こどもの権利条約の個人通報制度こそ即時批准せよ!
 
今なおアメリカは、こどもの権利条約を批准していません。
 
ハーグ条約の批准問題は、「日本がこの条約を批准することは、我が国において、子どもの権利及びDV虐待被害者に対する保護として、関係者らの多年に渡る努力によって保障されてきた水準を著しく損なう結果になるおそれがある。」として、批准に反対する
2010年の兵庫県弁護士会会長声明を掲載します。

 
 
兵庫県弁護士会:ハーグ条約の批准問題に対する会長声明

第1 趣旨

ハーグ国際私法会議において1980 年に制定された「国際的な子の奪取の民事的側面に関する条約」(以下「ハーグ条約」という。)には、以下に述べる問題点があり、日本がこの条約を批准することは、我が国において、子どもの権利及びDV虐待被害者に対する保護として、関係者らの多年に渡る努力によって保障されてきた水準を著しく損なう結果になるおそれがある。
そのため、日本政府は拙速に条約を批准することなく、各国における運用実態を把握し、このような懸念を払拭し得るのか、国内法制度との整合を如何にすべきかについて、国民に対し責任ある説明を行うことを求める。

第2 理由

1 親の監護権保護が第一とされ、子の最善の利益に対する配慮が薄いこと

ハーグ条約は、国境を越えて連れ去られた子を即時に返還させること(1条a)により、残された親の監護権(3 条)を確保する国際的枠組みである。
すなわち、ハーグ条約は、もとの居住国における監護権侵害の事実さえあれば、連れ去りに至った事情、残された親の監護者としての適格性、返還後の監護方法の見通し等については一切考慮しないまま、一律に「不法な連れ去り」として、締約国に子の返還義務を課し、6 週間という短期間での返還裁判を要請する(11 条)ことで、返還抗弁を困難にしている。
そして、連れ帰った親が返還される子に付き添い帰国できなければ、条約に基づく返還によって、子は、その成長の拠り所となる親から分離されてしまうことになる。

さらに、子の返還自体が、再度、もとの国へ国境を越えて移動し、新たな環境へ適応する負担を子に負わせるものである。その上、本案の監護権裁判の結果、最初の連れ去り国での監護が認められる事案では、親の監護権を保護するために子に2国間を何度も行き来させ、新たな環境への適応に努力する負担を強いる結果になり、子を長期間にわたり不安定な環境に置き、成長の基盤を損ねるおそれがある。
このようなハーグ条約の構造は、子に関する処分の決定に際して、子の最善の利益を考慮することを求める「児童の権利条約」にもとる疑いがある。

この点、欧州人権裁判所の2010 年7 月6 日大法廷判決は、①ハーグ条約の解釈も人権原則に基づく制限を受け、子の返還は自動的機械的に命じられてはならない、とし、②ハーグ条約13 条1 項(b)の返還例外事由は、児童の権利条約に適合するよう解釈されるべきであるとして、子の利益に反する当該事案の返還を欧州人権条約に反するとした。
このような人権裁判所の判決は、即時返還・原則返還を進めてきたハーグ条約に対し、国際人権保障の原則から、解釈と運用の根本的な変更を迫るものであって、条約批准を検討する日本としては、解釈を含め同条約の人権原則への適合性について、慎重に吟味するべきである。

2 返還例外事由では子の最善の利益を確保できないこと

ハーグ条約では、子の利益を確保するために12 条・13 条・20 条の返還例外事由が設けられている。しかし、まず、これらの返還例外事由にドメスティック・バイオレンス(DV)からの逃走という項目は含まれていない。この条約が制定された1980 年当時には、まだDV被害の深刻な実態は知られていなかったからである。そのため、連れ去り親が、深刻なDVが連れ去りの原因になった事情を訴えても、原則として返還の抗弁は成り立たない。

また、上記返還例外事由は、即時返還・原則返還という条約の目標のために、極めて制限的に解釈運用されてきている。抗弁の立証方法から法廷供述が制限されたり、高度の証明が要求されたりしているのである。そのため、子への虐待事案においても返還例外が認められることは難しく、返還請求に対する子の異議についても、連れ去り親の影響による主張であると解され、例外事由に当たらないと認定される傾向がある。

さらに、返還例外事由が証明され認定された場合でさえ、裁判官の裁量による返還が命じられている。特に、多くの加盟国では、養育費支払いや面会等に関する履行の保証のない「約束(アンダーテーキング)」の存在を前提に、返還例外事由が認定された事案においても、子が返還されているのである。

3 国内法の整備によっては、条約の問題点を払拭することはできないこと

こうした条約の問題点は国内法の整備により解決すればよいとの意見も
あるが、憲法98 条は条約の誠実な遵守を求め、我が国の国法体系上、条約の効力は国内法を上回ると解されている以上、そのようなことは法理論的に不可能である。日本がハーグ条約を批准した場合、日本の国内法に照らせば子の返還が子の最善の利益を損なうと考えられるケースであっても、上位法たる条約に則った対応を求められることになる。


4 国境を越えた子の連れ去りの実態が明らかでないこと

国境を越えた子の連れ去りを防止するため、ハーグ条約のもとで、子が返還され続けているにもかかわらず、締約各国において子の連れ去り事件の発生件数は減少していないと言われる。

条約の適否や効用を評価するためは、なぜ連れ去りが起きるのか、返還決定後に子がどこに返されどのように生活しているのか、返還地における子の監護に関する本案の裁判や裁判後の監護がどう行われているのかなど条約をめぐる実態を知ることのできる調査が行われるべきである。

外務省の調査によれば、平成22 年1 月末時点で、諸外国から日本への連れ帰り事案は、米国77 件、英国37 件、カナダ37 件、フランス35 件であるのに対し、日本からの連れ出し事案は、平成21 年の88 在外公館を通した調査によっても21 公館36 事例に留まるとのことであって、現在の日本の立場でハーグ条約を批准した場合、子の返還数と返還を受ける数の間には大きな格差があることにも留意する必要がある。

5 国内法制度との間に重大な乖離があることから、条約批准に先行して、その整合性を検討すべきであること

日本においては、婚姻の破綻に際し、子の身上監護をしてきた母親が子を連れて実家に戻る等して夫婦が別居に至るケースはよくあるが、身上監護者の継続性が子の監護状態の安定には重要であることから、かかるケースを反映して改正人事訴訟法も子の親権者指定を含む離婚事件の管轄を当事者のいずれかの住所地でよいとし、子の監護の裁判を含む事案での子の住所地を管轄決定に考慮する旨を定めており(人事訴訟法4 条、31 条・6条・7 条)、刑法の誘拐罪(224 条)も平穏な子連れ別居には適用されていない。

このような日本の現在の国内法制と、残された親の承諾のない子の国境を越えた連れ去りを「不法」とみなして、連れ去り親と引き離してでも子を返還させるというハーグ条約の仕組みとの間には、大きな乖離がある。条約締約国の中には、子の連れ去りを国内事案を含め違法として刑事罰を科す国もあり、日本が今後、国内事案と国際事案とで法的評価を大きく違えることの是非は、条約批准前に十分に検討されるべきことである。

                                                    以上

                                  2010年(平成22年)12月22日
                                            兵庫県弁護士会
                                            会 長 乗 鞍 良 彦