私1人で連れて行く初めての子供2人との海外旅行です。
オーストラリア、私の大切な第二の故郷。
私のかつてのホストファミリーに、一週間3人で甘えてきました。
たまにはママもリフレッシュしなきゃねーと、休みの日に子供たち2人を公園とビーチに連れ出し、私に1人ショッピングの時間までくれる、本当あり得ないほど素敵なパパ。
毎日、子供たちに合わせて美味しい夕食を作ってくれたママ。
2人ともたった一週間で英語がゼロではなくなっていました。(簡単な質問なら、YesかNoか答えてた)
こどもの適応力の高さだけではないと思います。(私は全く英語を2人に教えていません)
赤ちゃんが、言葉から愛情を受け取るように、彼らから2人が愛情を受け取ったのだと思っています。
印象的な出会いがありました。
近所に住んでいる70代のお友達とホストのパパと私の3人での、バルコニーでの午後の語らい。
ハンガリー出身のその方は、世界中を転々とした後、40年程前にオーストラリアに移民したのだそう。
聞き取りづらいくらい強い訛りのある英語でしたが、本当溢れんばかりの知識の泉。
歴史、日本や世界の子育て事情、介護問題を語り合いました。
そのおじさまが帰った後、パパが言った言葉が印象的だった事。
「さっきの彼、英語なまってるでしょう。
だから、単純なオーストラリア人は馬鹿だと言うけれど、ものすごく賢い人でしょう。気づいた?」
「英語が話せる国の人は、英語が話せるだけで何か優位に立ってしまうけれど、本当の賢さは言葉の先にあるんだよ。言葉はそれを伝える手段でしかない」
パパにも16歳でアイルランドを旅立ち世界中を回った経験があります。
そんな中で大切にしてきたのは、母国を愛する気持ちをベースに、広い世界を見ることだったのだと思います。
パパが
「一度も帰ってないけど、私はアイルランド人だ」
と言っていた姿は忘れられないし、ハンガリーのおじさまも、祖国ハンガリーを本当に誇りにしているように感じました。
グローバル人材を育てましょうと、英語英語英語と叫ばれていますが、中身のない英語を話す人は、世界の波には乗れません。
波に飲まれて、沈んでしまうだけだと思います。
大切なのは、きちんと自分の考えを相手に伝える能力。
英語なんてたどたどしくても、ベースがあれば必ず伝わります。
改めてこども達に世界に迎合するのではなく、「日本」をきちんと知り、伝えられる大人になって欲しいなと思いました。
そのためにも、手段としての英語はやっぱり大切。
英語を話せることで広がる世界があることを知らせる入り口に立てた旅だったなーと思います。←自己満足(笑)

こども達は朝も夕方も飽きずに焦げるまで(冗談でなく(笑))遊びました。
危険回避のために娘が息子を気づかいながら遊んでいる姿を見ていたら、子どもは自然の中で育つんだとも今さら気づいたり。
ちなみに別に貸し切りだったわけではないですよー。
結構たくさんの人居たけれど、ビーチが広ーいから、他の人が偶然写ってないだけです。
一週間も、好きな事をするのを許してくれた家族には本当感謝です☆
