『ウクライナでの事故への法的取り組み
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Nas95-J.html オレグ・ナスビット,*今中哲二 ウクライナ科学アカデミー・水圏生物学研究所(ウクライナ) *京都大学原子炉実験所 1 チェルノブイリ事故に関する基本法 基本概念 チェルノブイリ原発事故がもたらした問題に関するウクライナの法制度の記述は,まず基本概念文書「チェルノブイリ原発事故によって放射能に汚染されたウクライナSSR(ソビエト社会主義共和国)の領域での人々の生活に関する概念」の引用から始めるのが適切であろう. この短い文書は,チェルノブイリ事故が人々の健康にもたらす影響を軽減するための基本概念 として,1991年2月27日,ウクライナSSR最高会議によって採択された. この概念の基本目標はつぎのようなものである. すなわち,最も影響をうけやすい人々,つまり1986年に生まれた子供たちに対するチェルノブイリ事故による被曝量を,どのような環境のもとでも年間1ミリシーベルト以下に,言い換えれば一生の被曝量を70ミリシーベルト以下に抑える,というものである. 基本概念文書によると,「放射能汚染地域の現状は,人々への健康影響を軽減するためにとられている対策の有効性が小さいことを示している.」それゆえ,「これらの汚染地域から人々を移住させることが最も重要である.」 基本概念では,(個々人の被曝量が決定されるまでは)土壌の汚染レベルが移住を決定するための暫定指標として採用されている.一度に大量の住民を移住させることは不可能なので,基本概念では,つぎのような“順次移住の原則”が採用されている. ・第1ステージ(強制・義務的移住の実施): セシウム137の土壌汚染レベルが555kBq/m2以上,ストロンチウム90が111kBq/m2以上,またはプルトニウムが3.7kBq/m2以上の地域. 住民の被曝量は年間5ミリシーベルトを越えると想定され,健康にとって危険である. ・第2ステージ(希望移住の実施): セシウム137の汚染レベルが185~555kBq/m2,ストロンチウム90が5.55~111kBq/m2,またはプルトニウムが0.37~3.7kBq/m2の地域. 年間被曝量は1ミリシーベルトを越えると想定され,健康にとって危険である. さらに,汚染地域で“クリーン”な作物の栽培が可能かどうかに関連して,移住に関する他の指標もいくつか定められている. 基本概念の重要な記述の1つは,「チェルノブイリ事故後,放射線被曝と同時に,放射線以外の要因も加わった複合的な影響が生じている.この複合効果は,低レベル被曝にともなう人々の健康悪化を,とくに子供たちに対し,増幅させる.こうした条件下では,放射能汚染対策を決定するにあたって複合効果がその重要な指標となる.」 セシウム137汚染レベルが185kBq/m2以下,ストロンチウム90が5.55kBq/m2以下,プルトニウムが0.37kBq/m2以下の地域では,厳重な放射能汚染対策が実施され,事故にともなう被曝量が 年間1ミリシーベルト以下という条件で居住が認められる. この条件が充たされなければ,住民に“クリーン”地域への移住の権利が認められる. こうした基本概念の実施のため,つぎの2つのウクライナの法律,「チェルノブイリ事故による放射能汚染地域の法的扱いについて」および「チェルノブイリ原発事故被災者の定義と社会的保護について」が制定された. 事故影響軽減のための基本法 法律「チェルノブイリ事故による放射能汚染地域の法的扱いについて」は,ウクライナSSR最高会議において,1991年2月27日に採択され,1991年7月1日から施行された. その後,1991年12月17日,1992年7月1日,1995年4月28日,12月22日,1996年12月17日,1997年4月4日のウクライナ議会(ベルホーブナ・ラーダ)の法律と,1992年12月26日のウクライナ閣僚会議政令によって,変更・修正された. 法の基本的な目的は,「汚染レベルに基づく地域の分類,汚染地域の利用と安全確保,汚染地域での住民の居住条件,汚染地域での生産,研究その他の活動」の規制と調整である. 法は以下の6つの章から構成されている. Ⅰ.一般原則 Ⅱ.特別規制ゾーンと移住強制ゾーンの法的扱い Ⅲ.移住権利ゾーンの法的扱い Ⅳ.放射能管理強化ゾーンの法的扱い Ⅴ.チェルノブイリ事故による放射能汚染地域の法的扱いと管理 Ⅵ.チェルノブイリ事故による放射能汚染地域での法的違反に対する罰則 法の第1条は,チェルノブイリ事故による放射能汚染地域をつぎのように定義している. 「事故前に比べた現在の環境中放射性物質の増加が…住民に年間1ミリシーベルト以上の被曝をもたらし得る」領域が汚染地域である. こうした地域では,住民に対し放射能防護と正常な生活を保障するための対策が実施されねばならない. 第2条では,汚染地域のゾーン区分を定義しており,表1はその基準をまとめたものである. 表1からわかるように,汚染地域の定義に関して,第1条と第2条で矛盾がある. 第1条では,被曝量が年間1ミリシーベルトを越える可能性のある領域が汚染地域と定義されているが,第2条のゾーン区分では,年間1ミリシーベルト以下の領域が(0.5ミリシーベルト以上の)放射能管理強化の第4ゾーンに含まれている. 表1 法に基づく放射能汚染ゾーンの定義 汚染ゾーン指定のための基準は,ウクライナ放射線防護委員会(NCRPU)が決定したものである.ゾーン境界の指定は,NCRPU,科学アカデミー(NASU),保健省,チェルノブイリ省,農業省,環境安全省,水理気象委員会,各州執行委員会などの意見を基に,ウクライナ閣僚会議が行なう.1996年のベルホーブナ・ラーダ(ウクライナ国会)の決定により,ベルホーブナ・ラーダの承認なしに,ゾーン境界を変更することはできなくなった. 最初に採択されたときの第7条では,移住権利ゾーンと放射能管理強化ゾーンの企業,団体,農場に対し,地方税以外の税金を免除すると定めていた.1992年の終わりに所得税免除の規定は廃止され,1996年1月からは関税や物品税免除の特典も廃止された. 以下に引用する条項は,チェルノブイリ事故の科学的研究に関係している人々にとって興味深いものであろう. 「第11条(チェルノブイリ事故に関する科学的研究結果の所有権について).汚染地域で実施される科学的研究から得られる情報と結果のすべては,ウクライナ国家の財産であり,その利用にはウクライナ閣僚会議の承認が必要である.」 放射能汚染およびその他の毒性物質による人々へ影響を軽減し,また放射能汚染のゾーン外への拡大を抑えるため,法は各種の経済活動を制限することを定めている. 住民の健康確保という観点からは,疾病の危険性を軽減するための対策が重要である.法に従い,政府は以下の方策を実施せねばならない. 汚染地域住民の毎年の健康診断と早期の病気予防, 住民への十分な量の,医薬品,飲料水,クリーンな食料の供給, 居住区へのガスの供給,舗装道路の整備,等々. 』 続きます。 チェルノブイリでも今の日本のような混乱がありました。 しかしそれは人類初の深刻な原発事故であったからでしょう。 フクシマは、前に学ぶべきこのチェルノブイリがある。 なのに学ぶどころか、旧ソ連でもなかった冷酷がまかり通っているのは、情けないも極まります。 |
転載記事