福島県の一部に続き、東京都が乳児に水道水を与えないよう求めた。国は福島県などで生産される原乳や野菜の一部の出荷を停止したり、食べないよう呼びかけている。

 これらに共通する政府のメッセージは、「ただちに健康に影響はない。でも、念のため飲んだり食べたりしないでほしい」というものだ。

 この、一見矛盾するメッセージをどう受け止めればいいのか。食品や飲料水は人々の生活の根幹にかかわる。監視を強め、正確な汚染状況を把握すべきなのは当然だが、それだけでは足りない。

 被災地では、今もまだ食料や物資が不足している。政府は、そうした地域の実情まで考慮に入れ、リスク管理やリスクコミュニケーションを向上させるべきだ。

 摂取制限をするなら、被災地に代わりの水や食料を届ける体制を整える必要がある。代わりを入手できない人は、具体的にどうすればいいか。幼児や妊婦のリスクはどうなのか。そうした不安に丁寧に答えることも欠かせない。

 食品や水だけでなく、空気中の放射線量についても、落ち着いて判断してもらうためには、その時々の数値と解釈を述べるだけではだめだ。

 その場所で普通に暮らしている人が、総量でどれぐらいの放射線を浴びているのか。長期的にさらされなければ問題ないという場合の、「長期」とはどれぐらいか。「健康影響」とは何を意味するのかも、安心を求めるなら、なおさら明確に語ってもらいたい。

 原発周辺の地域の放射線量は減少傾向にあるのか、その見通しも示すべきだ。福島県内の放射線量の推移は東京などの見通しにも役立つ。

 こうした、低レベルの放射線被ばくの健康への影響を的確に評価することが、むずかしいことはわかる。心配なのは放射線がDNAを傷つけ、発がんリスクを高めることだ。体にはその傷を修復する仕組みはあるが、傷の程度によっては長期的なリスクは無視できなくなる。

 旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故では、放射性ヨウ素で汚染されたミルクなどを摂取し続けた子どもたちの間で甲状腺がんが増えた。日本の状況との違いを説明しつつ、まずは、子どもをしっかり守る姿勢を打ち出すことが大事ではないか。ある年齢以上の人に心配がないなら、それもはっきり伝えた方がいい。

 たとえ放射能汚染が続いても、人々の生活が維持されるように対処していかなくてはならない。汚染されていない水や食料を求め、人々を右往左往させてはならない。



毎日新聞 2011年3月24日 2時31分
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20110324k0000m070150000c.html