戸籍のない子どもたち 
なぜ子どもが無戸籍に? 元夫のDVから逃れて…
関西地方に住む、20代のクミさんと、その両親です。
自宅以外で会うことを条件に、取材に応じてくれました。
クミさんには戸籍がありません。
16歳のとき、その事実を両親から告げられました。
クミさん(仮名)
「なんでって。
なんでって思って。
戸籍ないって聞いて、なんで私なんだろうって。」
クミさんに戸籍がない原因は、母親が前の夫からDVを受けていたことでした。
酒に酔った夫から殴られたり、割れたビール瓶で顔を切られたりしました。
殴られた左耳は、今でも聞こえないといいます。
母親
「耳は聞こえない、鼓膜を破られてるし。
おでこにお湯をかけられて、やけどをした。」
母親は命からがら逃げ出し、行政に保護されました。
そのときの証明書です。
その後、仕事を通じて出会った真人さんとの間に、クミさんが生まれました。
しかし、このときまだ離婚は成立していませんでした。
出生届を出すとクミさんは法律上、DVをした夫の戸籍に入ることになります。
このため、真人さんとの間に生まれた子どもだとして出生届を出しましたが、結果は不受理。
クミさんは無戸籍になりました。
真人さん(仮名)
「(役所には)俺の子やと認めているのに、それで何で(受理)できないんだって。」
こうした無戸籍の人はどれくらいいるのか。
NHKは全国の県庁所在地など、主要な自治体にアンケートを行い、118か所から回答を得ました。
その結果、9割を超える自治体で出生届の受理に至らず、無戸籍になった人がいたことが分かりました。
中でもクミさんの家庭のように、DVが背景にあるケースが深刻だという指摘が相次ぎました。
自治体アンケート
“DVに関わる問題で離婚届を提出するまでに何年もかかる。”
自治体アンケート
“前の夫に知られるのを恐れて無戸籍の場合が多い。”
今、20代のクミさん。
戸籍がないままで、結婚や出産ができるのか大きな不安を抱えています。
しかしクミさん一家には、どうしても戸籍の取得に踏み出せない理由があります。
クミさんが戸籍を得るには、裁判を起こすなど法的な手続きが必要です。
1つは、前の夫と親子関係がないと証明する方法。
この場合、前の夫の証言が必要です。
もう1つは、真人さんと親子関係があると証明する方法。
この場合も、今の法律では裏付けを取るため、裁判所が前の夫に証言を求める可能性があります。
しかし前の夫は今も母親の実家の周辺に現れるなど、執着心を持ち続けていると見られます。
再び暴力を加えられることを恐れて、クミさん一家は法的な手続きができないのです。
母親
「(裁判には)踏み切れないですね。
(娘が)いることを、(前夫に)知ってほしくない。
娘には申し訳ないけど。
もう壊してほしくない。
相手が亡くなるまで、もしくは自分が死ぬまで、解決のつかない問題だと。」
クミさん(仮名)
「母がDVを受けていたという件は、昔から聞いていたので、それはひどいなとは思ってましたけど、それと自分の問題がこういうふうに結びつくんだというのは、法律上ではそういうふうになるのは、納得はいかないですよね。」
 
国谷
「ご覧いただきましたように、夫の暴力に苦しめられた母親にとって、子どもを授かったことや居場所を知られることへの恐怖が強く、なかなか裁判を起こすことができません。
そして結果的に生まれてくる子どもたちも、DVの被害者になってしまうのです。
戸籍がない、存在を公に証明することができないことで、どれほど厳しい生活に直面するのか。
今日声を上げた、戸籍がないまま32年間生きてきた女性は、いくつもの夢を諦めてきたと話しています。」
 
私はここにいるのに… 32年間無戸籍の女性
関東地方に住むヒロミさんです。
生まれてから32年間、戸籍がありません。
ヒロミさん(仮名)
「自分て何なんだろうとか。
結局、名前があってないようなもので、明日死んじゃったら、どうなるんだろうとか。
結局、誰も知らないじゃないですけど、身元もわからないとか。」
ヒロミさんは、DVをする夫から母親が逃げていたとき、支えてくれた男性との間に生まれました。
母親は、その3年後ようやく夫と離婚。
ヒロミさんの実の父親とも別れ、1人で育ててきました。
母親は行政に掛け合い、ヒロミさんはどうにか中学校までは通うことができました。
さらに戸籍を作ってほしいと、母親は何度も行政に訴えました。
しかし生まれたときに離婚が成立していないので、前の夫の戸籍に入るか、裁判をするしかないと言われ、諦めたといいます。
ヒロミさん(仮名)
「(役所に母親と一緒に)何度も通って、『どうにかならないですか?』と言った時に、やっぱり行き詰まっちゃって。
正直、諦めているというか、どうせできないんだろうなっていう。」
本人だと証明するものが何一つないヒロミさん。
運転免許を取ることができないため、移動は自転車です。
仕事は6年前から始めた、ホテルでのアルバイト。
給与は銀行振り込みですが、自分では口座を作れないため、親戚の口座に振り込んでもらっています。
職場では、その親戚の名前を呼び名に使っています。
ヒロミさん(仮名)
「最初の頃は名前を呼ばれても、自分の名前じゃないから、『えっ?』って思うことあったんですけど、今はだいぶ慣れてしまったというか。」
ヒロミさん(仮名)
「はい、フロントでございます。
かしこまりました、お待ち下さいませ。」
毎月の収入は16万円ほど。
真面目な働きぶりが認められ、正社員にならないかと誘われましたが、戸籍のないことが分かると解雇されてしまうと思い、断りました。
ヒロミさん(仮名)
「3年前にも(正社員にならないかと)言われて、つい最近も言われたんですけど、もう次はないですね、たぶん。
やる気がないのかと思われるんですよね、断ると。
自分的には本当は“社員でやりたい”とかあるんですけど、今の状態じゃ、ちょっと無理ですね。」
ヒロミさんは、いくつもの夢を諦めてきました。
その1つが和食の料理人になることです。
19歳のときから5年間、飲食店のちゅう房でアルバイトをしていました。
腕を見込まれ、調理師の試験を受けるよう勧められましたが、そのためには戸籍が必要だと知り、断念せざるをえなかったのです。
ヒロミさん(仮名)
「調理師の免許とか欲しかったんで、チャンスがあったんですけど、悔しいです。
自分の名前で、堂々としたいというのはあります。
堂々と社会に出て、正社員になったりだとか。
それが逆に夢みたいな感じになっています。」
アパートの契約もできないため、友人の部屋に住まわせてもらっています。
携帯電話も友人に貸してもらっています。
健康保険証もありません。
ヒロミさん(仮名)
「ここ1年で、一気にこう(虫歯に)なっちゃった。」
高額な治療費がかかるため、歯医者には一度も行ったことがありません。
ヒロミさん(仮名)
「倒れて入院とかなったら、結局どうなるんだろうとかあるんで。
事故に遭ったらどうしようとか、自分が気をつけていても、ぶつけられたりとかあるじゃないですか。
そこが1番怖いです。」
 
普通に生きたい 無戸籍女性の叫び
“もうこれ以上、無戸籍のままでは生きていけない。”
去年(2013年)の秋、ヒロミさんは支援団体の存在を初めて知り、相談しました。
この団体では、戸籍のない人たちに弁護士を紹介するなど、さまざまなサポートをしています。

支援団体代表
「困ったこととかあったらまた電話して、メールでもいいし。」



7年前に活動を始め、これまでに500件を超える相談を受けてきました。
支援団体代表
「こんにちは。」
ヒロミさん(仮名)
「こんにちは。」
今年(2014年)3月、団体の代表がヒロミさんのもとを訪れました。
伝えたのは、弁護士が職権で調査した結果です。
支援団体代表
「弁護士さんから、これ預かってきたので。」
そこには、戸籍を作るうえで障害となっていた母親の前の夫の消息について、予想もしなかった事実が書かれていました。
ヒロミさん(仮名)
「あっ、亡くなってるみたいですね。」
母親に暴力を振るっていた前の夫は、2年前に死亡していたのです。
“もう恐れる必要はない。”
1週間後、ヒロミさんは弁護士のもとを訪ねました。
前の夫と、親子ではないと証明する裁判を起こすことを決めました。
弁護士
「じゃあ裁判を起こすということでいいですか?」
ヒロミさん(仮名)
「そうですね、お願いします。」
裁判に、どれだけ時間がかかるかは分かりません。
それでもヒロミさんは、一歩前へ踏み出せたと感じています。
ヒロミさん(仮名)
「やっと普通の生活になれる。
それは本当にうれしいです。
やっとみんなと同じようになるっていうか、それが本当に。
普通のことが普通にできないっていうのが、1番辛かったんで。
やっと偽らなくていいんだっていう。」
 
戸籍のない子どもたち 見過ごされてきた現実
ゲスト棚村政行さん(早稲田大学教授)
ゲスト上田真理子記者(社会部)

●ヒロミさんの言葉や姿、どう感じたか?

棚村さん:非常に重いですね。
人生のスタートラインに立って、そしてこれから何か始めようというときに、生きてるんだけども、自分は公的に存在を証明してもらえないと。
だから何をやっても本当に、生きててよかったのかっていう自信が持てない状態であることが、本当につらいことだと思います。
(問題は解消してない?)
そうですね。

●記者会見 どんな思いで、何を伝えようとしたのか?

上田記者:やはりこれから生まれてくる子どもたちに、自分と同じような思いをさせたくないと、そういう思いが非常に強かったというふうに感じます。
ヒロミさんの場合、自分をとにかく証明するものというのが一切ない状態なので、それが本当に、不自由な生活につながっているんですね。
例えば今は、本当に本人の確認というのを求められる場面っていうのが、日常生活の中でも非常に多いので、ビデオ1つ借りるにしても会員証を作るのに、証明書が必要。
例えば夜中に少し友達とボーリングをしようと思っても、年齢を確認するために身元の証明を求められる。
そういったような、本当に日々の生活の中での不自由さというのを常に感じているということなので、とにかく普通に生きたい、同じような思いをしてほしくないという思いがあったと思います。

●DVを背景に無戸籍になった人 どれくらいいるのか?

上田記者:国のほうでも、そのあたりの実態というのは全く把握していないんですね。
私が支援団体に取材しましたところ、年間およそ100件ぐらいの相談が寄せられるんですけれども、その8割から9割は、背景にDVがあるということでした。
今すごくDVというのは相談などが急増してまして、年間5万件というふうにいわれていますので、その中にはかなり、無戸籍の子どもというのもいるのではないかというふうに感じます。

●7年前も取り沙汰されたこの問題 自治体の意識変わった?

上田記者:正直、今も自治体の対応は本当に自治体によって、まちまちだというふうに取材していて感じます。
戸籍は国の事務でして、国のほうで運用してるんですけれども、住民票に関しては自治体の裁量で作るということが可能なんですね。
そして7年前のときにも、裁判を起こせば、住民票を作っていいというようなルールもできたんですけれども、それが逆に足かせとなって、裁判を起こさないと住民票を作らないというふうな自治体もあれば、そこは柔軟に判断するというような自治体もあったりと、本当に対応がまちまちだと感じます。
それについて、全国の自治体の戸籍の担当者で作る団体があるんですけれども、そこの会長をしている千代田区長に話を伺いました。
どうして住民票だけでも作ることができないのかというふうに問うたところ、住民票については、子どもの視点に立って、自治体の判断で柔軟に運用することはできるはずだと。
全国の窓口での状況を把握して、前向きに議論していきたいというふうに話していました。

●新しい夫との子 なぜ一旦、前夫の戸籍に入るというルールに?

棚村さん:これは明治時代の、120年以上も前に出来た家制度の下での、結婚している夫が父親になると、こういうルールなんですけれど、あまりにも結婚が形式的に続いてたとしても、実体がなくなっていたり、離婚状態だったり、そういう事情を全く考慮しないで、父親を決めるルールというのが、もうはっきり言って時代遅れになってしまっているんですね。
そういうことが非常に大きな原因になっています。

●戸籍を作る制度 大人の事情に左右される?

棚村さん:そうですね。
結局、大人が、特に親が義務者になって届け出るんですけれども、なんらかの事情で、今回の場合DVとかストーカー的なものもそうですし、親の事情でもって出生届を出さないと、子どもから出す道はありませんし、職権でもって、調査したうえでそれを作るということも、自治体としても、窓口ではもう限界があると。
やっぱり根本的にルールや、届け出制度自体も少し見直さないと、子どものための制度作りというのを真剣に考えないと、解決されないと、救済されないということになっています。
(具体的にどういうふうにルールを変更すべき?)
まずやっぱり、離婚とか再婚とかが多くなってますので、再婚した場合には再婚の夫も父の可能性が非常に高いので、それも推定するルールの中に入れていくと。
あるいは新しいパートナーが、自分は親だというんで一緒に暮らしているような場合も、養育費を払ったりしている場合も、そういう人もやっぱり父親だというルールを、ほかの国ではどんどん作っていますので、日本もそういう形で、現実に適合するようなルール作りをする必要があると思います。
(母親だけで、戸籍を申請することはできないのか?)
フランスなんかもそういう制度を設けてるんですけれども、やっぱり子どものために母親が出して、そして子ども自身も一定の年齢になれば、出生届出したり、作れるような仕組みに改める必要があると思います。

●視点として何が1番欠けているか?

棚村さん:DVとかの対策もそうですし、戸籍の届け制度もそうですし、親子を決めるルールも、お子さんのために、お子さんの視点に立って、制度作りをやはり改めていくということを強調したいなと思います。
(子どもの幸せを考えたルールにしていかなくてはならない?)
はい。
それが1番大切なことであり、ヒロミさんのようなケースは、ぜひなくしたいというふうに、われわれも思っています。
(今度こそ抜本的な救済に向かってほしい。)
そうですね。