寒さが厳しくなった12月18日(土)午後、青山学院大学で「人権と報道・連絡会」第26回シンポジウム「検察の冤罪作りとメディア」が開催された。今年は9月10日に厚生労働省村木厚子さんの冤罪事件に無罪判決が下り、21日には主任検事のFD改竄が、朝日新聞のスクープで明らかになった。
はじめに、事務局から「85年に発足したこの会は、報道は警察との癒着をやめてほしいと一貫して主張してきた。しかし改善がみられない。警察・検察から裁判所まで含む司法が歪むと、国の根幹がおかしくなる。それは社会がおかしくなるということだ。最近立て続けに起こったことは、われわれの生活に密着した大きな問題だ」と危機感が表明された。
シンポジウムのパネリストは、FD改竄のスクープ記事を書いた板橋洋佳さん(朝日新聞社記者)、特捜検察の「国策捜査」を批判する青木理(おさむ)さん(ジャーナリスト・元共同通信)、来年3月再審の判決が言い渡される杉山卓男さん(布川事件冤罪被害者)、氷見事件国賠訴訟弁護団の中西祐一さん(弁護士)の4人、司会は浅野健一さん(同志社大学教授)だった。
板橋さんは、かつて知的障害者の男性が逮捕され自白を強要され、あとで真犯人がでてきた冤罪の調査報道を05年に下野新聞で行い、07年朝日新聞に移り、現在大阪本社社会グループの検察担当で今年10月新聞協会賞を受賞した。
布川事件は1967年8月茨城県利根川町で大工が殺害された事件で、杉山卓男さんと桜井昌司さんが自白を強要され無期懲役判決により服役したが、今年7月再審裁判が始まり来年3月判決が下る予定になっている。
氷見事件は2002年1月の強姦事件と3月の強姦未遂事件でYさんが逮捕され、自白により懲役3年の実刑判決を受け服役したあと真犯人がみつかり、07年10月の再審で無罪となった冤罪事件である。今年4月に国賠訴訟が始まった。
この日のシンポジウムは検察の被害を受けた当事者や日ごろ検察と接している人の発言だけに、具体的に数々の問題が指摘され充実していたので、いつもの記事よりずいぶん長くなった。
■冤罪事件、国策捜査に見られる「検察捜査」の実態と問題点
板橋 ●郵便不正事件の検察捜査の問題は2つあった。ひとつは検察ストーリーに沿った供述頼みの捜査だったことだ。見込みが間違っていれば引き返せばいいのに引き返さなかった。もうひとつは裏付けが甘かったことだ。たとえばFDのような、検察に不利なデータを特捜部長に報告せず、口利きしたとされる国会議員のアリバイを聴取していなかった(じつは当日ゴルフをしていた)。
捜査段階からこの事件に関わったが、応援取材で今年6月ごろ裁判の傍聴をしていて事件の関係者が次々に供述を翻すのを見て、これはどういうことかと思った。そして本腰を入れて取材しFD改竄問題に突き当たった。記事にするには関係者の証言だけでは弱いので、FDの現物を入手しデータの解析をすることにした。係長の担当弁護士に協力を依頼したとき「改竄はとても信じられない。しかし仮に本当だとしても、検察担当記者が検察批判をできるのか」といわれた。記者としての覚悟が問われていると感じると同時に、メディアへの強い不信感を実感した。
青木 ●日本では、殺人などの重犯罪以外は原則保釈されることになっているが、否認すると保釈されない。鈴木宗男氏は勾留期間が1年を超えた。「認めないと出られないよ」と検事にいわれると、被疑者は長期勾留されては生活も破たんするので「とりあえず認めよう」と供述調書にサインする。「裁判所はわかってくれるに違いない」と思うからだ。ところが裁判所は調書を優先し、起訴されれば99.9%が有罪になる。裁判で否認に転じると反省の色がないとされ、量刑は重くなる。これが実態だ。
暗黒時代だ。どうしてこんなことになるかといえば、検察は捜査権、逮捕権、起訴権をもつだけでなく、裁判権までもっているようなもので、権力が強大だからだ。しかもメディアは、特捜を正義の味方のように報道する。事実をもって検察批判したのは、おそらく板橋さんが最初だろう。
杉山●検察の証拠隠しが問題だ。布川事件の再審で証拠開示を請求すると、ダンボール9箱といわれる証拠うちごく一部が開示された。しかしその中に決定的な無罪の証拠がいくつも出てきた。たとえば、供述では扼殺したことになっていたのに、死体検案書には絞殺と記されていた。指紋は40個以上みつかったが、一つとして2人の指紋と一致しない。それだけではない。事件発覚の翌日、警察に「2人の男をみかけたが、それは顔見知りの杉山さんの桜井さんではなかった」と話した目撃者がいたのだ。その捜査メモを隠していた。
また自白を録音したテープは2本あったはずだが、1本しかないと偽証した。検察が提出したテープには録音開始時間と終了時間を読み上げる捜査官の声が入っていたが、テープで計測すると*数十分足りない。専門家に調べてもらうと13か所改竄され、都合の悪い所がカットされていた。
FD改竄のようなことはいま始まったことではない。前代未聞でもなんでもない。今まで発覚しなかっただけだ。冤罪はうその自白を強要し、証拠改竄するところから生まれる。
足利事件の菅家さんは「検事が謝れば許す」というが、わたしは謝られても勘弁しない。
中西●氷見事件における検察の問題を挙げる。
まず捜査段階の問題だ。一般の事件は特捜とは異なり、警察の調書をもとに行う。その際検察は、証拠と矛盾する箇所をYさんの言葉として自白調書に書きこんだ。たとえば犯行に使われたサバイバルナイフが発見されなかったにもかかわらず「僕が持っていたのは間違いなく果物ナイフでした。被害者は怖さで動転し、サバイバルナイフに見えたのでしょう」と作文し、残された足跡が26センチだったにもかかわらず「前日靴を洗ったので、ブカブカの靴をはき豆ができた。失敗したと思いました」と、ありもしないことを書きこんだ。この事件は21世紀の冤罪の先陣を切る事件だったので、検察は調査報告書を作成したが、虚偽自白調書をつくったことには一言も触れなかった。
次に起訴の段階の問題がある。Yさんの毛髪も指紋も検出されない、体液から調べた血液型も合致しない、3月の強姦未遂事件の時刻に自宅で電話の通話記録があったなど、客観的証拠は無実を示しているのに、自白調書に頼り無視した。
公判維持の段階で、起訴が間違っていたことに気づけば取り下げればよいのにそれもしなかった。Yさんが高岡拘置所に入っていた02年8月に氷見市内で第3の事件が発生した。昼間に電話し女性以外にだれもいないことを確認してから荷物を届けるという手口、犯行のあと「ごめんね。でも警察にはいわないで。指きりしよう」といって100数えさせその間に逃走する、まったく同じやり方だった。しかも3人の被害者の調書をとったのは同一女性警官だった。この事件を警察が検察に報告したかどうか、まだ返事は届いていない。
最後に、いま進展中の国賠訴訟の問題がある。捜査段階の証拠はすべて富山地検にあるので全部開示することを求め、裁判所も同意した。ところが検察は「次回、反対の意見書を出す」といい、裁判官が「この場で決着をつける」と宣言すると、検事がやにわに立ちあがり「国の代理人が待ってほしいといっているのに、裁判所は待たないのか」と、恫喝するような発言をした。日ごろ裁判所を下にみているので、裁判所が逆らうはずがないと思いこんでいるのではないか。その後、たしかに証拠の一部は送付されたが、ほとんど*墨塗りでとくに第3の事件は「論告要旨」「弁論要旨」「供述調書」というタイトルはみえるものの、2行目以下は真っ黒だった。
こうした状況から思うのは、検察には目の前の人が無罪かもしれないという回路がないということだ。だから誤認逮捕しても、真犯人が出なければ無罪はなく、不起訴の場合も「起訴するに足りる証拠がない」と、こいつは犯人だが証拠がないから起訴しないという言い方しかしない。また検察は、本来警察の調書をチェックするのが仕事なのに、警察と張り合って調書を作り、ときには作文まで行う。
■メディアは「検察捜査」をどう報道してきたか、その実情と問題点
青木●1990年に朝日新聞川崎支局の若い記者たちがリクルートコスモスの未公開株問題の調査報道を行った。それ自体はすばらしい仕事だったが、これをきっかけに特捜が乗り出し竹下政権が崩壊した。
ロッキード以降政治家の逮捕はなかったが、リクルートから毎年政治家が逮捕されるようになった。その陰には記者が特捜にネタを持ち込んだものもある。一方、特捜の人数は少ないので取材を取りにくい。それで情報をもらった瞬間、記者は特捜にかしずくようになる。こうして*特捜とメディアの癒着が深まっていき、メディアは特捜の「従軍記者」とまで呼ばれるようになった。
杉山●最初に逮捕されたとき、まだ自白していない時期だったのに、手錠で雪駄姿の写真が新聞に掲載された。これをきっかけに一気に犯人視され、いろんなことが書かれた。一方、再審開始が決まると180度姿勢が変わり、協力的になった。
中西●国賠訴訟では、弁論期日ごとにていねいに報道してくれている。ただし、そろそろ経過だけでなく、検察調書や証拠など、内容に触れた報道をしてほしいとは思う。
板橋●現役の検察担当の立場から言うと、検察といっしょになって記事を書くということはない。ただ「埋もれた不正を暴く」という点では検察と「思い」は同じだ。そうしたなかで、検事との距離を縮め信頼関係を築くことは重要だ。問題は、検察の犯罪に気づいたとき、心を一体化していたため記事を書かなくなることだ。そのとき記事を書けるかどうかは記者側の責任だ。
【後半に続く ■「検察捜査・報道」をどう変えていくか(警察・裁判所の問題も含めて)】
≪パワー・トゥ・ザ・ピープル!!
今、教育が民主主義が危ない!!
東京都の「藤田先生を応援する会有志」による、民主主義を守るためのHP≫
はじめに、事務局から「85年に発足したこの会は、報道は警察との癒着をやめてほしいと一貫して主張してきた。しかし改善がみられない。警察・検察から裁判所まで含む司法が歪むと、国の根幹がおかしくなる。それは社会がおかしくなるということだ。最近立て続けに起こったことは、われわれの生活に密着した大きな問題だ」と危機感が表明された。
シンポジウムのパネリストは、FD改竄のスクープ記事を書いた板橋洋佳さん(朝日新聞社記者)、特捜検察の「国策捜査」を批判する青木理(おさむ)さん(ジャーナリスト・元共同通信)、来年3月再審の判決が言い渡される杉山卓男さん(布川事件冤罪被害者)、氷見事件国賠訴訟弁護団の中西祐一さん(弁護士)の4人、司会は浅野健一さん(同志社大学教授)だった。
板橋さんは、かつて知的障害者の男性が逮捕され自白を強要され、あとで真犯人がでてきた冤罪の調査報道を05年に下野新聞で行い、07年朝日新聞に移り、現在大阪本社社会グループの検察担当で今年10月新聞協会賞を受賞した。
布川事件は1967年8月茨城県利根川町で大工が殺害された事件で、杉山卓男さんと桜井昌司さんが自白を強要され無期懲役判決により服役したが、今年7月再審裁判が始まり来年3月判決が下る予定になっている。
氷見事件は2002年1月の強姦事件と3月の強姦未遂事件でYさんが逮捕され、自白により懲役3年の実刑判決を受け服役したあと真犯人がみつかり、07年10月の再審で無罪となった冤罪事件である。今年4月に国賠訴訟が始まった。
この日のシンポジウムは検察の被害を受けた当事者や日ごろ検察と接している人の発言だけに、具体的に数々の問題が指摘され充実していたので、いつもの記事よりずいぶん長くなった。
■冤罪事件、国策捜査に見られる「検察捜査」の実態と問題点
板橋 ●郵便不正事件の検察捜査の問題は2つあった。ひとつは検察ストーリーに沿った供述頼みの捜査だったことだ。見込みが間違っていれば引き返せばいいのに引き返さなかった。もうひとつは裏付けが甘かったことだ。たとえばFDのような、検察に不利なデータを特捜部長に報告せず、口利きしたとされる国会議員のアリバイを聴取していなかった(じつは当日ゴルフをしていた)。
捜査段階からこの事件に関わったが、応援取材で今年6月ごろ裁判の傍聴をしていて事件の関係者が次々に供述を翻すのを見て、これはどういうことかと思った。そして本腰を入れて取材しFD改竄問題に突き当たった。記事にするには関係者の証言だけでは弱いので、FDの現物を入手しデータの解析をすることにした。係長の担当弁護士に協力を依頼したとき「改竄はとても信じられない。しかし仮に本当だとしても、検察担当記者が検察批判をできるのか」といわれた。記者としての覚悟が問われていると感じると同時に、メディアへの強い不信感を実感した。
青木 ●日本では、殺人などの重犯罪以外は原則保釈されることになっているが、否認すると保釈されない。鈴木宗男氏は勾留期間が1年を超えた。「認めないと出られないよ」と検事にいわれると、被疑者は長期勾留されては生活も破たんするので「とりあえず認めよう」と供述調書にサインする。「裁判所はわかってくれるに違いない」と思うからだ。ところが裁判所は調書を優先し、起訴されれば99.9%が有罪になる。裁判で否認に転じると反省の色がないとされ、量刑は重くなる。これが実態だ。
暗黒時代だ。どうしてこんなことになるかといえば、検察は捜査権、逮捕権、起訴権をもつだけでなく、裁判権までもっているようなもので、権力が強大だからだ。しかもメディアは、特捜を正義の味方のように報道する。事実をもって検察批判したのは、おそらく板橋さんが最初だろう。
杉山●検察の証拠隠しが問題だ。布川事件の再審で証拠開示を請求すると、ダンボール9箱といわれる証拠うちごく一部が開示された。しかしその中に決定的な無罪の証拠がいくつも出てきた。たとえば、供述では扼殺したことになっていたのに、死体検案書には絞殺と記されていた。指紋は40個以上みつかったが、一つとして2人の指紋と一致しない。それだけではない。事件発覚の翌日、警察に「2人の男をみかけたが、それは顔見知りの杉山さんの桜井さんではなかった」と話した目撃者がいたのだ。その捜査メモを隠していた。
また自白を録音したテープは2本あったはずだが、1本しかないと偽証した。検察が提出したテープには録音開始時間と終了時間を読み上げる捜査官の声が入っていたが、テープで計測すると*数十分足りない。専門家に調べてもらうと13か所改竄され、都合の悪い所がカットされていた。
FD改竄のようなことはいま始まったことではない。前代未聞でもなんでもない。今まで発覚しなかっただけだ。冤罪はうその自白を強要し、証拠改竄するところから生まれる。
足利事件の菅家さんは「検事が謝れば許す」というが、わたしは謝られても勘弁しない。
中西●氷見事件における検察の問題を挙げる。
まず捜査段階の問題だ。一般の事件は特捜とは異なり、警察の調書をもとに行う。その際検察は、証拠と矛盾する箇所をYさんの言葉として自白調書に書きこんだ。たとえば犯行に使われたサバイバルナイフが発見されなかったにもかかわらず「僕が持っていたのは間違いなく果物ナイフでした。被害者は怖さで動転し、サバイバルナイフに見えたのでしょう」と作文し、残された足跡が26センチだったにもかかわらず「前日靴を洗ったので、ブカブカの靴をはき豆ができた。失敗したと思いました」と、ありもしないことを書きこんだ。この事件は21世紀の冤罪の先陣を切る事件だったので、検察は調査報告書を作成したが、虚偽自白調書をつくったことには一言も触れなかった。
次に起訴の段階の問題がある。Yさんの毛髪も指紋も検出されない、体液から調べた血液型も合致しない、3月の強姦未遂事件の時刻に自宅で電話の通話記録があったなど、客観的証拠は無実を示しているのに、自白調書に頼り無視した。
公判維持の段階で、起訴が間違っていたことに気づけば取り下げればよいのにそれもしなかった。Yさんが高岡拘置所に入っていた02年8月に氷見市内で第3の事件が発生した。昼間に電話し女性以外にだれもいないことを確認してから荷物を届けるという手口、犯行のあと「ごめんね。でも警察にはいわないで。指きりしよう」といって100数えさせその間に逃走する、まったく同じやり方だった。しかも3人の被害者の調書をとったのは同一女性警官だった。この事件を警察が検察に報告したかどうか、まだ返事は届いていない。
最後に、いま進展中の国賠訴訟の問題がある。捜査段階の証拠はすべて富山地検にあるので全部開示することを求め、裁判所も同意した。ところが検察は「次回、反対の意見書を出す」といい、裁判官が「この場で決着をつける」と宣言すると、検事がやにわに立ちあがり「国の代理人が待ってほしいといっているのに、裁判所は待たないのか」と、恫喝するような発言をした。日ごろ裁判所を下にみているので、裁判所が逆らうはずがないと思いこんでいるのではないか。その後、たしかに証拠の一部は送付されたが、ほとんど*墨塗りでとくに第3の事件は「論告要旨」「弁論要旨」「供述調書」というタイトルはみえるものの、2行目以下は真っ黒だった。
こうした状況から思うのは、検察には目の前の人が無罪かもしれないという回路がないということだ。だから誤認逮捕しても、真犯人が出なければ無罪はなく、不起訴の場合も「起訴するに足りる証拠がない」と、こいつは犯人だが証拠がないから起訴しないという言い方しかしない。また検察は、本来警察の調書をチェックするのが仕事なのに、警察と張り合って調書を作り、ときには作文まで行う。
■メディアは「検察捜査」をどう報道してきたか、その実情と問題点
青木●1990年に朝日新聞川崎支局の若い記者たちがリクルートコスモスの未公開株問題の調査報道を行った。それ自体はすばらしい仕事だったが、これをきっかけに特捜が乗り出し竹下政権が崩壊した。
ロッキード以降政治家の逮捕はなかったが、リクルートから毎年政治家が逮捕されるようになった。その陰には記者が特捜にネタを持ち込んだものもある。一方、特捜の人数は少ないので取材を取りにくい。それで情報をもらった瞬間、記者は特捜にかしずくようになる。こうして*特捜とメディアの癒着が深まっていき、メディアは特捜の「従軍記者」とまで呼ばれるようになった。
杉山●最初に逮捕されたとき、まだ自白していない時期だったのに、手錠で雪駄姿の写真が新聞に掲載された。これをきっかけに一気に犯人視され、いろんなことが書かれた。一方、再審開始が決まると180度姿勢が変わり、協力的になった。
中西●国賠訴訟では、弁論期日ごとにていねいに報道してくれている。ただし、そろそろ経過だけでなく、検察調書や証拠など、内容に触れた報道をしてほしいとは思う。
板橋●現役の検察担当の立場から言うと、検察といっしょになって記事を書くということはない。ただ「埋もれた不正を暴く」という点では検察と「思い」は同じだ。そうしたなかで、検事との距離を縮め信頼関係を築くことは重要だ。問題は、検察の犯罪に気づいたとき、心を一体化していたため記事を書かなくなることだ。そのとき記事を書けるかどうかは記者側の責任だ。
【後半に続く ■「検察捜査・報道」をどう変えていくか(警察・裁判所の問題も含めて)】
≪パワー・トゥ・ザ・ピープル!!
今、教育が民主主義が危ない!!
東京都の「藤田先生を応援する会有志」による、民主主義を守るためのHP≫