◆ 「クマラスワミ報告」に安倍内閣が修正要求
   ~右派に媚びた単なる国内向けポーズか
(週刊金曜日)
前田 朗 (東京造形大学教授)

 安倍内閣は、日本軍「慰安婦」の問題をまとめた「クマラスワミ報告」について、一部修正を「国連をはじめ国際社会に」求めていくと言い出した。だが、これは理不尽極まる不可能な要求である。
 岸田文雄外相は10月15日、衆院外務委員会で、1996年4月に国連人権委員会が全会一致で採択した「クマラスワミ報告」に対する政府の「反論書」の公開を検討すると述べました。
 また、菅義偉官房長官も16日、政府として、報告書の一部修正を求めていく考えを明らかにしています。


 言うまでもなくこうした動きは、報告書に引用されている吉田清治氏の「証言」について、『朝日新聞』が取り消した結果を受けてのこととされています。
 実際、外務省の担当官がニューヨークで、「報告」を作成したスリランカの法律家ラディカ・クマラスワミ氏と会見し、修正をするよう求めたといいますが、私に言わせれば「恥の上塗り」に等しい。

 この「クマラスワミ報告」は、93年にウィーンで開かれた国連世界人権会議で、国連人権委員会に「女性に対する暴力特別報告者」を設置することが決定されたのが出発点でした。翌年、「特別報告者」にクマラスワミ氏が選ばれ、さらに95年になって同氏は「慰安婦」問題を調査する意向を表明。
 同年に日本政府は、調査のためにクマラスワミ氏が日本を訪問するのを正式に受け入れます。
 96年1月にクマラスワミ氏は国連人権委員会に対し、「日本軍性奴隷制度報告書(クマラスワミ報告)案」を提出し、日本政府はこれを受け取りました。
 日本は、この「報告書案」で批判されている関係国ですから、意見を述べることができる。そこで「反論書」を作成し、人権委員会に提出しようとしましたが、各国からの批判で撤回に追い込まれました

 岸田外相は前述の答弁で、撤回の理由について「他国から詳細すぎるとの批判があり、簡潔な文章にするため」と述べていますが、事実は違います。
 
国際法の解釈の誤りがあり、さらに「特別報告者を侮辱している」との批判が相次いだためにほかなりません。

 結局、「日本軍性奴隷制度報告書案」は96年4月、国連人権委員会の場でクマラスワミ氏が説明し、議長国のカナダや韓国、日本の政府代表、国際NGOによる討論を経て、理事国だった日本も含む全会一致で採択されました。
 つまり日本は作成に協力し、採択にあたっても賛成した「クマラスワミ報告」を、18年も経って突然、クマラスワミ氏個人に対して「修正しろ」と言い出したのです。
 この報告書は、クマラスワミ氏が勝手に作成したのではありません。もし一部でも「修正」を求めるなら、採択に加わった当時の国連人権委員会の日本を除く52力国全部に了解を求めなければならない。そんなことは、手続き上ありえない話で、不可能です。

 ◆ 国連には「反論」しない
 加えて安倍内閣は今になって吉田「証言」を理由にしているようですが、96年の段階で研究者の間では吉田「証言」の信憑性のなさはとっくに明らかになっており、政府も当然知っていたはず。
 ところが国連の人権委員会では、可能だったはずの正式な削除要求をしていません。国連の公文書で基本的事実の誤りがある場合、どこの国の政府も反論するのが当然であるにもかかわらずです。
 したがって、先ほどの一度撤回した「反論書」を、『産経』あたりが当時のNGOが入手していたにもかかわらず「スクープ」などと称して今になって持ち出し、「日本政府が正しかったことの証明」などと宣伝していますが、まったく逆なのです。日本政府が、吉田「証言」を訂正させなかった証拠と判断すべきでしょう。

 そもそも大前提として、日本は「慰安婦」問題についての責任を認めた「河野談話」を継承するという立場を崩していません。だからこれまで「アジア女性基金」を設立し、多額のお金を動かしてきたはずです。
 認めた以上は、あとは日本政府にどのような法的責任があるか、あるいはこの問題でいかなる法律が適用されるべきかという議論があるだけです。
 にもかかわらず、「クマラスワミ報告」全体の中でまったく些細な一例証にすぎず、より多くの文字数で秦郁彦氏の反論まで並記してある吉田「証言」の「修正」に今さらこだわることに、いったい何の意味があるのか。
 「河野談話」同様、
「クマラスワミ報告」を貶め、あれは間違いだったというイメージを広めたいのでしょう。しかしそうした行為が世界での日本の評価をどれだけ既めるか、安倍首相は冷静に考えるべきです。(談)

 まえだあきら・東京造形大学教授(戦争犯罪論)。著書に『なぜ、いまヘイト・スピーチなのか』(三一書房)など。

 『週刊金曜日 1014号』(2014.10.31)

 ● 日本に謝罪を求めた世界各国の主な「慰安婦」問題決議
 ▲ 米カリフォルニア州議会(1999年8月24日)
  ○吉田証言・「強制連行」に関する記述…なし
  ○「慰安婦」の記述/「残虐な戦争犯罪」「日本軍によって性奴隷を強制」

 ▲ 米国下院(2007年7月30日)
  ○吉田証言・「強制連行」に関する記述…なし
  ○「慰安婦」の記述/「日本軍への性的隷属」「強制軍事売春」「集団強かん、強制中絶、屈従、身体切除、死、結果的に自殺に至った性暴力を含む、20世紀でも最大の人身取引事件」

 ▲ オランダ下院(2007年11月8日)
  ○吉田証言・「強制連行」に関する記述…なし
  ○「慰安婦」の記述/「強制性奴隷制度」「強制売春制度」

 ▲ カナダ下院(2007年11月28日)
  ○吉田証言・「強制連行」に関する記述…なし
  ○「慰安婦」の記述/「性奴隷化」「人身取引」「強制売春制度」

 ▲ 欧州議会(2007年12月13日)
  ○吉田証言・「強制連行」に関する記述…なし
  ○「慰安婦」の記述/「女性たちを帝国軍の性奴隷にするためだけの目的で公務として徴用し」「輪かん、強制堕胎、侮辱及び性暴力を含み、障害、死や自殺を結果した20世紀の人身売買の最も大きなケースのひとつ」

 ▲ フィリピン下院外交委員会(2008年3月ll日)
  ○吉田証言・「強制連行」に関する記述…なし
  ○「慰安婦」の記述/「若い女性を日本帝国軍が強制して、性奴隷にしたこと」「日本帝国軍による戦事性奴隷制」

 ▲ 韓国国会(2008年10月27日)
  ○吉田証言・「彊制連行」に関する記述…なし
  ○「慰安婦」の記述/「アジアのさまざまな国の女性たちを強制動員したり拉致して、性奴隷化した」「日本帝国主義の軍隊の性奴隷化」

 ▲ 台湾立法院(2008年ll月5日)
  ○吉田証言・「強制連行」に関する記述…なし
  ○「慰安婦」の記述/「脅迫したり、騙したり、誘拐したりして無数の婦女、少女を集め、従軍性奴隷とし、軍隊に性のサービスを提供させた」

 ▲ 豪ストラスフィールド市議会(2009年3月3日)
  ○吉田証言・「強制連行」に関する記述…なし
  ○「慰安婦」の記述/「いわゆる『慰安婦』とされた女性の苦しみと彼女らの人権と尊厳の回復の重要性を確認」

 ▲ 米ニューヨーク州議会上院(2013年1月29日)
  ○吉田証言・「強制連行」に関する記述…なし
  ○「慰安婦」の記述/「強制された軍隊による売春システム」「人道に対する犯罪」
 ● 国連機関における「慰安婦」に関する主要な文章
 ▲ クマラスワミ報告書(1996年)
  ○吉田証言・「強制連行」に関する記述/「戦時中におこなわれた狩り出しの実行者であった吉田清治は、著書のなかで、国家総動員法の一部として労務報国会のもとで自ら奴隷狩に加わり、その他の朝鮮人とともに1000人もの女性たちを『慰安婦』任務のために獲得したと告白している」「千葉大学の歴史学者秦郁彦博士は(略)吉田清治の著書に異議を唱える。(略)同博士はまた、ほとんどの『慰安婦』は日本軍と契約を交わし、平均的な兵隊の給料(一ヶ月15-20円)よりも110倍も受け取っていたと考えている」
  ○「慰安婦」の記述/「彼女たちはいかなる人格的自由も持たず、兵士からは暴力で残忍に、慰安所経営者と軍医からは無関心に扱われた。前線に近いこともまれでなかったため、彼女たちは敵襲や爆撃、死の脅威にさらされた。おなじ状況は慰安所の常連の兵隊たちを今まで以上に残忍にし攻撃的にした」「そのうえ病気と妊娠にたいする恐怖がいつもあった。実際『慰安婦』の大多数はある程度性病にかかっていたように思われる。病気の間は回復のための休みをいくらか与えられたが、それ以外はいつでも、生理中でさえ彼女たちは「仕事』を続けることを要求された」

 ▲ マクドゥーガル報告書(1998年)
  ○吉田証言・「強制連行」に関する記述…なし
  ○「慰安婦」の記述/「第二次大戦中にアジァ全域に設立されたレイプセンターに日本政府と軍の双方が関与していたことはすでに明らかであるるこれらのセンターで日本軍によって奴隷化された女性たちの多くは11歳から20歳であったが、この女性たちは日本支配下のアジア全域の指定地区に収容され、毎日数回強制的にレイプされ、厳しい肉体的虐待にさらされ、性病をうつされたのである。こうした連日の虐待を生き延びた女性はわずか25%にすぎないと言われる。『慰安婦』を確保するために、日本軍は身体的暴力、誘拐、強制、詐欺的手段を用いた」
 
 
パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2