1年の3分の1が終わった。この間、母親が膵臓がんとの診断を受け、大学病院で再検査となった。かかりつけの内科からがんと言われた時、私も妹も毎日が絶望的になった。

 今まで楽しかったことが何も楽しくなくなり、毎日がお通夜みたいだった。癌は癌でも膵臓がんは、生存率が低く、正直死の宣告をされたに等しかった。

 大学病院で、再検査を受けた時にも、MRAの写真からは膵臓がんである確率が高く、再検査が必要だった。

    大好きな母親が死んでしまうかもしれないという恐怖、今まで親孝行したかなと言う後悔、本人が死を宣告されたこと怯えてしまう毎日で、とても辛い日々だった。


    大学病院での検査の後、妹と母親と私で検査の結果を聞きに行った。待合室でも待たされているときには、母親はやはり落ち着かなかった。


    検査結果を聞くために診察室に呼ばれた時、妹はトイレに行っていたので、検査結果の最初を聞きそびれた。


 診察室に入ると、担当医からいきなり結論を言われた。膵臓癌ではなく、自己免疫性膵炎だった。難病指定にされている病気であった。


 膵臓以外にも、内臓の中では、他にも炎症反応があり、病状が進行した場合はステロイド投与で2週間の入院が余儀なくされる。とりあえずは経過観察で様子を見ましょうと言われ、3回目の大学病院の診察で経過はまずまず良好で経過観察と言われた。


 膵臓癌ではないと診察で言われた時、母親が嬉しくて泣いていた。私もこの間は色々と考えさせられた。親のために私は何ができたんだろうと。親孝行らしいことってしたかなと考えた。


 母親は仕事をしていたが、大学病院の検査結果を聞く前に、仕事は辞めさせた。病院の診察料金も年金では足りない生活費も面倒を見ることにした。妹と同居しているので、家賃はかからないし、年金で食べていけないわけではない。それでもゆとりのある老後生活を送って欲しいと思ったので、毎月50,000円を仕送りしている。

 

 そのうちの1万円は、毎月1回、日帰り温泉に連れて行き、温泉療養している。


 癌ではないと言う検査結果を聞くまでは、後悔でいっぱいだったし、その間、母親も私も妹も毎日が辛い日々だった。

 

 癌と言われると、身内は今まで楽しいことをしていたとしても、突然楽しくなくなる。毎日毎日が病気になっている母親のことを考える日々が続き、日々の生活に集中できなくなることを知った。


 それ故に、私は万が一がと診察されたとしても、死ぬ間際までは、身内には話さないことにしようと思った。日々の生活が大きく変わってしまい、楽しくない日々を毎日過ごしたので、このような思いはさせたくないなと感じたからである。


 健康のために生活リズムを作る午前中の副業は、母親のための仕送りのためのお金になってしまった。貯金をしようと思ったが、まぁ仕方ないかな。


 日曜日は、父親とユンニの湯に行き、お寿司をご馳走した。昨日は母親と5色温泉に行き、焼肉をご馳走した。


 親が生きているうちに、親孝行しておいた方が後悔は無いだろうなと思い、自分のできる範囲で親孝行しようと思っている。


 そのためには、仕事を一生懸命しようと思うし、仕事のために頭を使わなければならないなと改めて思った。