重エ業大手3社や、ベア要求を900円まで引き下げた私鉄も小田急を除きベアゼロ。
三菱自動車、本田技研は会社立て直しの名目を受け入れベアなしで妥結した。
近畿日本ツーリスト労組などは、春闘要求そのものを見送った。
JR東日本に至っては定昇は半分だ。
一方、テレワーク事業などが堅調だった電機業界は、日立製作所など大手6社すべてが、昨年とほぼ同水準の月1000~1200円のベアを獲得した。
これから結果が分かる百貨店や航空などは、より厳しい回答が多い可能性が高く、まして中小労働組合や未組織職場の賃金引き上げはより厳しくなる。
最終的な全職場平均集計は昨年の1・3%よりを下回ることは確実に。
2000年以降、日本の実質賃金はマイナスが続く。先進国で最下位なのにGDPは第3位にある。
大手の労働者の立ち上がりがなければ労働者階級に光は届かない。
『週刊新社会』(2021年4月6日)