たぶんこれからは
世間での成功度合いや収入の額とか関係なく

付き合いたい人と付き合い
住みたいところに住む時代。



料理してたら
そんな考えが浮かびました。



遠慮なんてしてたら
もったいないぞ。



繋がりたい
会いたい人がいるならば

会っていいって思わないと。



世間のレベルなんて関係ないよ。

それは単なる一部の側面にしか過ぎない。



そんなのを
繋がらない理由にしてたら
もったいないよ。



おこがましくてもいい。
会いたい
繋がりたいたい
と思う人がいるなら

自分からはっきりと繋がっていこうと
意思を持たないとね。



実際には縁とかあるから
繋がれないこともあるけど

行動を起こす前から
自分の頭の中で
勝手に遠慮してたらだめだよな

と思ったのでした。

全ては自分からだよ。











フリーランスの仕事に復帰したものの
特に依頼がなく
のんびりとしたまま4月が終わろうとしてる。



特に何にもせず
その時したいことをするだけの生活。



穏やかで静か。



幸せだけど



・・・



暇。



幸せって暇ってどこかでみたけど
そうなのかも。



刺激的な何かを求めたくなるんだけど
なんか究極に何の心配事もない
穏やかな暮らしって

基本、暇なのかもね。



5月に魂やハイヤーセルフと
お話する機会があるんだけど

特に刺激的なことは言われないんじゃないかな
と思ってたりもしてて。

たぶん大切なのは毎日の暮らしで

特別な何かじゃない

ってことを改めて知ることになるのかも
しれない。



刺激がちょっと欲しいわたしは
落胆してる。

だって
あなたにはこんな使命があります!
とか
あなたは選ばれた存在です!
とかなんか楽しそうじゃん(笑)
(アニメの観すぎ)



でもたぶんそんなのない。

そもそもみんなが選ばれた存在だし
それぞれが生きるっていう使命を
持っているから。



誰かが特別になんてこと
ないんだよな。



それに刺激って自分で作るもの
だよなぁ。
って思ったり・・・



やりたいこと

別にハイヤーセルフの許可なんか待たず
勝手にやればいい。



今朝、
「あってるかどうかって
実はそんなに重要ではない。」

「言いたいことを
自分の感覚に素直に言えばいい。」

そんな考えが浮かんで。



わたしは
あってるかどうかを重要視しすぎている
のかもしれない。

というか
間違うのが怖い。

でもスピに限らず何やっても
同じなんだよな。

あってるときもあるし
間違ってるときもある。

わたしにわかるのは
自分の感覚でどう感じてるか
ということだけ。

それもいつも忠実にいられるとは限らない。
時には感覚と違うことを
してしまうこともあるだろう。

いつも完璧なわたしでいられないこと。

それを受け入れるってことなのかな。



あってるかどうかじゃなく
言いたいことをただ言うこと。
伝えたいことをただ伝えること。
やりたいことをただやること。



わたしそのうち森に囲まれて
ある種守られたような空間の家に
暮らしたいんだけど
さて、どうやってそこへ行ったらいいのか
わからない(笑)



道標が欲しいよー。



でも
道なき道を行くしかないんだろうな・・・



いつか必ずその家に行けますように。



ちなみに庭の端にある大きな樹木には
ハンモックがかけてあります。

この木はわたしの家や家族を守る
御神木みたいな存在なんだな。

大きな父なる存在で優しくわたし達家族を
見守ってくれている。







溢れでる愛は自分への愛だ。





待ってないでやり始めるのは自分から。
魂やハイヤーセルフの許可はいらないかな





本当は全部自己完結できるのかも





自信がないと肩を押してもらいたくなるけど
決めるのは自分。


今世の主役はわたし。
ハイヤーセルフも魂もサポートにすぎない。


他人に依存する生き方でもいい。それすら選べる。





あってるかどうかって

実はそんなに重要ではない。


人は見たい情報しかみていない。

正解なんて人によって変わる

宇宙に間違いも正解もない。