あぁ、不毛だ。

 

時刻は夜23時。私は12時間前の自分を少しだけ責めた。

隣で話をするこの男に、少しでも暇つぶしという名の優しさを出したのが間違いだったのだ。

 

少し遡って午前11時。私に1通の連絡が入った。

 

「そろそろ会いたいんだけど」

 

先日、道で話しかけてきた20代後半の男性からだった。

 

彼は、酔っぱらった私に道で声を掛けて来て、まぁそのあと色々あって、迷惑を掛けられたと言っては定期的に『詫びックス(お詫びセックス)』を求めてくるのだ。

 

 

解せぬ。

 

 

100歩譲って好みであれば、もしかしたらその提案に乗ったかもしれない。

(まぁ詫びックスとか言ってくる時点で性格の相性が良くなさそうなので、せいぜい一夜のアバンチュール止まりだろう)

残念ながら、結構酔っていたので顔を覚えていないのだ。全く。

ただ、ときめいた記憶もないのでお察しである。

 

いつものナンパなら適当に流していただろう。

ただこの彼、とてもガッツがあった。

 

何かしらの連絡があれば最終的に『詫びックス』に落とし込もうとするのだ。

 

(スタート)⇒(ゴール)の流れだとすると、

 

・ご飯食べに行こう ⇒ どこ行く? ⇒ ホテル飲みする? ⇒ 詫びックス出来るね

・いじめられると嬉しい ⇒ 四つ這い手コキでもいいよ ⇒ やっぱり詫びックスしたい

・(海の写真を見て)いいね~ ⇒ 野外っていいよね ⇒ 外でも詫びックス出来るよね

 

 

いや出来ないよ、なんだよそのロジック。

怖いを通り越して尊敬するよ。

 

 

そうそんな『詫びックスロジックマスター』の彼と、たまたま今夜予定が空いてた私の気まぐれで、一度食事に行くことになったのだ。

 

ありとあらゆる全てを詫びックスに落とせる男だ、彼と面と向かって話が出来たらどのようなロジックがみれるだろうか、、、!!

 

 

、、、、、、、そう、お察しである。

 

 

合流した彼は、まさかのずっと、自分の仕事と転職の武勇伝を話したのだ。

みなみ先生ちゃんの一番全然興味のない話である。

ぽっと出の赤の他人から聞く、更に知らん奴に対する愚痴ほどつまらないものはない。

それならまだ小動物の動画を観るか、なんか鍋とか煮込んでる方が有意義だ。

 

 

まぁ、合流する前から割り勘で良いか聞いてきたのは素直で良いだろう。

お店は前から気になっていた、1人約1000円で飲める気軽な立ち飲み屋を提案した。

 

流石みなみ先生ちゃん、出来る子。

こちらも気兼ねなく、好きに話が出来る。つまらない話に無理に合わせることもない。

 

まぁ、彼もまだ若い。話を聞いてほしいという気持ちが勝ってしまったのだろう。わかる。

今日はこのクソほども役に立たないしょうもない話を、ほどほどの気持ちで適当に聞き流してあげよう。

私は今、この店で誰よりも慈悲深い女だ。異論は認めない。

 

 

その時だった。

 

 

「みなみ先生ちゃん、喋ると怖いって言われるでしょ?」

 

 

 

約30分、一方的に話をしていた彼が発した次の議題であった。

なにが言いたいか、私にはわかる。要は『相槌が可愛くないの意』である。

 

もしかすると彼は、女性は愛想よくどんな話でも盛り上げてくれると思っていたのだろうか。

その女性たちは、話の間に可愛らしく、でも邪魔にはならないほどの音量と音程で合いの手を挿んでいたのか。

または、段落ごとに新鮮な魚のように生きの良いリアクションを取っていたのだろうか。

 

残念ながら、それを実行するにはエネルギーやメリットが無いともうみなみ先生ちゃんは出来ないわ。

 

程よい音量と音程を取るには優秀なボイストレーナーが必要だし、新鮮な魚だって流れが悪い所じゃ鮮度が保てない。

 

1人約1000円で飲める気軽な立ち飲み屋さんの料理は確かに美味しいが、煙草の匂いでボイストレーナーは嫌がりそうだし、食事のメインは鶏肉の串焼きだ。

 

話が脱線したが、私の中での君に会えるメリットは、大変な肉体労働現場と数年前にやめた知らん上司の愚痴を話すあなたではなく、『詫びックスロジックマスターとお話すること』だった。

 

 

それでもまだ、彼は何か話をしている。

 

 

あぁ、不毛だ。

 

時刻は夜23時。私は『詫びックスロジックマスターに期待した自分』を少しだけ責めた。と同時に、面白そうなものにすぐ飛びつく自分の行動力を、改めて褒めようと思った。

 

今回は不作だったが、この行動力があれば、また面白いことや人に出会えるはず。

夜更かしは肌や健康に悪いので、彼に一言告げて、そろそろ帰ろう。

 

 

「私、TPOに合わせるタイプなの」

 

 

TPO。時(time)と場所(place)と場合(occasion)。また,その3つの条件。

私の脳内でボイストレーナーと新鮮な魚が「いいぞいいぞ、帰ろう」と喜んでいる。

 

ポジティブガッツな彼にそう告げると、彼は嬉しそうに言葉を続けた。

 

 

「じゃあ詫びックスしに行く?」

 

 

もうロジックも何もないじゃないか。

いや、もとから無かったのか?

 

彼がマスターになるのはまだまだ時間が掛かりそうなので、ぜひこれからも頑張ってほしいところだ。