今年から来年にかけてについて、いろんな情報を見てみると

変容の年らしい。


確かに私も去年から、さなぎから蝶へと変態のイメージが

湧いていたから、納得のいくところ。


嫌だった仕事も、自然と卒業できるまで待ってみようと

踏ん張ってきたら、改装で5ヶ月超も休業になるという

きっかけで、新しい仕事に変えた。


そして、ガラケー。

来年から日付とか履歴が正常に作動しなくなるので、

機種変更のお薦めメールが届き、さすがにそれは困る。

年末の忙しい時に手続きするのは得策ではないなと、

さっさとスマホに変えた。


そして、そしてコンタクト。

来年早々、運転免許証の更新。コンタクトの度が弱くて

視力検査が通らないと気づいた。最低3ヶ月分が購入単位。

ちょうど手持ちのレンズが切れる今回が変えるリミット。

そのため、度数の高いレンズに作り変えた。


今のところ、変容というより、変化止まり。

それも、まだ目に見えることだけの変化だ。


望むところは、内なる変容なのだけれど、頭で考えちゃう。


この前読んだ『無学問のすすめ』という本の中に、

『「内臓」は、自然に生きる術を、感覚としてすべて

知っています。・・・・・「内臓」は「脳」とは対照的に、

目先のものにとらわれず、宇宙や原始と通じている

のですから。』と「内臓の言葉」を聞けばすべては分かると

説いている。


腸と霊性はつながっている。

とはいうけれど、なかなか感覚として実感するには、

断食とか、瞑想とか、かなり上級なレベルに到達しないと

私のような凡夫には気づけないんだろうなぁと思う。


これで、何クール目だろう?

20日連チャンの勤務真っ只中。

私のこれまでの仕事人生で、こんな働き方は初だ。

大変だけれど、そんなに嫌ではない。

そう感じることも、私にとって大きな変化なのかもしれない。


11月。

街路樹も秋色に染まり始め、1ヶ月も経てば、

葉を落とし、足元でサクサクと音を立てることだろう。


来年11月に、ハワイに行って来ようかと先日思い立ち、

今日より1ヶ年計画で節約・摂生生活の予定である。


とにもかくにも、日頃の英語勉強の力試しのためにも、

決行しなくてはならない。


今年は、さなぎから蝶へ変態するっていうイメージで

年が明けたのだけれども、姉の緊急入院騒動で、

自分の生活基盤が危機に晒されたり、仕事を辞めて、

新しい仕事に就くという、どうも10ヶ月経過したところでは

変化止まりだ。


最初は、変態って外側が変わるイメージしか湧かなかった

けれど、どうやら自分の旧態依然の考え方から、全く新しい

考え方への脱皮のことであるようだ。

今までの私では、そんな考え方絶対してこなかったで

あろうこと。


さて、あと2ヵ月。

どんなことが起きるやら。

さなぎの背中から、今年のうちに羽1枚くらいは飛び出て、

パタパタさせたいなぁはね


ずっと連勤で、ようやく休みになった先週日曜日、

中学時代、部活が一緒だった同級生2人と、上野で

ランチをした。


御徒町ガード下にある、ものづくりSHOP『2k540』を

見てまわったり、お茶をしたり、上野公園を散策したり。


バレーボール部で、当時補欠は5人いて、我々は

その中の3人だ。

スポ根マンガを地でいくような、ビンタに、ワンマンと

いう名の苦しい特訓に、よくも毎日耐えたなぁと、補欠

なのに。


“良くも悪くも、あれでずいぶん根性ついたよね、私たち”。


その流れで、ラグビーの五郎丸選手のあのポーズ、

ルーティンが話題になった。


私のルーティン。


月~金曜日は、とりあえず4時起き(もちろん寝坊あり)、

土・日曜日は、ゆっくりで6時起き。


1.20分の瞑想

2.モーニング・ページをノート3ページ書く。

3.トイレ→リビング→玄関→キッチン・シンク→

  バス・洗面所のお掃除

4.アファメーション 宮沢賢治童話集などの朗読を含め

  8冊の本を決めたページ量を読誦。


上記ルーティン+朝シャンするには、トータル朝3時間は

必要だ。


その後、出勤し、帰宅したら軽く昼食を摂ったり摂らなかったり。

朝寝坊した場合は、残りのルーティンをこなす。

それから、録音しておいた「英会話タイムトライアル」と

「ラジオ英会話」を聴いて、かつてやっていた「徹底トレーニング

英会話」のCDで、シャドーイングやオーバーラッピング練習。

最後に、美文字練習帳を少しやって、夕方からの仕事へ向う。


寝坊した上に、昼の仕事が忙しく、帰宅が遅くなると後手後手に。

夜中、トイレ掃除や雑巾がけをすることもしばしば。


五郎丸選手は、半端ないトレーニングであんなにすばらしい

活躍をみせてくれた。


私は、こんなこと毎日やったところで何にもなっていない~って

友だちに嘆いてしまった。


職場で、たっぷりある休憩時間、私が入社してからの5年間、

いつも寝ているだけの今30歳くらいの男性と、同じ時間、本を

読んだり、勉強したりしてきた私に何の違いもないんだよね。

自己満足でしかないのかも。

そう考えると、やみくもにやろうとする私より、体休めている彼の

ほうがよっぽど利口だと思うのだ。


“いつか結果が出せると、どこか自分に期待して、欲をかいて

いるのが、よくないんだろうなぁ”と私が言うと、

“まだ欲が顔に出ていないから大丈夫”と友だちが救いの言葉を

かけてくれた。

持つべきものは友。


友だちは、“今朝は、トイレ掃除してきたけれど、毎日は無理、

2日続いたことはあったけれど”と言っていた。



メイソン・カリー著『天才たちの日課』
天才たちの日課



「習慣に従うことは惰性で動くことだ。しかし個人の

毎日の習慣は、ひとつの選択、または一連の選択の

結果でもある。うまくやれば、さまざまな限られた資源

―たとえば時間(なによりも限られた資源)、意志、自制心、

前向きな姿勢など―を有効に利用するための巧妙な

仕組みになる。ゆるぎない習慣は、精神力の涵養につながり、

感情の波に流されるのを防ぐ。・・・・・・」  ―はじめに―より



『天才たちの日課』には、多くの天才たちがそれぞれの

ルーティンを持っていることが書かれていておもしろい。


私は生涯を閉じるまで、進化させながら、愚直に自分の

ルーティンを続けて行こうと思っている。