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足湯

子供の頃 お風呂に入ったときに、
「肩までつかって 50数えないと、暖まらないよー」なんて
言われてませんでした?

しかし 肩まで、50より
足湯で2000数える方が、暖まるし 熱が なかなか抜けないらしいです。

という事を知り
これは他の事でも 言えるなーと思いました。

早く結果を出そーと、うわべの技だけ 真似をして
できたつもりになっているが、熱が早く 抜けるように、
その場だけで終わってしまう。

この 足からゆっくり暖めれば、なかなか抜けないというのが、
足下=基本 な 様な気がしてならない あし

偏りすぎはよくない

色んなミュージシャンが「ベスト盤」のCDを出しています。

むかしから、「ベスト盤」買う事に抵抗がありました。
なんか「ベスト盤」買うたら 負け 見たいな...?

そもそも 誰にとってのベストなんだろー?
その音楽家が好きで、順番にCDを買っていて 5枚ぐらい出したら
たいがい「ベスト盤」が出てきますは 。

じゃ ベスト盤に入っていない 他の曲はベスト ちゃう かったん?

まぁーレコード会社の事情なのは、わかっているのですが...

駄作と言われる 作品や、B面に、その 音楽家の本質があったり
するのでは?なんて 思うのですが。

だれか「ワースト盤」とか 出せへんかなー。
できれば 「ベスト盤」と同時リリースで !

●今読んでいる 本
落語家はなぜ噺を忘れないのか / 柳家花緑



RAKUGO

落語家論 / 柳家小三治がおもしろい!

昨年辺りから 落語に興味がでてきて その後も落語熱が
もり上がる一方なのですが...

単純に歳を重ね 落語の良さがわかったのかなーと思っていたのですが、
今日 小三治師匠の本の中で、その答え?
しかも そうであってほしい答えが書かれてあり しびれた!

歳をとる事について

十代でも二十代でも、無気力にその日をこなしているだけ
ということになれば、間違いなく年寄りだ。
七十代でも八十代でも、明日何か良い事がないか、
明日新しい発見がないか、明日素敵な人でも出てこないかしら、
と、明日に希望、発見、冒険、そして不安など、
それらの「なにか」を感じていたら、それは若者だ。

「別に楽しみもねぇし、発見なんかしたくねぇ。ただこうやって
じーっとして、お迎えが来るのを待っているだけだァ。
世の中何があったってオラ知らねぇ。楽しみ?
ま、孫の通信某を仏壇に供えることだけだ」
なんてひとは、もう人生お引き取りを願うしかない。

そういうひとに、落語なんか聞いてもらったってしょうがない。
そんな人が落語を聞いたって、面白い訳がない。
”今 生き抜いている”という実感がない人に、
落語が面白いと感じる訳がないのだ。

これらの落語への共感は、今、戦って、生き抜いていれば
いるほど強く感じるのだ。
落語は年寄りの子守唄だと思っている人が世間にはいるが、大間違いの
コンコンチキである!

「落語」もっとハマリそうですチョキ



育む

大人になって
音楽を聴く、LIVEを見る、本を読む、映画を見る
自然に触れる、食事を楽しむ ...
などの肥料を自分にあげなくなると、
どうも 想像力が枯れてくるらしい ですよ!

波動

今まで 14年間、普通に自分のお気に入りの
音楽がある環境で、仕事をしていたが...

現在は音の無い場所で、日々仕事をこなしてる。

そんな日々を過ごして 思うのだが、
お気に入りの音楽=空間のスイーツだなっ!


シーン...

沈黙という 言葉をうまく
操れる人は、信頼が厚いような気がする...?

捨てて下さい

何かを成しとげている人のアドバイスなので、
よく「今までのプライドを捨てて下さい」とか
ありますよね。

確かに、一芸秀でている人って 変なプライドが
ない気がする。

プライドのある人は、プライドがない!ですか?

あるのか、ないのか?

最近読んだ、情報の文明学 / 梅棹 忠夫が面白かった。

内容の方は、かいつまんで言うと、
1962年に書かれた情報産業論という論文を核に、
時代が農業の時代から、工業の時代、そして情報産業への移り変わり
の考えが書かれている。

農業の時代=食べる「内蔵系」→工業の時代=作る動く「筋肉系」
→情報の時代=知る考える「神経(脳、精神)」。

ときた らしい。

ここで言われる情報とは、新聞や雑誌の内容はもちろん
デザイン、音楽、演劇....
現代のほとんど物事が情報にあてはまる 事になる。

前に読んだ、赤瀬川源平さんの本に書いていた、
怒りの感覚が時代によって変わってきた事
「腹がたつ」の腹→「むかつく」「胸くそ悪い」の胸
→「切れる」の脳 へ これも上記の、農業→工業→情報産業
の移り変わりと関係があるのだろうか?

個人的な考えとしては、今後 「情報=脳の時代」から
「感情=心」の時代が来るのではと思うのだが...

で、ここで 疑問が?

子供の時は 何の疑問もなく 胸の辺りに「心」というものがあると
信じていたが、昨今の「脳」流行ではないが、
大人になって「心」=「脳」のことだっんだと知った 。

これだけ ポピュラーな「心」という 言葉が本当にないのか?
ないものが、はたして言葉になるのか?

今更ながら、こんな事が気になりはじめた 今日この頃。

Wikipediaより
心(こころ)の語源はコル・ココルで、動物の内臓をさしていたが、人間の体の目に見えないものを意味するようになった。


人なり

小三治師匠の記事を何かで見ていて、
「芸は人なり」とあった。

小さん師匠の教えだったらしい。

ぼくは常々 思っていたのだが、
この事は、他のジャンルでも 言えると思うのだが...

文化的 いろんなジャンル。

デザインは人なり!

まぁ もちろんその人が、作っているので
当たり前っちやー当たり前のですが。

WBC決勝のイチローなんか 見てると、
技術+人なり を感じる。

スポーツも人なり!か?


ONとOFF

実は先週から 新しい仕事をしている。

店にいるときは、マイペースに時間を使え、
ブログを書きたくなるような、思考が次から次へと出てきていたが、
決まった時間にビッチリと仕事をこなし 体が疲れている日々、
脳が停止しているようだ。

店をやっている時は、ほとんど休みなく働いていたが、
ONとOFFのスイッチが壊れていた感じがする。

公私混同 ずぅーっと ON であれば、良いと思うのだが、
ここ数年は ずぅーっと OFF だったかもしれない。
もちろん その時は ON のつもりだったが...

店舗の契約が、31日までで 今日入れて あと 3日。
最終の片付けと、新しい仕事 などで、バタバタしていますが、
落ちついたら また 毎日更新 するので、よろしくお願いしま~す!

●今読んでいる 本
落語家論 / 柳家小三治