弁護人を取調べに立ち会わせる権利の明定を求める意見書

 2018年(平成30年)4月13日 
日本弁護士連合会 

第1 意見の趣旨検察官,検察事務官又は司法警察職員は,被疑者又は弁護人の申出を受けたときは,弁護人を取調べ及び弁解の機会に立ち会わせなければならない旨を刑事訴訟法上に明定すべきである。 

第2 意見の理由
 1 弁護人を取調べに立ち会わせる権利を明定する必要性 

(1) 憲法上の権利の保障 
 
憲法は,被疑者及び被告人に弁護人の援助を受ける権利を保障している(憲法第34条,第37条第3項)。被疑者と捜査機関との間には極めて大きな力の差が存在するところ,弁護人の助言その他の援助を最も必要とするのは,捜査機関と直接対峙し,供述を求められる取調べの場面である。被疑者が取調べに弁護人を立ち会わせ,その助言を受けることを求めているときに,捜査機関がそれを妨げて取調べを行うことは,弁護人の援助を受ける権利を不当に制限するものである。 また,取調べにおいて,個人の尊厳を守り,供述の強要ひいてはえん罪を防止するためには,黙秘権(憲法第38条)の実質的な保障,すなわち,捜査機関の圧力に屈することなく,自由に黙秘権を行使できる状況を確保することが必要である。

取調室において,被疑者又は被告人が単独で捜査機関の圧力を排し,自由に黙秘権を行使することは著しく困難である。このことは,被疑者又は被告人が身体を拘束されている場合に一段と顕著である。
捜査機関が,弁護人の立会いを妨げることにより,自由に黙秘権を行使することが困難な状況を作り出して取調べを行うことは,黙秘権を実質的に侵害するものである。
個人の尊厳を守り,供述の強要ひいてはえん罪を防止するため,弁護人を取調べに立ち会わせる被疑者及び被告人の権利を確立することが必要である。

 (2) 自由権規約委員会等による勧告 
1 起訴されて被告人となった者が取調べを受ける場合を含む。

以下同じ。 

2 弁護人を取調べに立ち会わせる権利の確立は,自由権規約委員会等からも勧告されてきた。
市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)の実施を監督する機関である自由権規約委員会は,これまで,取調べにおける弁護人の立会いを保障するよう繰り返し日本政府に求めてきた。
同委員会は,2008年10月,日本政府が提出した第5回定期報告の審査を経て採択した総括所見において,真実を明らかにするよう被疑者を説得するという取調べの機能を阻害するとの理由で取調べにおける弁護人の立会いが認められていないことについて懸念を表明し,自由権規約第14条が保障する被疑者の権利を保障するために,全ての被疑者に弁護人が取調べに立ち会う権利を保障すべきであると勧告した(第19項)。

また,2014年7月,日本政府の第6回定期報告に関して採択した総括所見においても,逮捕時から弁護人を依頼する権利を保障することのほか,弁護人が取調べに立ち会うことを保障するよう日本政府に求めた(第18項)。 

さらに,拷問禁止委員会も,2013年5月,日本政府の第2回定期報告に関して採択した総括所見において,日本の刑事司法制度が,弁護人が不在のまま代用監獄に収容中に得られた自白に大きく依拠していることや,全ての取調べにおいて弁護人の立会いが義務付けられていないことについて懸念を表明した(第11項)。 

日本は,条約の締結国として,これらの勧告を真摯に受け止め,履行すべき立場にあり,速やかに弁護人を取調べに立ち会わせる権利を確立する法整備を行う必要がある。

 (3) 諸外国の状況 弁護人を取調べに立ち会わせる権利は,弁護人の援助を受ける権利や黙秘権を実質的に保障するために必要なものとして,既に多くの国及び地域で確立されている。 

憲法において日本と同様の権利を保障しているアメリカ合衆国では,1966年,連邦最高裁判所が,身体拘束下における取調べは,本質的に強制的な圧力を内在しているとして,被疑者の黙秘権を保障するためには取調べに弁護人を立ち会わせる権利の保障が不可欠であると判断した(「ミランダ判決」)。

同判決は,身体拘束下の取調べに先立ち,捜査機関に対し,
①黙秘権,
②供述が不利な証拠となり得ること,
③弁護人を取調べに立ち会わせる権利及び
④公選弁護人の援助を受ける権利の告知(「ミランダ警告」)を要求  
     2 ミランダ対アリゾナ,Miranda v. Arizona, 384 U.S. 436 (1966).  
するとともに,被疑者が黙秘権又は弁護人を取調べに立ち会わせる権利を行使した場合には,捜査機関は取調べを直ちに中断しなければならないことを明示した。ミランダ判決はその後判例として確立され,2000年,連邦最高裁判所は,ミランダ警告がアメリカ国内の文化の一部となったと言えるほどまでに捜査実務に深く根付くに至ったと評価し,ミランダ判決が示した法則は,立法によって変更することのできない憲法上の法則であると判断した 。
 ヨーロッパ諸国では,2008年11月27日,欧州人権裁判所が,原則として弁護人に対するアクセスは警察による最初の被疑者取調べから提供されることが求められると判断し,その後,取調べに弁護人の立会いを求める権利を含む弁護人に対するアクセスの権利に関する判例法が形成された。

 欧州議会とEU理事会は,2013年10月22日,取調べに弁護人の立会いを求める権利を保障するEU指令を採択した。
具体的には,被疑者及び被告人は,捜査機関による取調べに弁護人の立会いを求め,積極的に参加してもらう権利を有し,弁護人は取調べに際して質問し,意見を述べることができるものとされ,加盟国は,経過期間内(2016年11月27日まで)に同指令を国内法化して実施することを義務付けられた。そして,ほとんどのEU加盟国において,国内法が見直され,同指令に整合するよう立法措置が講じられた。 

日本と刑事手続が類似する韓国においても,弁護人を取調べに立ち会わせる権利が確立されている。
2003年11月11日,大法院が,弁護人の援助を受ける権利を実質的に保障するため,憲法及び法律が接見交通権を保障していることを指摘し,被疑者は取調べ中に弁護人の立会いを求める権利を有すると判断した。
その後,2007年6月1日,刑事訴訟法が改正され,被疑者又はその弁護人,被疑者の配偶者等一定の親族の請求があった場合に,捜査機関は弁護人を取調べに立ち会わせなければならない旨が明文で規定された。
被疑者が弁護人を取調べに立ち会わせる権利を行使したにもかかわらず捜査機関が取調べを続けた場合の効果について,大法院は,2013年3月28日,被疑者が弁護人を取調べに立ち会わせる権利を行使する旨を表明した場合に,取調べを継続することは違法であると判断し,その取調べで作成された供述調書の証拠能力を否定した。 

台湾においても,1982年8月4日,刑事訴訟法の改正により,弁護人が取調べに立ち会うことができる旨が規定され,2000年7月9日には,弁護人が取調べ中に発言することができる旨が規定された。
さらに,2013年1月23日には,被疑者又は被告人が弁護人の選任を表明した場合には,取調べを直ちに止めなければならない旨が規定された。 

このように,弁護人を取調べに立ち会わせる権利は,弁護人の援助を受ける権利や黙秘権を実質的に保障するために必要なものとして,既に多くの国及び地域で確立されている。

日本が人権保障水準においてこれ以上の後れを取らないためにも,速やかに弁護人を取調べに立ち会わせる権利を確立する法整備を行う必要がある。

 (4) 刑事訴訟法の規定 刑事訴訟法上,弁護人の取調べへの立会いを否定する規定は存在しない。 

むしろ,弁護人の取調べへの立会いは,憲法が保障する弁護人の援助を受ける権利及び黙秘権から導かれるものであり,犯罪捜査規範には,弁護人の取調べへの立会いを前提とする規定が存在する(第180条第2項)。ところが,実務上は,長年にわたり,弁護人の取調べへの立会いが否定されてきた。弁護人の援助を受ける権利や黙秘権は,実務上,不当に制限され,実質的に侵害されてきたものと評されるべきである。そのような取調べの実務を改め,弁護人を取調べに立ち会わせる権利を確立するために,刑事訴訟法にその明文規定を設けるべきである。具体的には,検察官,検察事務官又は司法警察職員は,刑事訴訟法第198条第1項の規定による取調べをする場合において,被疑者又は弁護人の申出を受けたときは,弁護人を立ち会わせなければならない旨を明定するべきである。刑事訴訟法第203条第1項,第204条第1項又は第205条第1項(第211条及び第216条においてこれらの規定を準用する場合を含む。)の弁解の機会についても,同様とすべきである。2 反対意見について7 韓国刑事訴訟法第243条の2(2008年1月1日施行)。 

 日本政府は,弁護人を取調べに立ち会わせる権利の保障について一貫して消極的な態度を取ってきた。その理由として,
①被疑者と信頼関係を築き,被疑者から真実の供述を得ることにより事案の真相を解明するという取調べの本質的機能が阻害されるおそれがあること,
②捜査方法や情報源等が逐一弁護人に知られることを避けるために,取調官が被疑者に対して十分な質問を行えなくなること,
③限られた身体拘束期間内に迅速に十分な取調べを遂げることが困難となることを挙げている。また,法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会においても,
④取調べの在り方を根本的に変質させて,その機能を大幅に減退させることとなるおそれが大きく,取調べの機能や取調べ以外の証拠収集手段の在り方等の相違を無視して諸外国と比較するのは相当ではないなどの反対意見が述べられた。 

しかし,これらの反対意見は,いずれも,弁護人の立会いを妨げて取調べを行うことを正当化する理由を示すものとは言えない。
①従来の弁護人の立会いのない取調べにおいて「被疑者と信頼関係を築き,被疑者から真実の供述を得ることにより事案の真相を解明する」機能が果たされていたなどという言い分は,全く実証的根拠を欠くものである。むしろ,明らかになっているのは,弁護人の立会いのない取調べにおいて,虚偽の供述が強要され,えん罪が作り出されてきたという事実である。「被疑者と信頼関係を築き,被疑者から真実の供述を得る」という名目で,虚偽供述の強要が繰り返されてきたのであるから,そのような前時代的で不合理な発想自体が,転換されなければならないものである。
②「捜査方法や情報源等が逐一弁護人に知られる」ことになるという点についても,弁護人は被疑者との接見交通や取調べの録音・録画の記録媒体により取調官の言動を知り得るのであるから,弁護人の立会いを妨げることを正当化する理由となり得ない。
③身体拘束は取調べを目的とするものではないし,仮に法定の身体拘束期間内に取調べをする必要があるとしても,そもそも被疑者及び被告人は黙秘権を有しているのであるから,そのことは,弁護人の立会いを妨げて取調べを行うことを正当化する理由とならない。
④弁護人の援助を受ける権利や黙秘権は憲法上の権利であり,取調べはそれらの権利を侵害しない範囲で機能すべきものであるから,日本独自の「取調べの機能」を観念し,  第1回政府報告に関する拷問禁止委員会の最終見解(CAT/C/JP/CO/1)に対する日本政府コメント(仮訳)4ページ以下。

第2回政府報告に関する拷問禁止委員会からの質問に対する日本政府回答(仮訳)7ページ。 

 法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」(平成25年1月)21ページ。 

それを理由として弁護人の援助を受ける権利や黙秘権を制約することは許されない。そして,2016年の刑事訴訟法等の一部改正により,取調べ以外の証拠収集手段が拡充されたことを考慮しても,自由権規約委員会等の勧告の履行を拒み,人権保障水準においてこれ以上の後れを取ることは,許されないと言うべきである。
 
3 弁護人を取調べに立ち会わせる権利の内容 

弁護人を取調べに立ち会わせる権利の内容は,各国の制度によっても異なっているが,弁護人の援助を受ける権利及び黙秘権が憲法の明文上保障されている日本においては,次のような内容の権利として確立されるべきである。捜査機関は,取調べに先立ち,被疑者に対し,自己の意思に反して供述をする必要がない旨に加えて,弁護人を立ち会わせ,その助言を受けることができる旨を告げなければならないものとすべきである。権利を実効的に保障するためには,権利の告知が不可欠だからである。被疑者が弁護人の立会いを申し出,又は弁護人の申出を受けて立会いを希望しているときは,弁護人が現実に立ち会わない限り,取調べをすることは許されず,取調べを中断しなければならない。憲法が黙秘権を保障している以上,被疑者は,逮捕又は勾留されているか否かにかかわらず,取調べを受忍する義務はないと解されなければならないところ,弁護人の立会いを希望している被疑者に,弁護人の立会いのない取調べを受ける義務はないからである。そして,被疑者が取調べに先立ち又は取調べ中に捜査機関に対して弁護人の立会いを申し出た場合,捜査機関は直ちにその旨を弁護人に伝えなければならないものとすべきである。そうすることが,被疑者が弁護人の助言その他の援助を受けるために必要だからである。被疑者に弁護人が選任されていない場合は,直ちに弁護人を選任できるようにする必要がある。弁護人が捜査機関に対して立会いを申し出た場合,捜査機関は,弁護人の立会いを妨げてはならず,直ちに被疑者に対して,弁護人の申出があった旨を伝えなければならないものとすべきである。弁護人は,取調べを受けている被疑者に助言をし,取調官の違法又は不当な言動に対して意見を述べることができる。被疑者に助言をすること及び捜査機関の違法又は不当な言動に対して意見を述べることは,いずれも弁護人の基本的な役割であり,取調べに立ち会ったときに,それらの役割が制約を受けるべき理由はないからである。被疑者は,取調べを受忍する義務はないのであるから,弁護人の助言を受け又は自らの判断で,いつでも取調べを終えるよう求めることができるし,取調べを中断して接見することを求めることができることになる。
弁護人も,秘密交通権を有するのであるから,取調べを中断して接見することを求めることができる。 
捜査機関が,弁護人を取調べに立ち会わせる権利を侵害して取調べをすることは,重大な違法であるから,当該取調べにおける供述及びこれに基づいて得られた証拠は,証拠能力が否定されるべきである。 
以上は,憲法が保障する弁護人の援助を受ける権利及び黙秘権から導かれるべき,弁護人を取調べに立ち会わせる権利の内容であるが,その権利を明確なものとするため,刑事訴訟法にも,明文規定を設けるべきである。さらに,弁護人を取調べに立ち会わせる権利を被疑者が適切に行使できず,又は不適切に放棄させられるような事態を防止するため,弁護人又は弁護人となろうとする者の申出のみによって一定時間立会いのない取調べを制限する制度設計や,弁護人の立会いを必要的なものとする制度設計も考えられる。そのような制度を実現するためには,速やかに弁護人を派遣することのできる対応態勢を全国的に整備することが課題となる。弁護人を取調べに立ち会わせる権利についてどのような制度設計をするとしても,逮捕された被疑者に対し,取調べを受ける前に弁護士の助言を受ける機会を保障すべきであり,十分な予算措置を伴った公的弁護制度の質的・量的な拡充が図られるべきである。 
以上
 
3 ディッカーソン対アメリカ合衆国,Dickerson v. United States, 530 U.S. 428 (2000). 4 サルドゥズ対トルコ,Salduz v. Turkey, Application no. 36913/02, Judgment of the European Court of Human Rights, Grand Chamber (GC), 27 November 2008. 5 Directive 2013/48 EU of the European Parliament and of the council of 22 October 2013 on the right of access to a lawyer in criminal proceedings and in European arrest warrant proceedings, and on the right to have a third party informed upon deprivation of liberty and to communicate with third persons and with consular authorities while deprived of liberty, 6.11.2013 OJ L 294/1. 6 大法院2003年11月11日決定。 



刑事訴訟法第198条第1項本文を「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の 捜査をするについて必要があるときは,被疑者の出頭を求め,被疑者の明示した意思に反 しない限り,これを取り調べることができる。」と改正するなどして,逮捕又は勾留され ている被疑者についても,取調べ受忍義務のないことを明確化すべきである(「新たな刑 事司法制度の構築に関する意見書(その1)」(2012年6月14日))。 

「新たな刑事司法制度の構築に関する意見書(その3)」(2012年9月13日)

日弁連HP