研究記事っぽいタイトルになりましたが、


背教者の記事です。避けましょう(^ ^)


最近のオフ会で、JWのムービーについて話題になることがあったのですが、僕が自然消滅する直前くらいに扱われたプログラムで、印象に残るものがあったので、書きたいと思います。


記憶では、2年前の冬頃だったのではないかと思います。


長老が会衆の成員を助ける場面が、ストーリー形式で扱われたものです。


記憶に基づいて書くので、一部曖昧な点や錯誤もあるかと思いますが、ご了承ください。


全く覚えていない部分は×××で記載します。ある程度長い台詞ややりとりが入るかと思います。

(分かる方は教えてください。)


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ある会衆の姉妹が、夫を亡くしました。


姉妹は集会に出席しています。集会の結びに、賛美の歌(新)111番(ヨブ記に基づく、復活の希望の歌。いい曲です。)を歌いますが、姉妹は歌の途中で感極まり、退席します。


集会後、姉妹は長老に援助を求めて、近づきます。


姉妹「夫を亡くしてから、111番が歌えないんです。」


(ハンカチ片手にむせぶ姉妹を前に、長老二人は、瞳孔が開ききった状態で、JWスマイルのまま話します。)


長老2人「×××。姉妹のことはよく分かっていますよ。ちょっと、後でもいいですか?〇月〇日の〇時に姉妹のお宅に伺います。」


(後日、姉妹の家で)


姉妹「夫を亡くしてから、何もできなくて。いっそのこと、首をくくろうかとも思っているんです。」


(長老は表情ひとつ変えずに)


長老2人「姉妹にぴったりの資料を持ってきました。ここには、こう書かれています。×××。」


姉妹「そうね。元気が出てきたわ。そうだ、兄弟たちにお茶とクッキーを出していなかったわ。今お出ししますね。」


長老「(天を仰いで)エホバ!感謝します。」


JW.orgのロゴが出てきて終了。


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集会で上映された時、最初は「悪い援助の仕方の例」なのかなと思いました。それが、「良い例」だったので、会場の最後列で後ろにひっくり返りそうでした。


突っ込みどころ満載過ぎですが、問題点を突っ込んでいきます。


①相手のことを知ろうとしていない

111番が歌えない。」

背後には、姉妹のどんな感情があるのでしょうか。

復活の希望に関する喜ばしい歌なのに、なぜ歌えないのでしょうか。

「人の図り事は井戸の水のようであり、それをくみ上げなければならない」「すべての人は、聞くことに早く、語ることに遅くあるべきです。」といった聖句を当てはめるべき状況なのでは?と思いましたが、長老2人は姉妹の話をあまり聴いていないように見受けられました。

そして、すぐに解決策やゴールを提示するのは、よくないパターンだと思います。


②全く感情移入していない

ラザロの死を知ったイエスのように、涙を流すのかな、と期待しましたが、長老たちは終始表情を変えませんでした。

泣く者たちと共に泣くだけでも、仲間がいることを感じられたかもしれません。

この牧羊で、姉妹が愛を感じられたかというと疑問が残ります。


③成員より会衆の仕事優先

姉妹が困っていたら、会衆の仕事は置いておいて、すぐに、時間無制限で話に応じるのかなと期待しましたが、後回しでした。

まあ長老やったことないので、会衆の仕事の大変さは分かりませんが。


④資料頼み

悲しんでいる人間がいるのに、話もろくに聞かず、「資料」って(笑)

しかも、初回の面談で姉妹の話の意図もちゃんと聞いていなかったので、見当違いの資料持って来る可能性もあります。

「資料」は、あらゆる状況を一般化したものに過ぎないので、目の前の人間の話を聴くのが先決だと思います。


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以上が突っ込みどころでした。

ムービーを通して、長老は「健全な言葉の型」を保っており、JW的に違和感のない言葉だけを発していたと思います(霊的に弱くなると、サタンが喜ぶぞ的な)。でも、全く心に響かず、右耳から左耳へ出て行くレベルでした。(結果的に×××になりました)


ドラマなので、色々省略した上でのこのクオリティかな、とも思いましたが、これが「模範的」とみなされると思うといたたまれない気持ちになりました。

人間らしい温かい長老は減り、組織に教化育成された2世長老たちが会衆を牛耳る様子が目に浮かびます。


ムービーでは、愛よりも取り決めが重要視されていました。

すべてのことを取り決めのもとに、適正に行ったとしても、愛がなければ、なんの意味もないのでは?と当時は思わずにはいられませんでした。


僕も、昔は人々を助ける長老になりたいと思っていましたが、これが「模範的」では到底無理ですね。

(まあ、奉仕の僕にすらなれずに終わりましたが。)


この仰天ムービーを知っていて、共感する人がいたらいいなと思います。

今回は、回顧録を書いてみました。

読んでくださり、ありがとうございました。