報告審査の方法
報告審査に当たっては、質問表 (list of issues) 方式がとられている。まず、会期前作業部会で、2会期分又は18か月先までの審査予定国についての質問表が作成される。その目的は、その後の建設的対話で主要な論点となるであろう事項を予め特定し、審査の効率化を図るとともに締約国代表者の準備を容易化することである。作業部会で作成された質問表は締約国に送付され、審査前に書面で回答を提出することが強く要請される。回答の準備には少なくとも6か月が与えられ、質問表と回答はOHCHRのウェブサイトで公表される。後述(#NGO等の参加)のとおり、NGOから委員会への情報提供も行われる。
委員会の会期における報告書の審査には、当該締約国の代表者が出席することが求められ、審査のあり方は建設的対話 (constructive dialogue) と呼ばれる。最初に締約国代表者が報告書の簡単な紹介を行い、関連する新しい情報があればそれを提供する。その後、社会権規約の条文をクラスター(通常、1条-5条、6条-9条、10条-12条、13条-15条の四つのクラスター)に分けて、質問表への回答を踏まえながら、委員からの質問が行われ、検討・調査を経ずにすぐに回答できるものは締約国代表者からの回答が行われる。その場で回答できないものは、後の会合又は書面で回答がなされる。
最後に、委員会は総括所見 (concluding observation) を作成する。委員会は建設的対話の終了後、非公開の会合を開いて意見交換を行う。その後、国別に割り当てられた報告者が総括所見の草案を準備する。総括所見は、導入部、積極的に評価できる点、主な懸念の対象、勧告で構成される。この草案を踏まえ、委員会は再度非公開の会合を開き、総括所見をコンセンサスで採択する。総括所見は、通常、会期最終日に公表されるとともに、締約国に送付される。1か国の報告書の審査につき、通常3会合(各3時間)の公開審査と2-3時間の非公開会合が持たれる。締約国は、総括所見に対して意見を提出することができ、その意見は総括所見とともに公表される。
委員会は、総括所見の中で、フォローアップとして、(1)勧告を実施するために行った取組について次回の定期報告書で報告することを要請することとされているほか、(2)必要に応じ、追加の情報や統計的データを次回報告書の提出期限前に提供するよう求めることができ、(3)また総括所見で示した特定の問題について次回期限前に応答することを求めることができる。これらの情報が提供されない場合は、委員会は、1名ないし2名の委員の派遣受入れを締約国に要請することができる。派遣された委員は委員会に報告を行い、それに基づき委員会は所見を作成する。締約国が派遣を受け入れない場合は、委員会は経社理に対し適当な勧告をすることができる。
一般的意見 [編集]
社会権規約委員会は、報告審査以外に、特定の条項・権利の解釈に関する一般的意見 (general comment) を発出しており、これまで次のように合計21の一般的意見を採択している。
- 報告義務(1989年)
- 国際的技術援助措置:22条(1990年)
- 締約国の義務の性質:2条1項(1990年)
- 相当な住居に対する権利(1991年)
- 障害者の権利(1994年)
- 高齢者の経済的、社会的及び文化的権利(1995年)
- 相当な住居に対する権利:強制的退去:11条1項(1997年)
- 経済制裁と経済的、社会的及び文化的権利の尊重との関係(1997年)
- 規約の国内的適用(1998年)
- 国内人権機関の経済的、社会的及び文化的権利の保護における役割(1998年)
- 初等教育の行動計画:14条(1999年)
- 相当な食糧に対する権利:11条(1999年)
- 教育に対する権利:13条(1999年)
- 達成可能な最高の健康水準に対する権利(2000年)
- 水に対する権利:11条及び12条(2002年)
- 全ての経済的、社会的及び文化的権利の享有における男女の権利の平等:3条(2005年)
- 自らが創作した科学的、文学的、芸術的成果から生じる精神的及び物質的利益の保護から恩恵を受ける万人の権利:15条1項(c)(2005年)
- 労働に対する権利:6条(2005年)
- 社会保障に対する権利(2008年)
- 経済的、社会的及び文化的権利における差別の禁止:2条2項(2009年)
- 文化的生活に参加する万人の権利(2009年)
委員会による一般的意見の作成は、規約上の権利内容の共通理解が不十分である現状において、規範や概念を明確化する努力として評価されており、権威ある国際レベルでの規約解釈となっている。
1990年の一般的意見3では、締約国の「漸進的実現の義務」の性格について、決して実質的意味のない義務ではないことを強調している。規約2条1項は、「各締約国は、立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するため、自国における利用可能な手段を最大限に用いることにより、個々に又は国際的な援助及び協力、特に、経済上及び技術上の援助及び協力を通じて、行動をとることを約束する」と規定している。「漸進的実現の義務」であって即時的義務ではないことに重点を置けば、締約国に義務から逃れる口実を与えかねない。しかし、委員会は、(1)社会権規約の中にも差別禁止条項をはじめとして即時性を持った権利規定がいくつか存在すること、(2)漸進的達成が予定される権利についても一定の行動が合理的な短期間の間にとられなければならないこと、(3)社会権規約は締約国に最低限の中核的義務 (minimum core obligation) を課しており、多数の個人が食料、基礎保健、住居、基礎教育を奪われている国については、社会権規約の義務の不履行を一応 (prima facie) 認定できる(手段の利用可能性の欠如を立証する責任は締約国にある)ことなどを指摘しており、踏み込んだ解釈として評価されている。
選択議定書
2008年6月18日、国連人権理事会で 、続いて同年12月10日、国連総会決議で、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約の選択議定書が採択された。2009年9月24日、署名式典が行われた。同議定書は、10か国が批准又は加入してから発効することとされているが、2012年2月現在の締約国は7か国であり、未発効である。
議定書1条は、社会権規約委員会に個人通報(締約国から規約に定める権利を侵害されたと主張する個人からの通報)を受理・審査する資格を与えている。委員会は非公開で通報を審査した後、締約国に所見を送付し、勧告があればそれも併せて送付する。締約国は委員会の所見と勧告を検討した上、6か月以内に書面で応答することとされている(9条)。なお、個人通報のほかに、受入れを宣言した締約国については国家通報(10条)及び調査制度(11条)も設けられており、社会権規約委員会がそれらの機能も担うこととなっている。
NGO等の参加
委員会は、情報を広く収集するため、報告審査、一般的討議、一般的意見の起草の各場面において、NGOの参加の機会を保障している。報告審査において、NGOは政府報告書の審査の前に委員会に書面を提出することができるほか、会期前作業部会でも議題と関係を有する限り情報を提出することができる。また、委員会の各会期の初日にはNGO代表者が口頭で情報提供を行う公開の会合が設けられる。政府報告書に関して提出されたNGOの意見書は、OHCHRのウェブサイトへの掲載等により関係締約国にも知らされ、締約国がこれを読んでいることを前提に建設的対話も行われる。委員会では、これらのNGOの参加方法についてガイドラインを設けている。