りえstoryにいらしてくださり

ありがとうございます!

私がどんな人生を歩んできた

のかご覧ください。


私は両親とアパート暮らしを

していましたが、

両親が共働きで私が鍵っ子

だったこともあり、

面倒をみてくれる祖母の家に

両親と共に同居することに。


祖母との同居をきっかけに

小学校を転校しました。


祖母は共働きの両親に

代わりに私を

育ててくれました。


感謝はしているけど、

支配的なところがあり

ヒステリックな祖母が

正直苦手でした。


勉強を教えるときは

何で分からないの?

と怒鳴られ叩かれたり、


ビールを買ってこいと言われ

買ってきたら、応募券もいる

のにと怒鳴られもう一度

お店にいかされたりしました。


何でお礼を言われず

怒らないといけないのだろう。

恐怖と悲しみでいっぱいでした。


テレビも祖母が観たいもの

ばかりで観るものは限られて

いました。


私がアニメを観ていたら、

こんな馬鹿みたいなものを

観るなと言われて不機嫌に

なるのでめちゃくちゃ

気を遣っていました。


そんな中育ったのもあり、

自分の感情を出すことが

少なく抑えることが

普通になっていました。



顔色を伺い、感情的に

怒られると逆らえなくなり

従うことが生きる術に

なっていました。


両親は共働きゆえに、

寄り添ってはくれず

とても寂しかったです。


そして大きな音や光、

他人の感情などに

敏感でとても疲れ

やすかったです。


体育で外で活動するとき、

太陽の光が眩し過ぎて目を閉じたり、細めたりしてるのに

他の人は眩しそうではなかったり


同級生から突然声を掛けられると

驚きすぎたりしていました。


学校生活では大勢の人達と

過ごすので、

いろんな人の感情が

入ってきてぐったり

していました。


そんな状態でいると

自分の気持ちも分からなく

なります。


学校生活を過ごすのに精一杯で

自分が何をやりたいのか

などと考えることが

あまりなかったです。


特にやりたい事も無かったので、母からの勧めで

言われるがまま

専門学校へ入学しました。


やりたい事でもなく、

人間関係が上手く築けない

コミュ症だったため


学校生活が苦痛になり、

親に辞めたいと伝えたが

辞めさせてもらえず、


死にたいと思いながらも

何とか卒業することが

できました。


社会人編へつづく