pinmouseのブログ

pinmouseのブログ

散文詩を中心に、綴って行きます!

コメントいただけると嬉しいです!
o(〃^▽^〃)o

Amebaでブログを始めよう!

昭和20年 太平洋戦争末期の夏
二十歳になった私は疎開先の母の実家で祖父の漁業を手伝っていた

三重県の小さな港町 
海の「さざなみ」は満ち引きの度に月と神の有無を語り
私の心臓にざわめきを起こす

私は浜に埋もれていた牛乳の空き瓶を波で洗い
大事なノートを1ページ破って彼に手紙を書いた
それを空き瓶に入れて海に流すのだ

沖合い幽かに見える無人島
潮に乗って きっとあそこまで届くに違いない

「お元気ですか? 今は太平洋の何処の島ですか?
早く帰って来て下さい 私は待っているのですから」

彼はきっと帰って来る 私を忘れるはずがない


去年の夏前に母と小6の妹の3人で祖父の家に疎開した
父は徴兵され行方知れず
家は焼かれ女3人では天国への道を探すしかなかった

空襲は怖いし食べ物もない
海なら魚は豊富だ 
私は真っ黒になって網を引いた
そうだ!ひよこも育てよう

すぐにりっぱな鶏になる

覚はハス向かいの家の一人っ子 同級生だ
父親は戦死しており母親と二人暮しだが
覚はすでに潮の香りが女心を刺激するりっぱな魚師であった

私達はすぐに恋に落ちた
お互いに「初めて見る新鮮な奴」と言うのがステップだったのだろう

恋心にうろたえながら毎日の太陽が眩しかったある日
覚に赤紙が届いた 忘れていた戦争が眩暈を伴って眼前に現れた


私達は漁船で無人島に向かった

覚の出兵の日は近い

二人で見つけた鍾乳洞があった

涼しく逢瀬には良い私達の隠れ家
いつもは自家製の松明を使うが今日は特別に蝋燭も使おう

ろうそくの炎で鍾乳石はキラキラと輝き

私達はその光に包まれていた
鍾乳洞に漂う無数の生物たちの霊が媚薬のように空気に溶け
二人の肌に浸透していく

ハァハァ ハァ うっう

快楽とうめきが洞窟の奥に吸い込まれ
今までにない強烈な快感にお互い果てた後 

覚は戦争は恐いと私の胸で泣いた

私は覚を救わなければならない
覚を守れるのは私だけだ
覚を行かせてはならない

父を引き離し 家を灰にし この上 覚までも私から奪おうと言うのか、
空襲警報、爆弾、火事、海、魚、逢瀬 
光と破裂は飛び交い 流れ 私の脳内で弾けていく

虚脱した身体の内から狂った衝動が沸き立ってくる

だいじょうぶ だいじょうぶ と私は呪文のように唱えた
だいじょうぶ だいじょうぶ と叫びながら 
私は覚の後頭部を鍾乳石で何度も打ちつけた

大丈夫 大丈夫 と呟き続けた



生きなけばならなかった
私は今日も魚を獲り 魚市場で卸し 網を縫った

夏の太陽は眩しい!
私は浜辺に立ち 空き瓶を波に流した
瓶は潮に乗り やがて島に辿り着くだろう

「ねえ なぜ帰って来ないの? 私がこんなに待っているのに...」



突然、
戦争は私に「何の断りもなく」終わった

ろうそくの炎が鍾乳石に弾けて飛ぶ
無人島で泣く覚の声が聞こえる

波は寄せ 泡立ち 因果を残して引いていく
私の罪を
決して癒えることのない悔恨を

私の胸に泡立たせて

彼は帰って来ない
彼は私の居所に辿りつけない

浜辺の、 
この寄せては返す「さざなみ」が

けっして私に届かないように 

 

 

 

 

 

 

 

2024年9月21日  

writing by pinmouse