不幸な人生は、潜在意識と関連があるらしい。

潜在意識を学び、知った事。

無意識の「心の奥深くで考えている事」が、そのまま現実化するらしい。

 

 

だからか!

友人や従姉のように愛する人と出逢えなかったのも、気になる人と出逢えてもスムーズに結婚に結びつかなかったのも。

私の長年思いこんできた「ネガティブな自己イメージ」「ネガティブな人生観」により、それが現実化していた訳か!

恐ろしい事に、潜在意識の講座を学んで5年も経ってようやく気づいた。

それほどまでに、長年染みついてしまっていた古い思い込みから抜け出せなかったのか。

 

 

【現実化:1】

私は親の言うように「悪い人間でダメな人間で愛されない価値のない人間」、世間から見ても「条件が素晴らしい若く完璧な女性とは言えない」と潜在意識で思い込んでいる

→だから、私は好きな男性からも相手の両親からも愛されず嫌われる。結婚に反対される。好きな男性からも条件で見られて最終的に捨てられると常に恐れを抱いている

婚活に消極的で、勇気を出して男性と関わっても恋愛どころか知人どまりで関係性が続かない。私が自信がないばかりに私に魅力や良さを見いだせない男性結婚願望のない男性結婚への道のりが遠い現実を引き寄せる

 

 

【現実化:2】

私は父親(生まれてきて最初に目にする男性)から、快くお金や優しさを与えられなかった。だからこそ「男性から快くお金や愛情を与えられる価値のない女性」だと潜在意識で思い込んでいる

→だから、私は男性の好意を素直に受け取る事もできない。いつも罪悪感が湧き遠慮して拒絶してしまう。素直に甘える事も申し訳なくてできない気持ちが常にある。

→助けやプレゼントを与える優しい男性に対しても信頼できず、恋愛や結婚にまで発展しない

 

 

【現実化:3】

私は父親の人生観により「人生は辛いもの」「簡単に豊かになる事はできない」「お金を与えられるのは特別な才能がある人間だけ」「甘えてはいけない」「男性を支えてこそ愛される価値が生まれる」と潜在意識で思い込んでいる

→だから、私は自分一人の力で頼らず仕事に苦しみながら孤独と闘いながら生きなければならないと思いこんでいる。男性から経済的に養ってもらうのはおこがましいし、逆に私が男性の負担にならないように心身鞭打ってでも支えなければと思っている

豊かで安心した将来を思い描ける、結婚に結びつく男性と出逢えない

 

 

本当に無意識って怖い…😨

 

 

でも、これからはもう 親や世間の与えた「ネガティブな自己イメージ」や「ネガティブな人生観」で生きなくてもいいんだ。

 

 

【新しい自分で生きる:1】

自分で「冷静に客観視した私」で生きていいんだ!

他人の言う事を全て採用する必要はないし、意見を拒絶したからといって傲慢な人間ではない。

自分を肯定したり長所を認めたりする事は、決して悪い事ではない。

 

「虐められても虐めなかった正義感のある私」「どんなに苦しくても死なずに、ここまで孤独でも乗り越えてきた私」「どんな他人に対しても公平に誠実に真面目さを持って接してきた私」「自分の欠点を克服し、相手の満足を常に考えてきた謙虚な私」「友人や母親の愚痴に何時間でも寄り添い、励ましや共感を届けてきた優しかった私」として生きていいんだ。

そして、その私を条件抜きに愛してくれる人はいる。(女性を条件で見る男性ばかりではない)

 

 

【新しい自分で生きる:2】

「父親の言った人生観」を選んで生きなくてもいいんだ!

この世界には父親以外のポジティブな人生観もある。それを採用していいんだ。

できない事は頼ってもいいし快く支えてくれる優しい男性もいる。将来を悲観せずに前向きに生きていいし、完ぺきではない自分を否定せずに無理せず生きていい。そして私の思いに共感し愛情や喜びを大切にする人間もいる。愛してくれる人もいる。

 

 

★私のように、必死に頑張っても現実が苦しい…努力しても報われない方へ。

本心では、嫉妬するあの人のように自分もスムーズに幸せになりたい愛情を得たい方に伝えたい。

 

 

 

↓ランキングに参加中。クリックして応援お願いします✧

にほんブログ村 その他生活ブログ 人間関係へ
にほんブログ村

 

 

 

 

 

  関連記事

 

毒親になるか・ならないかの分かれ道 

 

子供に対してマウントする親 

 

「自分を愛しましょう」と言われても、できない支配 

 

共感性が高い人へ:優しさは人を選んで与えよう 

 

「見返りのない愛」は全ての人に与えるべき? 

 

自己愛を取り戻し 生き直す 

 

共感による犠牲 

 

 

 

 

 

潜在意識を学んでから5年。

「相手の幸せと引き換えに、自分が不幸になって与えているパターン」に、ようやく気づくことができました。

私は、無意識に自分を蔑ろにしている。

相手だけが幸せになる権利があるのではなく、私も対等に幸せになる権利があり無理な要求は断ってもいい。

責められたとしても、罪悪感を持たなくても良いという事を知りました。

責め立てる相手が、自分の事しか考えられない不適切な人間なだけ。

 

 

共感性があり優しいというのは、考えもの。

見返りのない優しさは、時に自分を殺す刃物になります。
世の中の教えでは愛を与える事を推奨していますが「自分も相手と同等に大切にする事」「自分にも敬意を払う事」「相手の幸せの責任まで、自分を蔑ろにしてでも背負う義務はない事」を教えなければならないと思います。


 

 

 

↓ランキングに参加中。クリックして応援お願いします✧

にほんブログ村 その他生活ブログ 人間関係へ
にほんブログ村

 

 

 

  関連記事

 

毒親になるか・ならないかの分かれ道 

 

「自分を愛しましょう」と言われても、できない支配 

 

共感性が高い人へ:優しさは人を選んで与えよう 

 

「見返りのない愛」は全ての人に与えるべき? 

 

自己愛を取り戻し 生き直す 

 

不幸な人生から抜け出す 

 

 

 

 

 

親が子供に否定的だった場合、親=神と見てしまう子供は親の意見を取り入れてしまいます

 

  • 親がお前が悪いと言えば…→自分が悪い
  • 親がお前は無能と言えば…→自分は無能
  • 親がお前は価値がないと言えば…自分は価値がない
  • 親が甘えるなと言えば…人に甘えてはいけない
  • 親が自分を優先するなと言えば…いつも他人を優先して生きてしまう

 

しかしそれは親自身がそう思いこんでいるだけで、世界中の人が同じ視点で見ている訳じゃありません

だから真に受けて、信じ込まなくてもいいんです。

 

 

そもそも否定される前の純粋な時期は、そんなネガティブな発想すら浮かぶ事はなかったと思います。

「生まれながらに自分を愛し大切にできる自己愛」を持っていたと思います。

 

  • 私は悪い人間なんかじゃないよ!
  • 私には可能性があるし、良い所もあるよ!
  • 甘えられないのは悲しい、辛い…

  • 私も意見を言ったり、幸せになる権利を持っているよ!

 

同調圧力・脅迫・暴力により、その正しい自己愛は捨てざるおえなかったかもしれません。

しかしこれからは、捨ててしまった純粋な自己愛を取り戻し、不適切な言動は拒絶して生き直していきましょう😌🌸

 

 

 

↓ランキングに参加中。クリックして応援お願いします✧

にほんブログ村 その他生活ブログ 人間関係へ
にほんブログ村

 

 

 

  関連記事

 

毒親になるか・ならないかの分かれ道 

 

「自分を愛しましょう」と言われても、できない支配 

 

共感性が高い人へ:優しさは人を選んで与えよう 

 

「見返りのない愛」は全ての人に与えるべき? 

 

共感による犠牲 

 

不幸な人生から抜け出す 

 

 

 

 

「見返りのない愛を与えましょう」という言葉があります。

その言葉は、人間関係において平和や愛をもたらす良いものであるかもしれません。

 

 

しかし、愛は全ての人に与えるべきでしょうか?

経験から言って「感謝してくれる相手・愛を返してくれる相手・あなたに配慮してくれる謙虚な人間」のみに与えるべきでしょう。

相手を見極めずに与えると、自分の純粋な愛がプラスをもたらすどころかマイナスをもたらします。

 

 

「被害者面や威圧で労力を奪おうとする人間」「自分の得しか考えない人間」には与えてはいけません。

相手の満足と引き換えに、確実に自分が不幸になります。

たとえ親であっても、奴隷になる必要はありません。

相手を満足させられず責められたとしても、自分が相手の幸せの責任を負わなくてもいいのです。

 

 

自分を蔑ろにしてまで、相手に愛を与える「犠牲的な人生」はやめましょう

 

 

↓ランキングに参加中。クリックして応援お願いします✧

にほんブログ村 その他生活ブログ 人間関係へ
にほんブログ村

 

 

 

 

  関連記事

 

毒親になるか・ならないかの分かれ道 

 

「自分を愛しましょう」と言われても、できない支配 

 

共感性が高い人へ:優しさは人を選んで与えよう 

 

自己愛を取り戻し 生き直す 

 

共感による犠牲 

 

不幸な人生から抜け出す 

 

 

 

 

 

今回はヒヨコについて知ってしまった実態について、一部書こうと思います。

 

 

私は最近、昭和レトロの動画を見る時間が多くなりました。

その中で、かつてお祭りの屋台で「カラーヒヨコ」が売られていた事も初めて知りました!

私は「カラーヒヨコ」は、一度も見た事はありません。

 

 

カラーヒヨコについて調べていくうちに、悲しい事実を知る事になりました…。

売られていたヒヨコは、卵を産まない食肉にもならない不必要な「オスのヒヨコ」で虐待に近い方法で販売されていたらしいですね…。

 

 

しかし昔の方が人道的で、まだヒヨコにとっても幸せだったかもしれません。

売られていたヒヨコのうち、たった数日でも可愛がられて生きた子もいたと思われるので…。

 

 

今は規制により、屋台では販売できなくなり…

「不必要なオスのヒヨコ」は、全て殺処分にされてしまうそうです。

聞くに堪えない、酷いやり方で処分されるようです…。

ここで書くのは躊躇するため、この記事には書きません。

 

 

あまりの衝撃に、私はとても心が痛んでしまいました…。

せめてヒヨコに痛覚がなければ!!

オスとして産まれてきたばかりに、1日で拷問のような処分をされてしまうなんて…。

 

 

「私たちが食べているものだって、そういう犠牲で成り立っているものだろう!」

という方もいます。

私もそれを理性的に受け止めるべきだと思っていますが、それでもヒヨコたちの処分方法は受け止めきれません…。

 

 

ヨーロッパの方では「オスのヒヨコの処分」について人道的に考えて、苦しまずに済むよう見直しが行われるようです。

いつか日本も、改善されて行く事を願うばかりです…。

 

 

 

↓ランキングに参加中。クリックして応援お願いします✧

にほんブログ村 その他生活ブログ 人間関係へ
にほんブログ村

 

 

  関連記事(社会)

 

不景気から抜け出せない理由を考えてみました 

 

 

 

 

 

「不景気から抜け出せない理由」について、ふと頭に浮かんだことがあります。

消費税や石油の値上がりも当然な事ながら、そういう結果になるように「ネガティブな情報で仕向けられている」のではないかと…。

 

 

未来への不安を煽るニュースを流し、国民に将来の不安を考えて自分を守るために貯金をさせるようにする。

貯金をしてお金を最低限しか使わないからこそ、国内でお金の循環が滞る

会社では物も売れない、倒産する、収入は激減する、人件費も下がる。

結果的に全部、国民にに跳ね返ってくる。

 

 

経済が不活性化し少子化も含め国が衰退すれば、他国にとって好都合です。

外国人受け入れにより国内の人口(消費者)を増やして国を乗っ取る事も可能なのではないでしょうか?

また全てを機械化(自動運転等も含めて)を推し進める事で、他国からの悪質な攻撃や乗っ取りも可能な危険な時代もくるのではないかと個人的に懸念しています…。

 

 

現在の日本は国益を考えて上手に他国と交渉し、不景気への対策もできる「国を安心して委ねられる政治家」はいないように感じます。

肝心な主権を捨てて、流れに身を任せているようにも見受けられます。

怖いものです。

日本のお人よしで協調性がある部分は良いところですが、利己的な他国と共に進むためには「アメリカ(トランプ政権)や中国のように自国の利益を考えて動くしたたかさや強気さ」も、時には必要なのではないかとも感じました。

 

 

今回ふと感じたことを書きたくなりました。

国について真剣に考える事、平和で安全な人生を過ごしていく上で大切な事だと感じたからです✨

安心して暮らせる国であり続けてほしいと思います。

 

 

 

↓ランキングに参加中。クリックして応援お願いします✧

にほんブログ村 その他生活ブログ 人間関係へ
にほんブログ村

 

 

  関連記事(社会)

 

ヒヨコについて知ってしまった実態 

 

 

 

 

 
 
 
他人への共感性が高く優しい人へ。
  • 相手が元気がなく、ため息をついているとき…
  • 相手が不機嫌でイライラしているとき⚡

つい気になって、声をかけてしまう事はないでしょうか?

 

 

相手によっては…

待ってました!とばかりに「無理な要求」を突きつけてきて、「出来ない…」と断った瞬間に責め立てる人もいます。

 

 

このような人間には、優しさも労力も与える必要はありません

 

 

「お前は最低だ!冷たい!」と言われたとしても、それは罪悪感を与えて自分の思惑を達成しようとする罠

 

 

相手を満足させるべく、無理な要求に従っていたら自分の人生や心が壊されます。

また理不尽な事に、苦労した割に感謝される確率は低いでしょう。

(相手が原因で不幸になっても、責任は取ってくれず自己責任にされるのがオチです)

 

 

これからは「感謝を伝えてくれる相手」「無理な要求を強要しない相手」「優しさを返してくれる相手」を選んで、優しさを与えていきましょう。

 

 

 

↓ランキングに参加中。クリックして応援お願いします✧

にほんブログ村 その他生活ブログ 人間関係へ
にほんブログ村

 

 

  関連記事

 

過去に傷ついた体験がある方に向けて、

「自分を愛しましょう」

という言葉があります。

 

 

言葉通りできる人もいるかもしれませんが、

私は長年、自分を愛したくても愛せない人間でした。

 

 

自分を愛するため、言われた通りに「自分の良い所」や「優しく労わる共感」をノートに書き出すと

必ず脳内で「そんな事はない!お前は悪い人間だ!」「価値のない人間だ!」「傲慢だ!」「そんな事で努力を認めるなんて甘い!」「厳しい現実を受け入れろ!」「甘えるな!我儘だ!」

という、否定的な意見と罪悪感が湧きあがってきました…。

 

 

なぜ、こんなにも自己否定から抜け出せないんだろう…?と考えた時、

それは、過去の親からの否定(支配)である事に気づきました。

 

 

「自分の長所を認める事への禁止」

「自分を評価する事への禁止」

「自分が対等になる事への禁止」

「自分を攻撃から守る事への禁止」

「自分を優先する事への禁止」

 

 

しかし、それらは受け入れなくても良いという正しい情報を知りました。

自分の長所を認める事も、傷ついた時に自分の味方になってあげる事も、決して悪い事ではない

 

 

私と同じように、なかなか自分を愛せない方へ。救いになると幸いです。

 

 

 

↓ランキングに参加中。クリックして応援お願いします✧

にほんブログ村 その他生活ブログ 人間関係へ
にほんブログ村

 

 

  関連記事

 

毒親になるか・ならないかの分かれ道 

 

共感性が高い人へ:優しさは人を選んで与えよう 

 

「見返りのない愛」は全ての人に与えるべき? 

 

自己愛を取り戻し 生き直す 

 

共感による犠牲 

 

不幸な人生から抜け出す 

 

 

 

 


毒親になるか・ならないかは「暴力・暴言・脅迫で傷つけた親を、許したかどうか」でも、決まるのではないかと思いました。

 

 

●親に対して許した人

「親のした行為は正しい愛であり教育なんだ。親は悪くない」

と強く真っ直ぐに受け止めた人は、子供に対して親と同じ言動をしてしまう可能性が高いのではないでしょうか。

 

 

●親に対して許さなかった人

「親のした行為は正しい愛でも教育でもなかった。暴力・暴言・脅迫は、たとえ親であれ人として許されない行為だ」

と人生の途中で親の間違いに気づき受け止めた人は、子供に対して優しく向き合える人間になれるのではないでしょうか。

 

 

世間的に「どんな親であっても許す行為は美しい✨」とみなされる事もありますが、それは暴力・暴言・脅迫の正当化と連鎖につながる可能性も秘めていると思います。

私はたとえ親であっても「暴力・暴言・脅迫」は、決して教育ではない犯罪行為だと思います。

 

 

不幸の連鎖を断ち切るためにも、許すべきではない!と私は感じます。

 

 

 

↓ランキングに参加中。クリックして応援お願いします✧

にほんブログ村 その他生活ブログ 人間関係へ
にほんブログ村

 

 

 

 

  関連記事

 

「自分を愛しましょう」と言われても、できない支配 

 

共感性が高い人へ:優しさは人を選んで与えよう 

 

「見返りのない愛」は全ての人に与えるべき? 

 

自己愛を取り戻し 生き直す 

 

共感による犠牲 

 

不幸な人生から抜け出す