豊かさへの復活 - Воскресения к бог*

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著者の田中氏は日本を代表する美術史の専門家。

学生時代にマルクス主義を体験後、ヨーロッパで西洋美術の研究を経て日本史の新たな境地を切り開く活動を進めている。

西洋的な視点では「日本人は無宗教で無神論者」が通説になっている。

ややもすると我々日本人自体も自虐史観的な傾向で納得してしまいがちだが、氏の論点はその論点を再考させてくれる力を持つ。

「神が自然を造った」一神教的世界観の西洋哲学と「自然の中から神が生み出された」日本人の宗教観の対比の中で、我々日本人がどうしても一神教的な観念を受け入れられない理由が見えてくる。

西洋哲学と一神教的世界観に潜む矛盾性が時代を経て露わとなり、西洋世界の三大宗教は最終的に無神論的世界観を生み出さざるを得なくなるまで追い詰められた。

崩壊の危機にある文明精神を再構築するために続けられている人々の努力に日本人の宗教精神とその方向性がソリューションを提供できる時代を迎えている。

そのような時代的要請の中で、我々日本人自体も世界を説得できるだけの実力を持つことが求められている。

同氏が自身の学問研究の中で切り開いてきたように、西洋的な思考方法と流儀を学ぶ必要性を忘れてはならないだろう。

 

 

昭和・平成・令和の激動の中で天皇一家が模索してきた自身の在り方を理解できる貴重な証言。同じ人間、同じ日本人として共感を覚え、深い感銘が湧き上がる内容だった。

 

何よりも驚かされるのは、戦後の新憲法で「象徴天皇」とされた昭和天皇が各国の要人と渡り合う中でインテリジェンス能力をいかんなく発揮していく姿であり、その活動記録が我々後世の日本人に伝わる形で残されていたことは奇跡ともいうべき事実だ。

 

非常に微妙な戦後の雰囲気の中で、日本を共産主義の魔の手から守るため、己の命を賭して可能な限りの情報収集を尽くした昭和天皇の歩みがインタビューという形で明らかにされたことは、戦争で国体を奪われた日本人にとってのせめてもの至福だと思う。

 

その昭和天皇から次世代の教育を託されたアメリカのバイニング女史が、若き日の平成天皇に対してアメリカ民主主義の根幹を支える精神文化を伝える貴重なシーンが出てくる。

 

バイニングが出会った頃の皇太子は、まだ学習院中等科の学生で、その年齢にしては礼儀正しく聡明だが、どうも自分の意思で行動する意欲に欠ける印象を受けたらしい。どこへ行って、何をして、誰と何を話すか、全てを周りに任せっきりで、それは授業中の態度にはっきり現れた。
「やがて私は、とかくあらゆる決定を他人に任せて何も自発的にはなさらない殿下の受身な御態度を改めたいと思って、『最初に何をしましょう、書取り?会話?それとも読み方にしますか?』などと言い始めた。最初殿下は、『先生の方で決めて下さい』とおっしゃったりしたが、さあさあと促されると、たいてい、一番お嫌いな書取りを初めにするとおっしゃるのだった」
いきなり自由を与えられても、それをどうやって使っていいのか、自分でもよく分からない。教室で戸惑う皇太子の顔が目に浮かぶが、程度の差はあれ、それは当時の多くの日本人に共通していたとも言えるだろう。
満州事変から日中戦争、そして太平洋戦争へ。戦況の悪化につれ思想統制が強まり、人々は意見を言う自由を奪われていった。自分の意思で行動するのを放棄させられた末に、戦後、どっと押し寄せたのが米国式民主主義である。だが一旦、思考停止に馴れたら、いきなり自由などと言ってもきょとんとするだけだ。中には、何でも自分勝手に振舞うのが民主主義と勘違いする輩も出る始末だった。
人間にとっての自由とは何か、規律とはどうあるべきか、それを皇太子に教えるためにバイニングは、いかにも彼女らしいやり方を取っていた。
ある日、彼女は生徒たちを連れて代々木にあった米軍用の住宅地区、ワシントンハイツを見学に訪れた。ここは米軍の将校とその家族が居住する区域で、敷地内には教会や映画館、学校などがあり、「日本の中のアメリカ」とも言えた。ここで皇太子の一行は、子供たちの授業を見学したが、彼女の回顧録から引用してみる。
「翌日、いつもの皇太子殿下の個人教授の時間に、アメリカン•スクールでは何に一番興味をひかれましたか、とおたずねしてみた。殿下は即座に『教室です』とお答えになった。私が『どういうわけで?』とおたずねすると、『子供たちが自由にのびのびとしているからです』というお答えであった。殿下は何か考えるように黙っておられたが、やがて、『なぜあんなに自由なんですか』と訊かれた。
簡単な言葉でどう説明したらよいものかと私は思いまどった。『アメリカの子供は大人になったとき自由な人間になろうとしているからです。そしていまのうちに、どうしたら人間はほんとうに自由になれるのか学ばなければならないのです。どうしたら一緒に働けるのか、どうしたら他人の邪魔をしたり傷つけたりしないで自由であることができるのか、を学ばなければならないのです。それを学ぶのは、彼等が学校にいる間なのです』
ややあって殿下はこうおっしゃった—『『アメリカのやり方と日本のやり方とどちらがいいのでしようか』
あからさまな比較をするのはいやだったので、私はちよっと質問をそらせて、『殿下はどちらだとお考えですか』とおたずねしてみた。
殿下はお笑いになったが、すぐ逆襲して来られた—『いいえ、先生にお訊きしているのです』そこで私は正直にこうお答えした—『日本の学校にもよい点はたくさんありますが、私はアメリカのやり方の方がよいと考えます。大人になったとき自由な人間になろうとするのならば、子供のうちにほんとうの自由とは何かを学ぶベきだと思います』」

 

若き日の平成天皇が自分で考える道を選択し始めたこと、それは正にアメリカのウォーギルド政策により洗脳状態を余儀なくされた日本国民に残された希望の突破口だった。

 

さらに一国の指導者として未曽有の苦難を通過した昭和天皇がその信念を国民と共有したいという思い、それが著者の行間を通じて伝わってくる。

 

・・・そもそも昭和天皇は、なぜバイニングを家庭教師に迎え、皇太子に何を学ばせようとしたのか。それは英語だけでなく、自分の意思で行動する力ではなかっただろうか。なぜなら、それが立憲君主にいかに大切か、自らの体験で心に刻んだのが他ならぬ昭和天皇だったからだ。
歴史にイフ(もしも)は禁句だとされる。すでに起きた過去の出来事を、後になって「あの時、こうしていたら」と振り返るのは無意味とも言われる。だが戦後の日本で最も真摯に、この問いを持ち続けたのは昭和天皇自身だったはずだ。
関東軍の暴走による張作霖の暗殺から満州事変、泥沼化した日中戦争と悪化する欧米との関係、そして真珠湾攻撃による全面戦争、これら全ての場面に天皇は立ち会い、後で「あの時、こうしていたら」と自問する瞬間が幾つもあったはずだ。
もし、満州事変で関東軍をもっと厳しく叱責していたら、もし、欧米との和平へより強いメッセージを出していたら、いや、もつと早く降伏を決断すれば、ひよっとして歴史の歯車を変えられたのでは。国中を焼け野原とし、軍人軍属と民間人合わせて三百万以上の犠牲者は出なかったのでは。
先に私は、戦後の昭和天皇が駆り立てられるように国際情勢のインテリジェンスを求めたのは、情報を持たずに国を崩壊させたことへの悔恨の念だったのではと述べた。だが、それと同じく、いや、それ以上に思い知らされたのが、自分の意思で判断し、行動する力の大切さではなかった。
いくら正確なインテリジェンスを得ても、それを自身の判断に生かし行動に移せなければ何の意味も持たない。優秀な情報機間があっても、それを政治家が生かせなければ宝の持ち腐れになるのと同じだ。そしていつの日か、昭和が終わり皇太子が後を継ぐ時、同じ過ちをさせないためにも米国人のバイニングを迎え入れた。その彼女の回顧録には、教室の黒板に「自分で考えよ!」と書いて、生徒らにこう語りかけた様子が残っている。
「私はあなた方に、いつも自分自身でものを考えるように努めてほしいと思うのです。誰が言ったにしろ、聞いたことを全部信じこまないように。新聞で読んだことをみな信じないように。調ベないで人の意見に賛成しないように。自分自身で真実を見出すように努めて下さい。ある問題の半面を伝える非常に強い意見を聞いたら、もう一方の意見を聞いて、自分自身はどう思うかを決めるようにして下さい。いまの時代にはあらゆる種類の宣伝がたくさん行われています。そのあるものは真実ですが、あるものは真実ではありません。自分自身で真実を見出すことは、世界中の若い人たちが学ばなくてはならない、非常に大切なことです」
もう半世紀以上も昔の言葉なのに、今日の世界を考えると予言的とすら言える響きがある。今ではあたかも真実を装った虚構の情報、フェイク・ニユースが氾濫し、ツイッターやフェイスブックを通じて拡散され、やがてそれが現実をも動かしてしまう。「自分で考えよ」というバイニングの言葉は終戦直後より、むしろ現代の私たちに相応しい忠告なのかもしれない。

 

最後に著者は現代における天皇制の核心を歴史的現実をもって読者に諭すのである。

 

結局、私たちにとって、日本人にとって天皇とは何なのだろう。確かに戦後の日本国憲法では、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と規定している。が、何度、その文面を読んでみても、自分の中の漠然とした気持ちが消え去らなかった。象徴、シンボルとは何なのか。
まだ雨は降り続いていたが、目の前の群衆の数はさっきより増えているようだった。二重橋や大手町から傘を持つ人々が続々と集まり、年齢もばらばらで、中には家族連れの姿もある。そんな彼らがじつと黙つたまま目を凝らし、おそらく、ここだけでなく、皇居を取り巻く他の場所でも同じ光景が現れているはずだった。
その瞬間、不意に、あの田中清玄の言葉が脳裏に蘇ってきた。晚年の彼が自伝の中で、天皇制を物質の核になぞらえていたのを思い出したのだ。あらゆる物質は核がなければ結晶せず、例えば真珠がそうで、貝の中に小さな粒を入れることで分泌が起こって綺麗な真珠の玉ができるのだという。
「人間だって同じ。哲学のある人、信念を持っている人とそうでない人とでは、大変な違いがある。民族だって同じです。天皇制や王政がなぜ何百年、何千年たっても人類社会で続いてきたかを考えれば、私はまさにそれではないかと思う。民族にはバックボーンが必要なんだ。日本でもごく一部の人問が、共和制にするために、天皇制を除外するというが、できはしませんよ。やったら大変な混乱が起こるし、日本は壊滅します」
「これが平和を保つには一番いい政治体制なんです。自由主義や民主主義が共産主義に取って代われるという妄想は止めた方がよい。これは頭の悪い欧米の連中の考えだ。なぜなら現実はそうはならないじゃないか。国には中心となる核が必要なんだ。ニ千年たとうが三千年たとうがそうだということは、歴史を見れば分かるじゃありませんか」
なるほどね、「象徴」ではなくて、「核」か。
降りしきる雨の中、皇居を取り囲むように集まる人々を思い浮かべながら、もう一度、この言葉を反芻してみる。たしかに、しつかりした核さえあれば、たとえ物質が崩れても再生できる。どんなに国が乱れようと、いつか立派に再建できるのだ。その核を代々受け継ぐのが天皇家だが、これは右翼、左翼とか、保守、リベラルとかいう話でなく、歴史の現実か。そう言えば田中はロ癖のように、こうも言っていたという。
「すべては現実に適合しているかどうかなんだ。イデオロギーなんかに惑わされていたら、何も見えない」

4月の中旬から在宅勤務が始まって以降、朝のランニングを始めた。
1日中狭い家でずっと椅子に座って仕事をしているとエコノミー症候群になる危険性を感じたから。
ただそんなに逞しく体を鍛えるための運動ではなく、とりあえず体を柔軟にしたいというのが目標なので、実際には散歩したりベンチに座っている時間の方が長い。
1時間程度のランニングの折り返し地点に休憩ベンチがあり、座って花壇エリアを眺めながら和むのが最近の日課となっている。
植え替えの時期を迎えたのか、今日の花壇は土壌がむき出しとなり、小さなダンゴムシが縦横無尽に幅を利かせていた。

 

 

そのダンゴムシを見ながら「風の谷のナウシカ」の王蟲を思い出した。
アニメの1シーンにナウシカの地下実験室が出てくる。
腐海の生き物に取り囲まれたナウシカは「腐海が汚染された世界を浄化している」事実を語っていた。

今世の中を騒がせている新型コロナウイルスはコウモリ由来と聞く。
もしかしたらそのウイルスにも世の中を浄化させる何らかの機能があるのかもしれないが、不適切な取り扱いを受けたウイルスは人類に刃を向く存在となる。
つまり見えない汚染をまき散らすウイルス自体に問題があるというよりも、人間の心の汚染が実体化したのが現代のウイルス感染社会であるとも見ることができる。
その解決方法は唯一、人間の心の汚染環境の浄化でしかない。
人間のメンタル汚染を扇動してきた共産主義+商業グローバリズムというゾンビレジームへの決別ができるかどうか?
これを可能にするヒントはチェルノブイリからソ連崩壊に至る民主化工程にあると考える。
それが我々に突き付けられた人類最後の課題なのかもしれない。

初夏の香り漂う朝の陽射しを受けながら、ふとそんな思想を巡らす1日だった。

 

 

最近落合莞爾氏の著書に関心を抱いている。

 

明治維新にまつわる陰謀論諸説を超え、「國體理論」という壮大な洞察を繰り広げる著者の見識はあまりにも広大であり、未だ明確な全体像を掴めていないのが実情だが、いずれにせよ今の世界が歴史的な宗派対立を導火線として混乱の道へと導かれつつあることは周知の事実だ。

 

本著は2012年発刊であり、ゼロ金利社会の背後の圧力についての洞察を主眼とするものだが、最近の世界情勢に警笛を鳴らす記述が目を引いたので一部引用しておきたい。

 

 

 産業社会の維持のために、金融ワンワールドが選ぶ次善(実は最善)の手段として、戦争が浮上してくるでしょう。

 

 世界は2011(平成23)年秋から、第四次大戦に突入した感があります。第一次は欧州大戦、第二時は世界大戦で、第三次大戦は結局、米ソ冷戦のまま終わりました。これに対し、第四次大戦は近代国家同士の戦争ではなく、各国内での一神教同士の対立を主とした内戦です。むろん根底は種族の生存競争ですから、背後には資源獲得を主眼とする経済問題があります。

 

 諸賢はご存じと思いますが、一神教が人類社会に及ぼす害毒は、当の一神教徒がほとんど自覚していないか、自覚してもしないふりをしているため、時を経ても改まるとは思えません。地上の経済問題に関わる国家間の武力闘争を既に克服してきた人類には、武力闘争はもはや宗教紛争の分野にしか残されていません。

 

 第四次大戦のエネミーライン(前線)は、国家間の戦争と違って、各国内を痛感する一本の針金のようなものです。朝鮮半島から始まり、南シナ海を縫ってアジア大陸に上り、タイ、ビルマ、チベットを結び、インド、パキスタンではやや広がり、アフガン、イラク、イランを通ってペルシャ湾を渡り、北アフリカに達します。エネミーライン上の各地では、小規模の戦闘行為がやむことなく陰湿に続くことでしょう。合計すれば数百人の人命が毎日毎日、失われていきます。

 

 その多くは民間人ですから、これを大戦と認識しない各国政府やマスメディアは、テロだの何だのと矮小化しますから、いつまで経っても解決しません。国連事務総長は仕事ができて大得意でしょうが、いくら安全保障理事会を開いても、ミッテルニヒの名言のごとく「会議は踊る」だけです。

 

 この内乱大戦は、ユダヤ教・キリスト教・回教の天啓宗教同士、またはその中の宗派同士の争いに発する「一神教対戦」ですから、これを制止するためには、人類は一神教の呪縛から覚めなければなりません。・・・

 

 
もうすぐ2016年が終わる。
2007年に同書を読んでから10年が経つ。
 
 
2011年にも書評を書いたが、自分の人生に新たな思考回路を植え付けてくれた川又氏には感謝している。
氏がリーマンショック後に破産したと聞いていて心配していたが、この方はただでは転ばないようで、大変な苦労をしながらも常に新しい夢に向かってチャレンジしているようだ。
 
 
時代は正に「バック・トゥ・ザ・フューチャー」だ。