夫は退職したが、まだ老齢年金を貰える年齢ではないため、収入は多少の運用益と企業年金のみ。私の稼ぎが現在の主な世帯収入となっている。


会社勤めならば介護休暇などの制度があるだろうが、私はフリーランスなので、働かなければ収入は途端にゼロになる。もちろん、長年の蓄えを切り崩せば十分生活できるが、闘病生活が何年続くのか予測できないし、夫が亡くなってしまった後に私がやたら長生きしてしまうかもしらんし、何より夫の性格から私が彼のために自分を犠牲にして仕事を全くしないのは嫌がる、というか許さない。

このため、私が一切働かずにサポートに徹するというのは無理だったし、現実的でない。


なので、段階的に仕事を減らした。12月の発覚以降、3月までは出張もこなした。ご飯を作り起きしたり冷凍食品を買い込んだり、留守中は息子に戻ってきてもらって目が届くようにしていた。この期間は入院生活が長く続いた事もあり、割と普通に仕事が出来た。コロナ体制が続く限り入院中は近づく事も出来ないのだから、私に出来ることは何もなく仕事をセーブしても無意味だ。


抗がん剤開始後の通院も、最初の頃は本人1人で行っていた。行き帰り公共交通機関で通い、気分が良ければ寄り道もしていた。でも、夫は悪液質で体重減少激しかったため、可能な限り、最低でも往路だけは車で送った。抗がん剤を打つ日は朝早くから列に並ばねばならず、早朝でも座れるほどは電車が空いてないから。


抗がん剤は2週間に一度と説明されたので、私も当初はそのスケジュールにピッタリと合わせて予定を空けたが、全然スケジュール通りに投与出来ないので、すぐに通院日は全面的に予定を空けるように変更した。幸いリモートワークが発達したので在宅の仕事をなるべく増やし、難易度の高い案件は控え、拘束時間が短い仕事を中心に受けるようにした。


ステージ4が確定した5月以降は、上記の働き方をさらに徹底し、何ヶ月も先の仕事は基本的に断り、出張も拒否し、引き受ける仕事の数をかなり絞った。この判断をするのに、ブログで得た情報が大変参考になった。9月末からは仕事を全面キャンセルした。関係先にご迷惑おかけし大変恐縮だが、全く仕事がゼロの期間は1ヶ月くらいか。案外短い


このようにペースを抑えながらある程度の収入を確保し、先になればなるほど時間に余裕を持たせたスケジュールを組み、臨機応変に対応しやすくした。ご理解ご協力いただいた関係先には頭が上がらない。


病院で観察する限り、家族の付き添いなく一人で受診する人の割合は高い。癌の場合、比較的最後まで独立して生活出来ることは、唯一の救いだと思った


これからの時代、益々共働きも増えるだろう。子育て真っ最中など、我が家よりも若い世代の方々の闘病記事もこちらで沢山目にした。若い世代にとって働きながら支えるのは、さらに切実な問題だろう。


癌に限らず、様々な病気を抱える患者を、お互い様精神で支える環境をちゃんと整えないと、特に今後の高齢化社会では何も立ち行かなくなるんじゃないかな。