=大阪「君が代」裁判=
 ◆ 橋下・松井知事がつくつた条例は「思想差別」 (週刊金曜日)
永尾俊彦

 3月、大阪府立学校の教師ら7人卒・入学式での「君が代」斉唱の際に不起立だったことに対しての処分取り消しを求めた裁判不当判決があった。大阪では「君が代」へ敬意を払わない教師らに東京以上の苛烈な処分が行なわれている。
 3月26日午後2時、大阪地方裁判所の内藤裕之裁判長が入廷した。傍聴者は誰も起立しない。
 裁判長は、大阪府立学校の現職元職の教師7人が2012~14年の卒・入学式の「君が代」斉唱の際に起立せず、大阪府教育委員会から受けた戒告処分の取嫉消しを求めた裁判の判決を告げた。
 「主文、原告らの請求をいずれも棄却する…
 内藤裁判長は一度も傍聴席を見ることなく、判決だけ読むと逃げるように去った。この間約20秒。
 「おそまつ」
 「何やこれ、しょうもな」
 傍聴席から、裁判長の背中に吐きかけるように野次が飛んだ。


 不起立で減給処分を受けた元教師が取り消しを求めた別の「君が代」裁判で、内藤裁判長は16年7月に原告に敗訴を言い渡している。
 その判決には、その時点で原告が申し立てた事案は人事委員会で審理が続いていたにもかかわらず、「裁決が行われた」とする事実誤認があった
 この日の判決も原告の1人について「起立斉唱せよ」と校長の職務命令が実際には出されていなかったのに、「発したと認められる」とし、事実をねじ曲げていた
 だが、それ以上に判決で原告が問題視するのは次のくだりだ。
 「自己の教育上の信念等を優先させて、あえて式典の秩序に違反する特異な行動に及んだもので、厳しい非難に値する
 まるで不起立がエゴイズムの表れであるかのようだ。これは被告の大阪府すら主張していない。

 ◆ 世間に則った判決

 原告の梅原聡さん(62歳、理科)は、もともと「日の丸・君が代」に対する強いこだわりはなかった。だが人権教育の担当になり、「日の丸・君が代」のもと、日本のアジア侵略の歴史を生徒と学ぶ中で、在日コリアンの生徒らに苦痛を与える「日の丸・君が代」を卒業式などに持ち込むべきではないと考えるようになった。
 これはエゴなのか。「私たちが守ろうしているものが、内藤裁判長には見えていません」と梅原さんは言う。

 11年、当時の橋下徹府知事が主導して教職員に「君が代」の起立斉唱を義務付けた全国初の国旗国歌条例を成立させ、翌12年には後継の松井一郎府知事が職務命令違反の累積5回、同一内容の違反は3回で免職とする職員基本条例を成立させた。
 後者は、俗に「スリーアウト制」と呼ばれ、起立しない教師の排除がねらいであることは明らかだ。
 橋下前府知事は、「府教育委員会が国歌ば立って歌うと決めている以上、公務員に個人の自由はない。従わない教員は大阪府にほいらない」などと述べている(11年5月17日付『読売新聞』夕刊)。

 故・西原博史早稲田大学教授(憲法)はこの発言を原告側が大阪地裁に提出した鑑定意見書で引用し、「明確な思想差別」で「橋下(前、筆者注)知事が自らを憲法を超越した権力的な高みに立つと誤認した結果」だと指弾している。
 12年から17年までに延べ62人の教師が不起立で戒告、減給などの処分を受けたが、免職はまだない。
 東京都教育委員会は不起立3回以上でも停職に留め、免職にはしていない。大阪は東京より苛烈だ

 このような強制は、生徒への強制にもなる。そこで、梅原さんは12年の卒業式で起立しなかった。それを目撃した来賓の西田薫府議(大阪維新の会)が、挨拶の際に「おめでとう」の言葉はなく、「ルールを守れない教員がいることをお詫びします。ほんとうにごめんなさい」と発言した。
 その後、西田府議は式の顛末(てんまつ)を「残念な卒業式」と題してプログで報告。支持する意見もあったが、卒業生や保護者から「子どもたちの恩師を公の場で辱めていいのか」など抗議のメールが殺到、西田府議は謝罪に追い込まれた
 それでも、「不起立教員には、卒業生を思う気持ちが全くないということが今回、改めて深くわかりました」「ルールはルールです。早く。こういった教員は辞めてもらうしかない」(同年3月26日)と続けて書いている。
 梅原さんは240人の全卒業生に不起立の理由を説明する手紙を送った。「おかしいことには声をあげるべき」などの返信があった。

 だが、西田府議、橋下前府知事らを支持する人が世間には多い。「かつて国策としての戦争遂行に協力し、『立派に闘ってこい』と言って送り出した戦中の世間の人々の意識がそのまま残っているように感じます」と梅原さん。
 原告の志水博子さん(65歳、国語)は、「内藤裁判長は、憲法ではなく世間に則って判決を書いているんです」と言った。
 14年の卒業式でも、梅原さんは起立しなかった。

 ◆ 儀礼的所作か宗教的行為か

 原告の奥野泰孝さん(60歳、美術)は、キリスト教の信仰を持つ。
 だから「教師がルールを守らないのはおかしい」という世間でよく言われる批判に対しては、イエスが「律法は律法のためにあるのではなく、人のためにある」と述べたことをあげ反論している。
 内藤判決は、起立斉唱は「儀礼的所作で宗教的意味合いを持つ行為ではない」とする。そして起立斉唱を命じる国旗国歌条例に基づく職務命令は憲法20条の信教の自由の間接的制約になるとは言うが、その「制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められる」ので20条違反ではないと判示した。これは、同様の裁判の最高裁判決(11年)の枠組み通りだ。
 奥野さんは、特別支援学校に勤務していた12年の卒業式の不起立で戒告処分を受けた。「障がいで起立できない生徒が多い特別支援学校にまで一律に起立斉唱を強制するのは無理です」
 だが、内藤判決は「厳粛性の確保のため、一定の手順に則った行動(筆者注、起立斉唱)を求めることは相当で、これは支援学校であっても変わらない」どした。
 「信仰を持ったり、特別支援学校にいると、『日の丸・君が代』強制の問題点がよくわかります」と奥野さんは話す。
 内藤判決は国旗国歌条例についても「起立斉唱は儀礼的所作」とし、「一方的観念を子どもに植えつける」という原告の主張をしりぞけた。

 7人の原告の裁判を支援する「『日の丸・君が代』強制反対・不起立処分を撤回させる大阪ネットワーク」(大阪ネット)の黒田伊彦(くろだよしひろ)代表は、「同調圧力で天皇のカリスマ性を身体化し、無意識に国家に従うのが正しいと一方的に思わせるのが卒業式、入学式の本質です」と指摘する。そこには儀礼を超えた宗教的要素がある。
 原告は控訴するが、「起立斉唱が儀礼的所作ではなく、宗教的行為だという立証の強化が必要です」と黒田代表は話した。

『週刊金曜日 1181号』(2018/4/20)