第3 死刑制度の廃止を目指す

1 日本における死刑制度と当連合会

(1) 現在、我が国には約130人の死刑確定者がおり、毎年、死刑判決が言い渡され死刑の執行が繰り返されている。
 
しかし、歴史上日本で死刑が執行されなかった時期が300年以上存在することを忘れてはならない。嵯峨天皇は、えん罪による処刑を懸念して、818年から死罪を遠流か禁獄に減刑した。これ以来、日本では347年間という長期間にわたって、律令による死刑は執行されなかった。死刑は、古くからの日本の不易の伝統ではない。
 
また、1940年代に行刑局長を務めた正木亮氏は、「囚人もまた人間なり」として行刑累進処遇令を策定し死刑制度の廃止の運動を指導した。多くの国々では死刑廃止の活動は法務省の幹部によって指導された。国会では1956年と1965年の二度にわたって死刑廃止法案が提出されてきた。
 
ところが、近時はそのような動きも少なくなり、今や死刑廃止を公に語る法務省幹部もいない。かえって、国連自由権規約委員会や国連拷問禁止委員会等の国際機関から、国際人権(自由権)規約第6条(生命の権利)、第7条(非人道的な刑罰の禁止)、第14条(公正な裁判の保障)等を根拠に、次の諸点について幾度となく改善を勧告されているにもかかわらず、我が国では、今日まで勧告に対して見るべき改善がなされていない。
 
①死刑の存廃に関する議論を行うための死刑執行の基準、手続、方法等死刑制度に関する情報が公開されていないこと。
 
②死刑判決の全員一致制、死刑判決に対する自動上訴制、死刑判決を求める検察官上訴の禁止等の慎重な司法手続が保障されていないこと。
 
③死刑に直面している者に対し、被疑者・被告人段階、再審請求段階、執行段階のいずれにおいても十分な弁護権、防御権が保障されていないこと。
 
④犯行時少年や心神喪失の者の死刑執行が行われないことを確実にする制度がなく、心神喪失の者が処刑されたと疑われる事例があること。
 
⑤死刑確定者に対して、外部交通の範囲が厳しく限定されていること。
 
⑥その処遇が独房で行われ、他の被拘禁者との接触が断たれているために心身の健康を害する例が多いこと。
 
⑦死刑執行の告知が当日の朝になされること。
 
(2) 当連合会は、2011年10月7日、香川県高松市における第54回人権擁護大会において高松宣言を採択した。
 
高松宣言は、死刑が、かけがえのない生命を奪う非人道的な刑罰であることに加え、罪を犯した人の更生と社会復帰の観点から見たとき、更生し社会復帰する可能性を完全に奪うという問題点を内包していることや、裁判は常に誤判の危険をはらんでおり、死刑判決が誤判であった場合にこれが執行されてしまうと取り返しがつかないこと等を理由として、死刑のない社会が望ましいことを見据え、死刑廃止についての全社会的議論を直ちに開始することを呼び掛ける必要があるとしたものである。
 
高松宣言を実現するために、当連合会は、全弁護士会から委員の参加を得て、死刑廃止検討委員会を設置し、法務大臣に対して死刑執行の停止を要請する活動、国会議員・法務省幹部・イギリス大使等のEU関係者(EUは日本に対し死刑廃止・死刑執行停止を求めている。)・マスコミ関係者・宗教界との意見交換、海外調査(韓国、米国のテキサス州、カリフォルニア州及びイリノイ州、イギリス並びにスペインの死刑及び終身刑等の最高刑の調査)、政府の世論調査に対する当連合会意見書の公表、死刑廃止について考えるためのシンポジウム等の開催、市民向けパンフレットの発行等たゆまぬ活動を重ねてきた。世論調査の設問が幅広く、より公平な内容に変わったのも、当連合会等の働き掛け等によるものである。
 
また、各地の弁護士会・弁護士会連合会においても、死刑制度について検討するための委員会等を設置しており、全国で死刑をテーマにしたシンポジウムも数多く開催されている。死刑の執行に抗議する会長声明、談話等も、数多くの弁護士会・弁護士会連合会で公表している。
 
このように当連合会が死刑廃止について全社会的議論を呼び掛ける中で、国内外を問わず、「人権擁護団体である日弁連が死刑廃止を目指すことを宣言し、その実現のために行動するべきではないか」とする意見が寄せられ、当連合会に対して死刑廃止についての明確な判断を示すことが求められている。高松宣言を深化させ、当連合会自らが死刑廃止を目指すべきことを宣言した上で、その実現のために活動することこそが求められているのではないだろうか。
 
2 袴田事件:現実的な誤判・えん罪の危険性

2014年3月、当連合会が支援している袴田巖死刑確定者が、約48年ぶりに東京拘置所から釈放された。再審開始が決定され、死刑と拘置の執行が停止されたのである。我が国では、1980年代に4件(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)の死刑事件について再審無罪が確定しているが、袴田事件の再審開始決定は、誤判・えん罪の危険性が具体的・現実的であることを、改めて私たちに認識させるものであった。
 
袴田事件は1966年に起きた事件であるが、犯人とされた袴田巌氏は、当時30歳であり、死刑確定から再審開始決定まで約33年、逮捕から再審開始決定・釈放まで約48年を要し、釈放時は78歳であった。しかし、検察側が即時抗告したことから、現在、即時抗告審が東京高等裁判所に係属中である。袴田巌氏は、長期間にわたる死刑執行の恐怖と、昼夜間独居拘禁の中での収容により、心身を病んでしまった。
 
また、当連合会が支援する名張事件の奥西勝氏は、第一審の津地裁で無罪となったものの、控訴審の名古屋高等裁判所で逆転死刑となり、その後、再審開始決定が出されたが検察官の異議申立てにより取り消され、2015年10月、再審請求中に亡くなってしまった。現在、死後再審請求を行っている。
 
さらに、飯塚事件では、再審無罪となった足利事件と同時期に同じ方法で行われたDNA型鑑定が有罪の有力証拠とされて死刑が確定し、2008年10月に執行されてしまった。現在、死後再審請求が行われているが、えん罪による執行の可能性がある。
 
そして、犯人性の誤判のみならず、量刑に関わる事実認定の誤りも、死刑事件においては重大である。
 
近年、裁判員裁判での死刑判決が上級審で覆った例が、3件生じた。この3件について控訴されていなかったならば、死刑判決が確定し、その後の執行で生命を奪われていたことになる。
 
ほかにも、いわゆる「闇サイト殺人事件」では、共同被告人3人のうち、2人について第一審では死刑であったが、死刑となった1人は控訴審で死刑が破棄され無期懲役とされたのに対して、もう1人は控訴の取下げによって死刑が確定した。
 
さらに、家族3人殺害で無期懲役にとどまっていた裁判例がありながら、裁判員裁判になると、同種の事件において、死刑を選択した事件も存在する。
 
これらの事件の存在は、量刑面で誤った事実認定に基づく判決のまま命が奪われる可能性があり得ることを示すものである。
 
そもそも、我が国の刑事司法制度においては、起訴前の勾留期間を通じて長期間・長時間の取調べがなされ、虚偽の自白がなされる危険性が高い。取調べの録音・録画については、2016年刑事訴訟法の改正によって、一部の犯罪については認められたものの、取調べの全件・全過程の録音・録画、弁護人の取調べへの立会い及び全面的証拠開示制度も実現していない。我が国の刑事司法制度においては、えん罪が発生する危険性は高いレベルにあると評価せざるを得ない。
 
以上のとおり、誤判・えん罪(量刑事実の誤判を含む。)により、現実に、無実の者や不当に死刑判決を受けた者が国家刑罰権の名の下に生命を奪われてしまう具体的危険性があり、これらは取り返しのつかない人権侵害である。
 
3 国際社会における死刑制度

2015年12月末日現在、法律上死刑を廃止している国は102か国、事実上死刑を廃止している国(10年以上死刑が執行されていない国を含む。)は38か国であり、法律上及び事実上の死刑廃止国は、合計140か国と世界の中で3分の2以上を占めている。しかも、実際に死刑を執行した国は更に少なく、2015年の死刑執行国は25か国しかなかった。
 
また、2014年12月の国連総会において、「死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止」を求める決議が、過去最高数の117か国の賛成により採択された。同決議は、死刑制度を保持する国々に対し、死刑に直面する者の権利を保障する国際的な保障措置を尊重し、死刑が科される可能性がある犯罪の数を削減し、死刑の廃止を視野に死刑執行を停止することを要請するものである。
 
しかも、OECD(経済協力開発機構)加盟国34か国のうち、死刑を存置しているのは、日本、米国及び韓国の3か国のみである。このうち、韓国は死刑の執行を18年以上停止している事実上の死刑廃止国である。また、アムネスティ・インターナショナルによると、米国では、50州のうち18州が死刑を廃止し、死刑存置州のうち、3州では州知事が死刑の執行停止を宣言しており、死刑を執行したのは、2015年は6州のみである。したがって、死刑を国家として統一して執行しているのは、OECD加盟国のうちでは日本だけである。
 
さらに、日本は、国連の自由権規約委員会(1993年、1998年、2008年、2014年)、拷問禁止委員会(2007年、2013年)や人権理事会(2008年、2012年)から死刑執行を停止し、死刑廃止を前向きに検討するべきであるとの勧告を受け続けているにもかかわらず、死刑の執行を繰り返しているのである。
 
このように、死刑制度を残し、現実に死刑を執行している国は、世界の中では例外的な存在となっている。この事実は、日本の社会において広く知られているとは言えず、今後の死刑の在り方を考える上で、共通に認識されなければならない。
 
4 死刑制度はなぜ廃止しなければならないのか

死刑は、生命を剥奪するという刑罰であり、国家による重大かつ深刻な人権侵害であることに目を向けるべきである。刑事司法制度は人の作ったものであり、その運用も人が行う以上、誤判・えん罪の可能性そのものを否定することは誰にもできないはずである。そして、他の刑罰が奪う利益と異なり、死刑は、生命という全ての利益の帰属主体そのものの存在を滅却するのであるから、取り返しがつかず、他の刑罰とは本質的に異なるものである。
 
そして、死刑は、罪を犯した人の更生と社会復帰の可能性を完全に奪う刑罰である。私たちが目指すべき社会は、罪を犯した人も最終的には受け入れる寛容な社会であり、全ての人が尊厳をもって共生できる社会である。
 
当連合会は、死刑制度の廃止を目指すべきことを今こそ宣言し、そのための活動を行う決意である。
 
5 死刑の犯罪抑止力について

死刑制度に他の刑罰に比べて犯罪に対する抑止効果が認められるかどうか、長い論争が続けられてきた。しかし、そのような犯罪抑止力があることを疑問の余地なく実証した研究はなく、むしろ多くの研究は、死刑の犯罪抑止効果に疑問を示しているのが実情である。例えば、米国では、死刑廃止地域より存置地域のほうが、殺人発生率が著しく高いとのデータも示されている(Death Penalty Information Centerの調査による。)。
 
他方、我が国における凶悪犯罪は減少傾向にあり、殺人(予備・未遂を含む。)の認知件数は、1978年からは2000件を下回り、2013年には1000件を下回った。2015年は933件である。殺人発生率(既遂)も人口10万人あたり0.28件であり、218か国中211番目(日本より下位の国々は、人口56万人のルクセンブルグ及びその他は人口2000人から7万人の小国である。)に位置し、我が国は、凶悪犯罪が最も少ない国の一つであり、死刑により凶悪犯罪を抑止する必要性は低い社会である。
 
そして、犯罪の抑止は、犯罪原因の研究と予防対策を総合的・科学的に行うべきであり、他の刑罰に比べて死刑に犯罪抑止力があるということは科学的に証明されていないのであるから、犯罪抑止力を根拠に死刑を存続させるべきであるとは言えない。
 
6 情報公開と世論

(1) 2007年12月以降、政府は、被執行者の氏名、生年月日、犯罪事実及び執行場所を公表するようになったが、それ以外は公表していない。2010年8月には、一部の報道機関に対してのみ、東京拘置所の刑場が公表されたが、以後公表されていない。死刑制度に関する情報公開は極めて不十分である。2014年2月には、裁判員経験者20名から法務大臣に対して、死刑執行の停止と死刑に関する情報公開を求める要望書も提出されている。
 
(2) 政府は、国際機関からの死刑の執行停止を求める意見に対して、日本の死刑制度は国民世論に支持されていると説明してきた。内閣府が2014年11月に実施した世論調査で、「死刑もやむを得ない」という回答が80.3%という結果となったこと等が根拠であろう。しかし、そのうち「状況が変われば廃止」が40.5%であり、また「終身刑導入なら廃止」も全回答者の37.7%に上る。死刑についての情報が十分に与えられ、死刑の代替刑も加味すれば、死刑廃止が必ずしも国民世論の少数になるとは限らない。
 
また、イギリスで研究を進めている犯罪学者の佐藤舞氏は、日本における死刑に関する世論調査について研究し、死刑存置賛成でも確固たる意見を持っていない人が多いこと、死刑に関する情報を与えられると死刑制度への支持に変化が見られることを実証的に明らかにした。
 
すなわち、十分な情報を提供し、熟議すれば、国民世論も変化し得ると考えられる。そして、多くの死刑廃止国において、廃止時には存置の意見の方が多かったにもかかわらず、廃止後に徐々に世論が変化していることが指摘されている。
 
私たちは、世論に働き掛け、これを変えるための努力を続けなければならないが、そもそも死刑廃止は世論だけで決めるべき問題ではない。世界の死刑廃止国の多くも、犯罪者といえども生命を奪うことは人権尊重の観点から許されない等との決意から、世論調査の多数を待たずに死刑廃止に踏み切ってきた。
 
7 死刑制度を廃止した場合の最高刑の在り方

最初に確認しなければならないことは、日本における無期懲役刑は、仮釈放の可能性のある終身刑だということである。仮釈放されても、仮釈放の条件違反や再犯があれば、再収容されるのであり、また多くの無期受刑者は、仮釈放されることなく獄死している。
 
当連合会は、2008年11月18日付け「『量刑制度を考える超党派の会の刑法等の一部を改正する法律案(終身刑導入関係)』に対する意見書」において、「無期刑受刑者を含めた仮釈放のあり方を見直し無期刑の事実上の終身刑化をなくし、かつ死刑の存廃について検討することなしに、刑罰として新たに終身刑を創設すること(量刑議連の「刑法等の一部を改正する法律案」)には反対する。」との意見表明を行っている。その理由は、死刑制度を存置したまま、仮釈放の可能性のある終身刑の上に仮釈放の可能性のない終身刑を付け加えれば、有期刑の最高刑が30年に長期化されていることと併せ、刑罰制度全体の厳罰化を招く危険性があると考えるためである。しかし、死刑が廃止された場合の最高刑については、当連合会はこれまでに意見をまとめたことはない。
 
確かに「罪を犯した人」の中には、その時点のままの状態であれば、社会に絶対に復帰させるわけにはいかない人も存在するであろう。しかし、現行制度でも、仮釈放の審査を受けて認められない限り無期受刑者が社会復帰することはないこと、毎年仮釈放とされる数以上の無期懲役受刑者が刑務所内で死亡している事実を、まず確認する必要がある。その上で、死刑制度廃止後の代替的制裁として、無期刑の仮釈放の検討開始時期を10年とする現行無期刑の上に、15年、20年、25年まで遅らせる「重無期刑制度」を新たに設けることを検討する必要がある。
 
他方、このような制度では死刑廃止後の被害者の応報感情や一般市民の処罰感情を満足させることができないという考え方もある。
 
そのような考え方からは、死刑に代わる最高刑として、刑の言渡し時には「仮釈放の可能性がない終身刑制度」を導入するという選択肢、つまり、言渡し時には生涯拘禁されることを内容とする終身刑の制度を死刑に代わる最高刑として導入することを検討する必要がある。ただし、仮に刑の言渡しの時点では仮釈放の可能性が認められない終身刑制度を導入したとしても、「人は変わり得る」のであるから、受刑者が変化し真に更生した場合には、社会に戻る道が何らかの形で残されていなければならない。本人が努力しても、釈放の可能性が全くない刑罰に希望はなく、非人道的な刑罰であると言わざるを得ない。
 
ヨーロッパ人権裁判所も、「ヴィンター対英国事件」において、2013年7月9日、釈放の可能性のない終身刑が、人権及び基本的自由の保護のための条約(ヨーロッパ人権条約)第3条に違反する非人道的な刑罰であるとする判決を言い渡した。ただし、この判決は、イギリス政府が内務大臣による温情による釈放の権限(終身刑マニュアル)をより広範に行使すると約束したことを根拠に、「ハッチンソン対英国事件」の2015年2月3日判決において見直されている。この判決では、将来のイギリス政府の内務大臣がこの釈放権限を明確化する制度改正をすることに期待して、条約違反の判断は回避された。
 
すなわち、仮釈放の可能性のない終身刑を導入するとしても、将来の減刑の可能性を制度的に残し、例えば、25年以内に本人の更生の進展を審査して仮釈放のある無期刑への減刑の可能性を認めるかどうかについて、受刑者の申立てに基づいて再審査を行うなどの制度を確保しなければならないのである。そして、このような再審査は、行政機関による恩赦措置としても可能であるが、フランス、イタリアやスペインの行刑裁判官が担っているような役割を裁判所が担い、裁判所が刑の変更の可否を検討する制度設計が望ましい。
 
なお、スカンジナビア諸国やドイツ、スペイン等の国々では、終身刑そのものが廃止され、日本における無期刑に相当するような刑罰もなく、有期刑が最高刑とされている。
 
また、このような刑罰制度の改革と同時に、後記する無期刑の仮釈放制度の改革を確実に実現し、受刑30年を経過しても、多くの無期受刑者について仮釈放の審査の機会すら保障されないという異常な現状を、同時に改革しなければならない。
 
第4 更生と社会復帰を軸とした刑罰制度の改革について

1 受刑者に対する基本的人権の制約を最小限にとどめるべきである

本来、何人も基本的人権を認められ、それに対する制約は必要最小限度でなければならないことは、憲法の原理から自明である。2005年及び2006年の刑事被収容者処遇法改正により、面会、通信、電話等の外部との交通手段は増えた。所内規則についても見直しがなされた。しかし、今も、受刑者に対しては、必要最小限度とは言えない多岐にわたる基本的人権の制約が課されている。
 
当連合会が調査したスペインでは、重罪犯の受刑者であっても、外泊が認められる者が多く、認められない場合も、配偶者や恋人との性交渉の可能な面会が例外なく認められていた。スカンジナビア諸国では、定期的な外泊が認められない受刑者に対する代償措置として夫婦面会制度が認められてきた。同様の制度は、ブラジル、カナダ、ドイツ、イギリス、イスラエル、メキシコ等広く認められている。また、スペインでは、子どもを育てる女性受刑者を街中の施設に収容し、その施設から幼稚園に通わせることを認めるマザーズユニットが運営されていた。性的な接触も母子の接触も人権だと考えられている。選挙権も、判決によって奪われない限り行使できることが原則とされていた。
 
受刑者には限られた人権しか認めることはできないという観念の強い日本では、このような扱いを実現するには高いハードルが存するであろう。しかし、受刑者にも拘禁により自由を奪われる以外は、基本的人権が保障されることが当然であるとすれば、このような取扱いこそ目指すべき方向ではないだろうか。
 
2013年9月27日、大阪高等裁判所第1民事部(小島浩裁判長)は、受刑者の選挙権を一律に制限した公職選挙法の規定は、憲法第15条第1項及び第3項、第43条第1項並びに第44条ただし書に違反すると判断した。
 
すなわち、 同判決は、「国民の代表者である議員を選挙によって選定する国民の権利は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹を成すものであり、民主国家においては、一定の年齢に達した国民のすべてに平等に与えられるべきものである。」、「憲法の以上の趣旨にかんがみれば、自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として、国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するといわざるを得ない。」と判示している。
 
当該判決の考え方に基づいて、当連合会としても、制度改革案の検討に着手し、国に対しても改革を求めていく必要がある。
 
2 無期懲役刑受刑者を含む仮釈放制度の徹底した改革を

当連合会は、高松宣言において、拘禁の使用の減少と並んで仮釈放制度の改革を提言した。
 
受刑者に対する仮釈放要件を客観化し、その判断を適正かつ公平に行うものとするため、地方更生保護委員会の独立性を強化して構成を見直し、また規則ではなく刑法において具体的な仮釈放基準を明らかにするよう、刑法第28条を改正すべきである。
 
この点、2005年から2014年の過去10年間で、仮釈放になった人は合計73人であり、そのうち、2度目の仮釈放者を除いた、初めての仮釈放者の合計は54人である。2014年には、1800人以上いる無期刑受刑者のうち、仮釈放になった人は僅か7人で、しかも、そのうち、新たに仮釈放になったのは6人だけである。2014年に新しく仮釈放された人々の平均在所期間は、実に31年4か月であった。一方、刑事施設で死亡した無期刑受刑者の数はこの10年間で154人おり、日本の無期刑は、既に事実上の「終身刑」化している。当連合会は、2010年12月17日付け「無期刑受刑者に対する仮釈放制度の改善を求める意見書」において、無期刑受刑者に対する仮釈放審理の適正化を図るため、服役期間が10年を経過した無期刑受刑者に対しては、その期間が15年に達するまでの間に初回の仮釈放審理を開始し、その後は1年から2年ごと、長くとも3年以内の間隔で定期的に仮釈放審理の機会を保障すること等を提案している。
 
3 更なる施設内外の連携の強化を求めて

罪を犯した人の更生保護においては、一貫した社会的援助が核となるべきであり、その実践のために必要な人的物的条件と法的整備が重要であるが、これらの福祉的・社会的法整備に関してはこれまで十分に取り組まれなかった。
 
近時、更生保護の担い手である法務省、日本更生保護協会、全国保護司連盟、全国更生保護法人連盟、日本更生保護女性連盟、日本BBS連盟及び全国就労支援事業者機構だけでなく、厚生労働省が法務省と連携を取り、必要な就労支援や社会保障制度の利用に実効的な、罪を犯した人々に対する支援対策を始める動きが見られるようになってきている。
 
特に就労支援に関しては、法務省と厚生労働省が連携する支援対策として、「刑務所出所者等総合的就労支援対策」が発表されており、そこでは、矯正機関・更生保護機関と職業安定機関において、罪を犯した人に対する就労支援のための連携が十分ではなかったことを認め、具体的対策としては、刑務所とハローワークを結んだ遠隔企業説明会の試行、厚生労働省の試行雇用奨励金の支給対象に罪を犯した人を含めること、ハローワークによる職場適応・定着支援の新設等が打ち出されている。
 
このような支援は、就労のみならず、生活全般の支援の連携に広げていかなければならない。
 
罪を犯した人の円滑な社会復帰を支援するため、政府は、矯正・保護部門と福祉部門との連携を更に拡大強化し、かつ、罪を犯した者の再就職、定住と生活保障等につながる福祉的措置の内容を充実させなければならない。
 
4 マンデラ・ルールに基づく刑事拘禁制度の再改革を

1955年に制定されて以来、世界の刑事拘禁制度改革の道標としての役割を果たしてきた国連被拘禁者処遇最低基準規則が、2015年国連総会において60年ぶりに改定された。この改定された国連被拘禁者処遇最低基準規則は、合意された場所が南アフリカだったことから、マンデラ・ルールと呼ばれている。マンデラ・ルールにおいては、基本的な改正の方向性として、被拘禁者の固有の尊厳と人間としての価値の尊重を基礎とし、刑事施設内の規律秩序の維持のための規則及び刑事施設内における被拘禁者の生活全般を一般社会の規則や生活に近付け、医療を保安体制から独立させ、可能な限り独居拘禁を回避し、障がい者等の弱者に配慮し、法的な弁護へのアクセスの権利を確保し、苦情申立てと査察の制度を整備し、また、拘禁開始から釈放まで、罪を犯した者と家族・社会との連携を図り、地域社会が刑を終えた者に雇用の機会を提供することを奨励するように努めること等が求められている。文字どおり、被拘禁者の人権を尊重するための最新の国際人権基準である。
 
被拘禁者の人権を尊重することは、一般社会から隔絶された施設内生活が更生の妨げとならないよう配慮するためにも必要不可欠である。
 
マンデラ・ルールへの改定作業は、2012年4月犯罪防止刑事司法委員会で始められ、日本政府もその起草に参加し、その制定に賛同したのであるから、日本も、マンデラ・ルールに基づいて、刑事被収容者処遇法の再改正を行うべきである。
 
5 刑を終えた者に対する人権保障について

(1) 問われる前科排除の社会体制

受刑者に対する社会復帰のための施策が実を結ぶためには、受刑者が刑を終えて帰ってくる社会の側に、刑を終えた者を、刑を終えたものとして受け入れる体制が伴わなければならない。ところが、日本における刑罰制度は、刑を受け終わった後も一定期間は刑の言渡しの効力が続き、様々な資格制限につながる制度となっている。
 
禁錮以上の刑に処せられた者の資格制限を定めている法律は、200件を超えている。資格数にすれば、更に多くの資格において制限がなされているが、これらの資格制限には、規制の必要性が疑わしいものが多数含まれている。刑罰を受けることにより、一定の資格制限があり、刑を終えて(仮釈放を得て)社会に戻る人に、社会復帰の障害となるような資格制限が多く設けられていることは、今や時代錯誤である。刑の言渡しを受けた者に対する資格制限等その他刑を終えた者を社会から排除し、その社会復帰を阻害する刑法第34条の2「刑の消滅制度」と諸法に定められた資格制限規定について、その必要性を一つずつ検討し、不必要な資格制限を撤廃することが必要である。仮に、制限を残すべきとされる場合も、刑を受け終わって、1年から3年で資格が回復するような制度に変えていくべきである。
 
(2) 刑を終えた者の就労への壁を取り除く

刑を終えた者とは、刑を受け終え、「罪を償った人」のはずである。しかも、刑を終えた者の再就職の促進は、本人のためばかりでなく、再犯の可能性を劇的に減少させることが知られている。刑を終えた者に対する就労支援には、社会全体のプラスとなる価値がある。
 
また、刑を終えた者が、再就職のための活動をするときに最も大きく悩むことは、前科を打ち明けるべきかどうかという点である。履歴書に受刑していた期間のことをどう書くかという問題である。受刑歴を明らかにして就業するのは、極めて困難なのが実情である。しかし、そのことを隠して採用されると、後日このことが発覚すれば、「経歴詐称」に問われることになりかねない。
 
前科の存在を知りながら、あえて雇用をしている企業もある。この状態がベストであると言える。本人は最も深い安心感を持って働けるし、同僚のためにも、再犯をしてはならないという強い動機付けが生まれるからである。社会の偏見が残る現状を踏まえて、受刑者が新規就業をする際の経歴申告の在り方についても、検討を加える必要がある。
 
第5 今こそ我が国の刑罰制度全体の改革を求める

先進国グループであるOECD加盟国の中で、死刑制度を存置し、国家として統一して執行しているのは日本だけである。OECD加盟国に限らず、国際社会においては死刑廃止に向かう潮流が主流である中で、2020年、我が国は、国連犯罪防止刑事司法会議とオリンピック・パラリンピック東京大会を開催することになった。国連犯罪防止刑事司法会議は、数千人の政府関係者と専門家・NGOが集い、世界の刑事司法の向かうべき方向性を議論する大規模な国際会議である。また、政府与党内でも、死刑制度の在り方も含め、刑罰制度改革の議論が開始されている。
 
このような中で、再審事件を支援し、様々な刑事司法制度改革を提案してきた当連合会としても、死刑制度を廃止し、罪を犯した人に必要かつ効果的な処遇を行っている諸外国に学び、刑罰制度改革の提言をすることが求められている。
 
弁護士の中には死刑制度について様々な意見がある。しかし、基本的人権の尊重を使命とする当連合会は、世界の大勢を正確に見据えて活動をしていかなければならない。今や、死刑制度は、基本的人権の核をなす生命に対する権利(国際人権(自由権)規約第6条)と両立し難い制度であると認識されている。
 
すなわち、自由権規約委員会は、国際人権(自由権)規約第6条第2項は死刑制度を必要悪として容認していたが、その文言からも死刑制度はできる限り狭く解釈されるべきであるとし、死刑制度の廃止を前向きに検討するべきことを加盟各国に幾度となく勧告してきた。2016年5月、イギリスを訪問した当連合会の調査団に対し、イギリスの司法副大臣フォークス卿は、直接面談に応じた上、「友人として一刻も早く日本における死刑廃止を望む」と話された。袴田事件や名張事件を取り上げた映画が作られ、死刑に関する世論調査の在り方をテーマとした映画も作られた。死刑制度について市民が議論を深めるべき素材も豊富となってきている。しかも、国連は、1989年には、死刑廃止を内容とする自由権規約の第二選択議定書を採択し、2016年5月現在で、その締約国は81か国に達している。国連総会における死刑廃止決議も回を重ねるごとに賛同国が増加していることは前に述べた。日本が国際社会において名誉ある地位を占め続けようとするのであれば、国際社会のすう勢に従って死刑制度と決別すべき時期が到来していると判断することは正当である。
 
当連合会は、刑事司法制度の一翼を担ってきた弁護士会として、国に対して、日本における現状と世界の状況を見据え、死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体について、罪を犯した人の社会復帰を志向する現実的な改革案として宣言本文のとおり実施することを求める。同時に、この宣言の実現のために、政府機関や国会に働き掛けることはもちろん、今までにも増して国民の中で死刑廃止を含む刑罰制度の在り方に関する議論が深められるよう、全力で活動を展開することを、ここに宣言するものである。