ウェブ時代の民主主義
インターネットがもたらす、市民の政治参加改革
Marc-André Miserez
2016-05-17 11:00
直接民主制はデジタル時代を迎えている。インターネット上での政治キャンペーンはますます拡大しており、スイスでは先ごろからウェブサイトwecollect.chを利用して、手軽にイニシアチブやレファレンダムの提起に賛同するための署名をできるようになった。これは政治活動に活気を与える進歩だが、一方で一貫性や信ぴょう性などの課題も抱えている。
wecollect.chでは、クリック一つでイニシアチブの案件を選び、姓・名・メールアドレスの三つを入力するだけで署名用紙にアクセスできる。印刷して署名したら、後は二つ折りにして送料受取人払いで郵送するだけだ。直接民主制の手段であるイニシアチブ(国民発議)やレファレンダム(国民審議)を提起するための署名集めに、将来はこのようなシステムがマルシェでのスタンド設置や戸別訪問による従来のやり方に取って代わる可能性が高い。
wecollect.chでは、すでに三つ(間もなく四つ)の案件が提案されているが、ほんの僅かな期間で2万7200人分の署名が集まっている。同サイトは明確に左寄りで、社会民主党や他の左派グループから出された案件が並んでいるが、必要とあれば右派も素早く独自のサイトを立ち上げることだろう。
非営利のスタートアップダニエル・グラフ氏は「wecollect.chの立ち上げには数千フランを要したが、自分で負担した」とスイスインフォに話した。「今のところ、まだ始めたばかりで、最終的な形が整うのは年末になる予定だ。いずれにせよ、非営利団体のままでいることが我々の目標だ」だが、このチューリヒ出身の活動家にとって、お金の話はタブーではない。グラフ氏には学生のドナート・カウフマンさんという仲間がいる。カウフマンさんは2015年に、一般から集めた14万フラン(約1560万円)で、無料日刊紙20Min.の一面に広告を掲載したことで有名になった。広告の目的は、勢いに乗っていた国民党のプロパガンダに対抗することだった。資金集めもwecollect.chのプロジェクトの一つだが、目的はイニシアチブ提案者のキャンペーン費用を軽減すること。資金不足に悩みがちな小規模団体も直接民主制の手段を利用できるよう手助けするためだ。「我々は『促進剤』のようなもの。サイトを運営しているのは我々の2人だけで、実際の政治的課題にあれこれ口を挟もうというのではない」と、グラフ氏は強調する。
デジタルテクノロジーの効果
スイスでは、wecollect.chの登場以前からすでにインターネット上で政治活動が行われていたが、一番乗りしたのは保守右派だった。「2015年の連邦議会選挙の際に国民党が行ったキャンペーンが、スイスの政治コミュニケーションにおける改革の始まりだった。現在では情報源として、また支援者を動員するためにソーシャルネットワークやインターネットは欠かさず利用されている」と説明するのは、世論調査機関gfs.bernの政治学者ルーカス・ゴルダー氏だ。
国民党のウェブ戦略は成功し、15年10月、同党は連邦議会下院の議席数を54から65に増やした。国民党に投票したのは若者たちも例外ではない。彼らの心をつかんだのはプロモーションビデオ「Welcome to SVP(国民党にようこそ)」だった。スイスドイツ語で制作されたこの動画の語り口はユーモラスで、バックに流れるのは電子音楽。あっと言う間に話題となり、これまでに90万回以上も再生されている。
数カ月後の2016年2月、今度は左派、右派、市民団体などが一体となり、「外国人犯罪者の国外追放強化イニシアチブ」に反対するキャンペーンを行った。この時は流行りのビデオクリップはなかったが、ソーシャルネットワークで集まった人々の数や資金は、「前代未聞の規模」だったと言われている。その結果、イニシアチブの発起人だった国民党は苦い敗北を喫した。
だがスイスでは、それ以前にも非常に精力的な政治キャンペーンが行われたことがある。1989年に軍隊廃止案をめぐって投票者の3分の1が賛成票を投じた時や、1992年に欧州経済領域(EEA)への加盟を国民が僅差で拒否した時のことだ。しかし、当時はまだインターネットもスマートフォンも普及していなかった。
ゴルダー氏は、欧州経済領域をめぐる投票では、投票者の1割以上が選挙前に何らかの政治キャンペーンに実際に足を運んでいたと振り返る。当時は街中での活動も積極的に行われており、この1割という記録はいまだに破られていない。また、当時の代表的なマスメディアはテレビだった。今日でもテレビは健在なものの、その重要性は少しずつ失われている。