はびこるヘイト・差別、政治と右派言動が醸成
 ◆ 日本政府と国会は「差別禁止法」の制定を (週刊金曜日)
片岡伸行

 ヘイトスピーチ解消法施行からまもなく2年。日本社会にはまだまだヘイト、差別がはびこっている。「国際人種差別撤廃デー」(3月21日)に際し、人権NGOが集会を開き、差別の実態を報告するとともに8月の日本審査に向けて速やかな法整備を求めた
 〈現在の日本においてそれほどの人種差別思想の流布や人種差別の煽動(せんどう)が行われている状況にあるとは考えていない〉
 日本政府が2017年7月に国連人種差別撤廃委員会に提出した報告書にそうある。
 しかし、日本政府の見解と認識は事実とかけ離れた絵空事であり、虚偽としか思えない。

 ◆ ヘイトスビーチの実態
 東京・永田町の参議院議員会館内で3月20日、「人種差別撤廃と日本の課題~人種差別撤廃委員会8月日本審査に向けて」と題する集会が開かれた。


 主催は人権差別撤廃NGOネットワーク(ERDネツト)。85団体、30個人が加盟し、国連や政府に向けて提言活動を行なっている。

 集会の最初に「緊急報告」をしたのは社会学者の明戸隆浩(あけどたかひろ)さん(関東学院大学非常勤講師)。
 16年6月3日に施行されたヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)の施行後の状況を、「2017年のヘイトスピーチの実態」と題して報告した。
 「15年に73件あったヘイトデモは16年に42件、17年に49件と減少・横ばいだが、街宣活動は15年が237件、17年は280件とむしろ増加している。一定の成果はあるが、ヘイトスピーチが解消されたとはとても言えない状況」と指摘。

 2月23日に発生した朝鮮総聯中央本部(東京都千代田区)銃撃事件(右翼活動家ら2人逮捕)を例に挙げ、「17年だけに限っても朝鮮総聯に対しては『今すぐ解体』『テロリスト』などのヘイトスピーチがなされた。
 事件前の2月11日には国際政治学者の三浦瑠麗(みうらるり)さんの『スリーパー・セル(潜伏工作員)』発言があり、事件当日には自民党の山田賢司(やまだけんじ)衆院議員が朝鮮籍者の就労を制限すべきなどという驚くべき発言をしている。
 これらの発言に煽動されたとは言えないが、朝鮮総聯であれば何をしてもいいという雰囲気が醸成されていた」と述べた。

 明戸さんはまた、この事件に対するYahoo!ニュースの反応について「8割方が容疑者を支持し、事件を擁護・称賛している」とし、「最初は『自作自演』説、容疑者の名前が明らかになった後は『自業自得自よくやった』『もっとやれ』などのパターンがあった」と分析。
 「ヘイトスピーチは単なる表現ではなく、こうした暴力事件を前後から支える形で現実的な広がりを見せている。こうした実態調査は本来、公的な機関がやるべきで、法的措置を含めた対処が必要」と訴えた。

 弁護士の原田(趙)學植(チョバクシク)さん(在日韓国人法曹フォーラム)もこの銃撃事件に触れ、「実行犯はヘイトスピーチデモに何度も参加していた」人物で、「ヘイトスピーチ(差別・憎悪言動)とヘイトクライム(犯罪)とが相乗的に発生するものであることが示されている」と指摘。
 「ヘイトスピーチ解消法には限界があり、新たな法整備が必要だ」と強調した。

 ◆ 年金、教育の差別と闘う
 「在日」と呼ばれる韓国・朝鮮人をめぐる差別は歴史的かつ今日的な政治的問題でもある。
 「年金制度の国籍条項を完全撤廃させる全国連絡会」の李幸宏(リヘンゲン)さんは、植民地時代に日本国籍を取得し長年にわたり「日本人」として働いてきた在日コリアン一世が、1952年に一方的に日本国籍を取り上げられ、社会保障制度が確立した59年以後現在に至るまで国民年金の受給資格から除外されているとし、「日本政府がこの国籍条項を削除したのは82年になってからだが、受給資格をさかのぼって認めなかったため無年金になった」と指摘。
 車椅子で報告した李さんは「在日障がい者の誰もが、障がいがあることに加え、無年金で足を引っ張られながら生きている。私がこの取り組みを始めたのが22歳で、今は57歳。もうしばらくするど老齢年金の年齢になる。差別を認め、法改正を」と訴えた。

 全国10校ある朝鮮高級学校を「高校無償化」制度の対象から除外している日本政府の「教育差別」問題については、在日本朝鮮人人権協会の朴金優綺(パクキムウギ)さんが報告。
 「日本政府は14年の国連勧告後も除外を継続しているばかりか、16年3月には28の都道府県の中で(朝鮮学校に)補助金を出している自治体に『見直し』を通知し、補助金をカットさせた」とし「国連勧告に真っ向から違反し、民族教育を受ける権利を侵害している」と訴えた。
 同日は東京朝鮮中高級学校の卒業生61人が国に損害賠償を求めた訴訟の控訴審が東京高裁でスタート。同種の訴訟では大阪地裁が国の「規定除外」を違法としており、司法判断が注目される。

 ◆ 部落問題と先住民の権利
 「人種差別」はいわゆる在日だけにとどまらない。17年10月時点で127万8000人余(厚生労働省調べ)と急増している外国人労働者のうち、技能実習生の実態について、「移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)」の山岸素子(やまざしもとこ)さんが報告。
 山岸さんは3月6日付『日経新聞』の「除染作業に技能実習生」との記事を紹介し、「技能実習生制度は途上国への技術移転を目的とするもので人種差別ではないと政府は主張するが、制度そのものが人身売買の温床」と指摘。難民認定の異常な少なさや入管収容施設での劣悪な処遇問題にも触れ、移住者への人権侵害が横行していると訴えた。

 「鳥取ループ・示現舎」(宮部龍彦代表)が16年にネット上に掲載し販売した『全国部落調査・復刻版』をめぐり、出版・販売の慾正を申し立てた部落解放同盟の和田献一(わだけんいち)さんは「横浜地裁で権利侵害が認められ、仮処分決定が出されたが、その後も電子版が販売され掲載は止められず。現在も損害賠償請求訴訟が東京地裁で続く。部落差別を助長させる地名総覧は表現の自由、出版の自由で保護すべき法益ではない」として、包括的な差別禁止法の制定を求めた。

 札幌アイヌ協会の阿部ユポさんは「日本の国がアイヌに対して何をしたのか。1869年に明治政府によって土地を奪われ、生業を禁止され、アイヌ語を禁止されて自分の名前も創氏改名された。そのあと朝鮮半島に行って日本は何をしたのか。08年にアイヌ民族を先住民とする国会決議がなされたが、先住民としての権利回復のための法制化を求めている」などと述べた。

 ◆ 包括的な法整備求める
 集会ではまた、人種差別国連特別報告者のテンダイ・アチウメさん(米カリフォルニア大学教授)のビデオメッセージも流された。
 アチウメさんは「日本が包括的な差別禁止法を制定することは喫緊の課題」とし、その要請を受け入れてもらうため日本政府に公式訪問を要請した、などと述べた。

 集会最後には外国人人権法連絡会の師岡康子(もろおかやすこ)弁護士が「集会アピール」を提起。
 日本政府と国会に対し、差別撤廃制度の整備や今年8月の人種差別撤廃委員会の日本審査までにこれまでの勧告を実施することなどを求めた。
 集会には・古賀ゆきひと(民進)、福島みずほ(社民)、糸数慶子(沖縄の風)、尾辻かな子(立憲民主)、有田芳生(同)、長尾秀樹(同)の各党国会議員も参加。それぞれ法整備の必要性を訴えていた。

かたおかのぶゆき・編集部。
『週刊金曜日 1179号』(2018.4.6)