子を産み育て
少しづつ仕事をし
子供との時間はかけがえなくて
それは例えるなら
産まれてはじめて恋をした相手に
湯水の様に湧いてくる愛しいという感情に溺れ
毎日がお花畑で過ごしている時の様な
一種盲目で中毒性のある感情。
油断して客観視出来なくなると
親バカという名札を
おでこに貼って歩いてるような状況で
そこには吸い込まれないようにと
必死にもがきしがみついているが
もはや、ストッパーは外れかけている。
これは人生のご褒美なのだと
子供とのかけがえのない時間を
噛み締めている。
子供というのはそれほど
幸せを与えてくれる存在なのだ。
仕事をする事と子供への愛情を
比較する人が時々いるが
それは全く別の話しなのだと思う。
三つ子の魂100歳までとか
出産の痛みを堪えてこそ母親の資格とか
一世代前の母親像は
母親に対しての
責任や要望が大き過ぎた。
それは古き良き時代の
男性は外で働き、女性は家庭を支える
という時代背景の名残りなんだと思う。
その頃から
がらりと時代は変わった。
女性の社会進出や
道具の進化
家事の時間は短縮され
育児をサポートする
施設やサービスがうまれた。
昔ながらのレッテルに縛られていたり
育児をしながら働く事の
理解や体制が不十分な事で
働けなくなるケースや
自我を必要以上に抑制し
全ては子の為と
子供一色になり
自分の人生を諦めてしまう母親
様々なケースがあるが
母親はもっと自由に
自分の人生を謳歌することは
決して悪いことではないと思う。
むしろ、子供を持つことで見える新しい世界や
自分の価値観の変化を楽しみつつ
今まで大切にしてたものは
これからも変わらず大切にしてゆきたいと思う。
子供の色と
自分の色と
掛け合わせて楽しめたらいいなと思う。