育った環境

 


子育てと切っても切れないママ達の幼少期。



子育てに苦痛を感じるママは、幼少期に子どもらしく泣いたり、怒ったりせず、親の顔色をうかがい、周りに気をつかう幼少期を過ごされている方が多いです。




〜気をつかう環境の一例〜

親が怖かった

親が厳しかった

親が忙しかった

親が仕事でいなかった

同居している家族が厳しかった

親が不仲だった

家族が不仲だった





本来、子どもは子どもらしく感情を出して過ごすことで、身体も心も健全に育まれますが、子どもらしくいることができなかった環境であると、




親になった時、子どもが子どもらしくあることが受け容れられないため『私は我慢したのに』というインナーチャイルドの感情があふれ、子どもへの期待と要求も大きくなり、押し付け、コントロールとなることがよくあります。




又は、自分のように辛くならないように『子どもの心が傷つかないように』子どもが辛い思いをすると自分も辛くなるので、そうならないようにコントロールすることがよくあります。


子育てがうまくいかない原因です。




《例えば》

幼少期「勉強しなさい」と注意されて、

【本当は、まだ遊びたかった】

【そんな怖い言い方しないでほしい】

などの気持ちに蓋をして

怒られないように頑張って勉強をしていた。




自身がママとなり、子供に

「勉強しないさい」と声をかけた時に

子どもは無視をしてゲームをする。



その姿を見ると、幼少期に我慢したインナーチャイルドが反応して、「私は頑張したのにムキー私は我慢したのに、なんで我慢できないのむかっ普通はやるんだよむかっ


インナーチャイルドのあふれた感情を子どもにぶつけて子育てがうまくいかない悩みになるというように。



又は

「勉強しなさい」と注意すると、幼少期の自分のように子どもに我慢させてしまうのではないか、「子どもが傷つくのではないか、自分のように我慢して可哀想な思いをさせてしまうのではないか」子どもを弱い者扱いをして子育てがうまくいかない悩みになるように。




幼少期に子どもらしくいられなかった。おとなの顔色をうかがっていたことは、悪いことではありません。




小さなあなたは、生きるために、心を守るために、最善の選択をして過ごしてきたのです。今のあなたがいるのは、幼少期の自分のお陰です。我慢した幼少期の自分に頑張ったね。と声をかけて、褒めて、感謝をして、癒して安心させてあげることで、人生が変わります!





私の育った環境とインナーチャイルドの話をさせてください。



どんなことも安心して話せる人だと思っていただけたら嬉しいです。




ご興味を持っていただきありがとうございます。

お付き合いください。





私は三姉妹の長女として生まれました。

2人の妹とは5歳、8歳の歳の差があります。





 2歳ごろ



母に怒鳴っている父。

ヒステリックになっている母。



家の廊下で母が父に引きずられている様子を怖さを押し殺して見ている場面から私の記憶は始まります。その前後の記憶はありません。



次の記憶は、父と母が私に気を遣い「ここで遊んでいなさい」と言って隣の部屋へ行きました。



父の怒鳴り声、母のヒステリックな声、何かの物音…



声や音を聞いていると怖くなるので、遊んでいた手を止めて何も考えず、何も感じず、全ての感情に蓋をして無になって待っていました。



隣の部屋から戻ってくる気配を感じた時に、聞こえていたことが分かるといけないような気がして、



2歳の私は、サッとオモチャを手に取り、聞いていなかったよ。一人で遊んでいたよ。という雰囲気を演じていました。2歳なりに一生懸命に気を遣っていました。



父が母に怒り出すと息を潜めて、揉め事が終わるのを待っていました。




愛着、安心安全の気持ちを形成することができず、いつも何かに不安。昼夜問わずを一人で冷静に外を歩けない。子育てでは、不安からの躾でコントロールし、うまくいかなくなりました。


愛着カウンセリング、インナーチェンジングセラピー、を受けて、2歳のインナーチャイルドを見つけて癒し、改善されて行きました。



いつも不安を感じている。◯◯になったらどうしよう、◯◯にならないようにと子育てをしていてうまくいかない方は、まずは愛着カウンセリングで心に栄養を与えて安心を育むことからスタートしましょう。






 3、4歳ごろ




3、4歳頃の記憶は

父が母の帰りが遅いことに腹を立ている場面。



父が帰宅した母を怒鳴り、玄関に入れさせないようにして、母が必死に謝っていました。



私は一生母に会えないように気がして「お母さん!お母さん!」と泣き叫びました。



追い出して父が鍵をかけた瞬間、私は泣き叫ぶのをピタリと止めました。



泣いていることで、父に怒られるのことが怖かったからです。



不安、悲しみ、寂しさ、怖さに蓋をして、瞬時に無になる技を習得していました。



この出来事は、自分だけ楽しんではいけない。楽しむと怒られる。楽しむことへの罪悪感の思い込みができた出来事であることがわかり、インナーチェンジングセラピーと認知行動療法で癒し改善されていきました。


私のように、遊んだことをあえて話さなかったり、話しても話の最後でネガティブなオチを話す方、やりたいことが見つかったけど、家族や子どもとうまくいかない方、自由にやれない方は交流分析の禁止令「楽しむな」のカウンセリングに取り組まれるといいですね。





 5歳ごろ



5歳離れて妹が生まれました。



両親が妹を抱っこして笑っている写真を見つけました。



見たことのないような両親の笑顔。そこには幸せそうな3人の様子が写っていました。



仲間外れにされたような気持ちになりました。



「いつ撮ったの?なんで私がいない時に撮ったの?」母を責めることで寂しさを表現していたと今ならわかります。



母は私が愛情を求める度に何度も言いました。



「5年間一人っ子だったんだからもういいでしょ!」「5年間親を独り占めしていたんだから」



幼い私は「そっか。記憶はないけれど、そうだよね」母の言葉に納得して寂しさに蓋をしました。



「私は仲間外れにされる人間」という思い込みがついた出来事です。小学中学と仲間外れを引き寄せ、大人になっても仲間という感覚がなく、個性心理学とインナーチャイルドで癒し改善されていきました。



家族や友達といても孤独感、疎外感がある方は交流分析の禁止令「属してはいけない」「存在してはいけない」のカウンセリングに取り組まれるといいですね。





 甘えることができない長女




5年生の頃から、高熱を出した時は一人で自転車に乗って隣の学校区にある小児科へ行きました。



一緒に来て欲しいと伝えても「もう5年生でしょ。妹がいるから行けない」と言われました。子どもの私は仕方がないと理解して不安と寂しさに蓋をしました。



待合室で、看護師さんと周りの親に毎回同じ質問をされました。



「お母さんは?」「親御さんは?」

「一人で来たの?」



「はい。一人です」



「……」言葉を失う。



というお決まりのパターン。



私は恥ずかしさ、寂しさに蓋をして、優等生のような気持ちを持ち、私はしっかりしている子なんです風を出して、必死に居心地の悪い待合室でたえました。






5年生の頃、習い事の帰りに不審者に腕を掴まれて連れて行かれそうになりました。



振り払って必死にスーパーまで逃げました。迎えに来てほしくて震えながら公衆電話からかけました。



母に「もういないんでしょ?大丈夫でしょ。後少しで家なんだから。妹がいるから行けない」



安心を得ることが出来ず、怖さが増しました。

その後の記憶はありません。



のちに一人で歩くことが出来ないトラウマとなりました。



幼少期に抑圧した感情が、子どもの言動で刺激されることで、感情的になります。カウンセリングで感情処理法を行うことで改善されていきます。

又、交流分析の禁止令「子どもであるな」のカウンセリングに取り組まれるといいですね。



5年生の頃から、手を何度も握る、爪を噛む、目をギュッと強くつぶるなど、数個の癖を抱えていました。



家庭で安心を得ることが出来ない心の悲鳴が癖(チック症)という症状で表に出てきました。



母が異変に気付き、学校での訪問医師に見せてほしいと先生に頼んでいましたが、母も私も医師も、チック症状だとは誰も気付きませんでした。







中学生頃、8歳離れた妹と母がリビングで添い寝しながらテレビを見ていました。母が、妹の頭や身体を優しくさすっている姿を見て



私は客観的に淡々と

へ〜母は、そんな事できるんだ〜気持ち悪っ!と心の中で思いながら見ていました。



夫とお付き合いをしても、ハグされること、相手から触れられることを嫌がり、無理やりハグされたり、抱き合うと何故か涙が出てくることを繰り返す。今振り返ると、無理やりハグされて涙を流すことでカウンセリングになっていたと思います。この経験がなかったら、子どもたちをハグすることが出来なかったと思います。



のちにインナーチェンジングセラピーで自分もして欲しかったことに気付きました。



子どもをハグすることに抵抗がある、子どもに抱っこと言われるとイラッとする、触られることを嫌がるなど、子どもの愛着形成に深く関係することは、子どものためにもママのためにも早めにカウンセリングを受けることをオススメします。





 長女は妹のことを考える




高校、専門学校は、母が妹のために敷いたレールでした。



妹達のためにお金を残さなくてはいけない。

「まだ下に2人いるんだからあなただけにお金をかけられない」と言われました。



進学の条件は

学費と交通費が安くすむ学校。



担任の先生が突然私に妥協させる学校をすすめてきた時、母と先生はグルだと確信し、もうダメだと絶望しました。



3年間目標にして進学出来ることを楽しみにしていた希望の学校を妹達のために諦めました。



家族のために妥協することが当然のことだと理解し、全ての感情に蓋をして私は正しい選択をしたんだと思い込むことで心を保っていました。



この時に蓋をした感情が、のちに塾に行きたい。参考書がほしい。進路希望、振袖がほしいなどの娘の要求に「私は家族のために我慢したのに、我慢して妥協することが正義なのに」と否定、拒絶、感情的になり、娘を追い込んでいる自分に疑問をもち、インナーチェンジングセラピーを初めて受けるきっかけとなりました。娘がインナーチャイルドを刺激して気づかせて救ってくれました。


子どもは、ママを幸せにするためにサインを出してくれています。



子どもに感情的になってしまう。感情的になっている最中や後で考えたら、そんなに怒ることではないかもしれない。冷静に伝えることができないと感じたら、それはインナーチャイルドが隠れているかもしれません。





 感情に蓋をすることで生きてきた



威圧的ですぐキレる怖い父と愛情が苦手で突然ヒステリックになる母に育てられた私は




感情に蓋をし、無になることで心を守る選択をしてきました。



そして出来た思い込みは



誰も私のことをわかってくれない。

親に愛されていない。





この思い込みに反応して、幼少期からさまざまな場面で生きにくさを感じてきましたが、



子育てによって感情のコントロールがどうにも出来なくなることが何度もありました。



子どもを追い込んでいる。このままでは子どもも生きづらさを抱えてしまう…



この現状を変えたい!変えなければ!出口を探したい!と思うようになり、個性心理学と臨床心理学のインナーチェンジングセラピー(愛着カウンセリング、交流分析、認知行動療法、再決断療法、感情処理法)を学び、今の自分に意識を向けて取り組んできました。






人生は変えられます!

未来は、何も決まっていません!自分次第です!いつからでも、幸せになれます!


本来のあなたと繋がることで、全てがうまく回り出す。



今は、夫と子どもたちの中で安心して過ごしています。両親からも愛されています。



私の経験があなたの変わりたい!出口を探したい!という気持ちの背中を押せたら嬉しいです。



purefield   せい野早苗


お問い合わせ、ご予約


友だち追加