何年も前のバレンタインデー。
再三例のごと、またOTOKOに騙されていたことを知り、
銀座でバイトを終え、一升瓶抱えて京浜東北線に乗り込んだ。

向かった先は鎌倉。
私にとってのシャーマンに会いにいくためだ。
シャーマンは暖かく私を迎え入れ、一緒に酒を飲んでくれた。

次の朝、少し早く起きて、私は一人
海岸へ散歩に出た。
ビール6缶携えて…

途中、猿にもキジにも出くわさなかったので、
コンプリートの6缶を、比較的寝心地の良さそうな
わかめの棚の前に並べて寝転び、海を眺めた。


「波を数え終わったら、彼を忘れよう。」


バレンタインの翌朝はこれ見よがしに晴れていて、
テンションの上がったビーグル犬が、
飼い主に怒鳴られながら穴を掘り続けていた。

波を数え終わるのと、追加のビールを買いに行くのと
どちらが早いか。前者であったらいいなと思いつつ、私は
惰性でヒレだけ時々動かす極彩色のオットセイと化していた。

いくつまで数えた頃かは忘れたが、私の前を何往復もする、
頬に大きな傷のある初老の坊主頭が
こちらに目線を送っていることに気がついた。

いやな予想通り、彼は近づいて来て
「このへんの子じゃないだろ?」
近くに自分の艇庫があるから、一杯おごると言う。

嬉しくもないが断る理由を考えるのも面倒なのでついて行くと、
浅いブルーの褪せた、バラックだが機能的に整頓されていそうな
艇庫に案内された。

真夜中に、TOKYOから青いラインで運ばれたのとは
違う種類の一升瓶を彼は運んで来て、
“何に”かも確認せず二人は乾杯した。

彼は私の身の上話など訊かずに、浅草の元構成員であったこと、
サラブレッドとアラブ種の893の違い、
3種類の嘘つきの話などをしてくれた。

「ああ。あの人は1番目のタイプの嘘つきだな…」
などとぼんやり思いつつ、OTOKOに疲れた
新宿よりのyankee娘は、初老の元893に癒された。

くつろいだ時間はあっという間に過ぎ、
ブルーだった艇庫もグレーになり始め、お別れの時間が来た。
「今日は楽しかった。ありがとう。また来るね。」

鬼退治後の桃太郎よろしく、大手を振ってシャーマン宅に戻る
道すがら、そもそもなぜ海岸へ行ったのかを思い出し、
波を数え忘れたことに気がついた。YA RA RE TA !


「私向きの天使は、893の皮を被っていたんだな。」




年月が経ち、このイイ話をお客さんにしたところ、
「お前は単に、入水自殺者と間違われたんだよ!」
と笑われた。


あれから、あの艇庫には行っていない。
あの時には想像もできない、もっと酷いことがいっぱいあった。
不幸のどん底は、あの時ではなかった。
3種類の嘘つきも何であったか、覚えていられるだけの細胞は、
とうにぶっ壊された。

3種の嘘つき
1つ目は、自分の保身のために嘘をつく人。
2つ目は、他人を守るために嘘をつく人。
3つ目は、他人を攻撃するために嘘をつく人。

なんじゃないかな?今はこんな推測。
答え合わせに、由比ケ浜へ行こうかな。
今度は、酒を持たずに。




おしまい